オト-1
上と下に分かれた勇者が鮮血をぶちまけて崩れ落ちるのを尻目に、リーフは砂地を滑走した。加速が解ける。世界のスピードが通常に戻る。ハッ、とリーフは我に返った。
怒りで自分を見失っていた。錆竜を倒したときと同じだ。いくら救えない人間だからって、殺すなんて――早く治してやろう、と急いで振り返って、リーフはひどく混乱した。
「あっぶねぇー」
そこには大きくのけぞった体勢のレンが、五体満足で立っていた。胴体が、"切断されていない"。あたかも回避に成功したとばかりのポーズで、リーフに勝ち誇った笑みを向けている。
バカな。絶対に斬ったはずだ。血だって、あんなにたくさん――
「……あれ…………?」
血なんてどこにもない。胴体を真っ二つに斬ったはずなのに、レンが立っている場所に一滴の血も流れていない。
「どうした?」
「な、なんで。さっき、僕は君を確かに斬って……」
「なにいってんだよ。ちゃんと避けただろうが。危ねえ危ねえ、まさかユイをすり抜けてくるなんてな。間一髪だったぜ」
レンがわざとらしくそう言うにつれ、奇妙な感覚に襲われた。レンをぶった斬った先刻の記憶が――薄れていく。霞みたいに消えていく。必死に繋ぎ止めようとしても、もうそこに、記憶の残滓さえ残っていなかった。
そうだった。間一髪、かわされたんだった。なんて反射神経だ。まるで【崩剣】の性能を"予め知っていた"みたいな避け方をされた。
「クソが、アレかわすのかよ!?」
「オト、もう一度僕に魔法を!」
「おう!」
指示を出し、右手に再び【崩剣】を発動しようとして――リーフはピタリと呼吸を止めた。
魔法が……発動しない。
「【封印魔法】No.6――【封魔円】」
気づけば、リーフたちは巨大な銀色の結界に囲まれていた。孤児院のグラウンド全域を包み込んであまりある、半球状の結界に。
その魔力の出どころは、杖を地面に突き刺した格好の金髪の貴族。ルシエール。
「魔法が……使えねえ……!?」
リーフだけでなく、オトも自分の杖を見て絶句していた。二人を嘲るような高笑いが、顔を歪めたルシエールの口から飛び出す。
「ハハハハ! 間抜けな顔だ! 貴様らのような庶民は、魔法がなければ何もできまい!」
「おっせーよルシエール! オレ一回死んだんだけど!?」
「"不死身"の心配なんてするだけ無駄でしょう。あの雑魚二人は私が殺しておきますから、あなたはどうぞごゆっくり」
「おう、サンキュー」
「レン君! やっぱり私も行くー!」
ユイとエリシアの肩を両手に抱いて、レンは悠々《ゆうゆう》と立ち去っていく。――逃すわけ、ないだろうが。
「待て!!」
「おっと」
走り出しかけたリーフの鼻先に、長い錫杖の金属部がフルスイングされた。バキィ、と骨の折れる音。吹き飛ばされたリーフの視界がぐるぐる回る。
「リーフ!」
「貴様の相手は私だよ、薄汚い貧乏人。ほら、さっさとかかってきたまえ」
身の丈ほどもある錫杖を槍のように振り回し、ルシエールは這いつくばるリーフを虫けらのように見下ろした。その首元には、アルテと同じ白金の首飾りが光り輝いている。
こいつ――ただの魔導師じゃない。杖術も本職の前衛クラスだ。
「オト君は下がってて! 僕がなんとかする!」
魔法の使えないオトを戦わせるわけにはいかない。リーフは両手を広げてルシエールに飛びかかった。
「おいおい、ひどい体術だな」
ひらりと身をかわしたルシエールの踵がリーフの腹に食い込んだ。ぐふっ、と血を吐いて転がるリーフの脳天に錫杖の金具がうなりを上げて突き刺さる。
「がぁっ……!」
なおも降り注ぐ猛攻からどうにか転がって抜け出し、欠けた歯を剥き出してもう一度飛びかかる。
「懲りないねぇ」
横から振り抜かれた杖が顎を捉え、リーフの足がカクンと折れた。高速で振るわれる乱打に打たれるがまま、リーフの体が左右に揺れる。
「アヒャヒャヒャ! 弱っ! よっっっわ!!? ザコすぎだろ庶民!!? 私はねぇ、思い上がった魔法使いをこうやって魔法を封じて叩きのめすのが、大っ好きなんだぁ!!」
目を三日月型に吊り上げて、ルシエールは豹変した。ヨダレを垂らさんばかりに興奮し、舌なめずりしながらリーフをタコ殴りにする。
「――気っ色悪ぃんだよ!!」
木と木のぶつかり合う、鋭く乾いた快音とともに殴打の雨がやんだ。ルシエールに、オトが杖で打ちかかったのだ。
「なんだい、そう焦らなくたって、順番にボコボコにしてやるってのにぃ」
血の気が引いた。リーフは必死でオトに「逃げて」と怒鳴った。オトのレベルはたったの4。ただでさえ冒険者になって日が浅いのに、リーフの「魔族を殺さない」縛りに付き合わせたから、オトはずっと低レベルのままなのだ。
オトの武器は500種もの魔法――そのすべてを封じられて、勝てるはずがない。
「友達ボコされてて、逃げれるかよ」
オトは杖を、真っ直ぐ剣のように構えた。




