勇者-3
「ルシエール、エリシア。オレはちょっと用事ができたから街に行ってくる。その二人の始末は任せた」
ユイの肩を抱いてレンが言うと、ピンク髪の女、エリシアが「なに言ってんの!? レン君には私がいるでしょ!?」とわめき出した。
「心配しなくても、オレの心は君のものだ、エリシア」
「レン君……」
エリシアはぽっと顔を赤くした。
「じゃあ、そういうわけだから」と手を振り、悠々立去ろうとするレン。彼に抱かれたユイの顔は、恥ずかしそうに、嬉しそうにほころんでいる。
むこうを向いてしまう寸前、ユイの目から、一滴の涙が流れた。
こめかみの血管が、ブチ切れた。
「待てよ、おい」
リーフとオトの声が重なった。二人の憤怒の形相を、レンは超然と見下ろした。
「今すぐその人を離せ」
「え? いいけど、ユイは離れたくないみたいだぜ」
「いいから離せよ」
「……断ったらどうなんの? それ」
オトは顔に青筋を浮かべて中指を立て、リーフは瞳をチカチカ赤色に点滅させ、同時に告げた。
「ぶっ殺す」
レンは鼻で笑い飛ばした。
「やってみろよモブ共」
リーフとオトは、同時に動いた。
「【強化魔法】No.1.3.7――【増筋】【加速】【闘眼】!」
リーフに向けたオトの杖に、3色の光が螺旋状にまとわりつく。一流の技術"複数詠唱"――3種の【強化魔法】がリーフの体に直撃し、瞬間、世界が変わる。
周りの音がプレスされて、低くゆっくり聞こえる。砂煙の流れが緩やかになり、砂粒の一つ一つがよく見える。体が羽のように軽い。
オトのかけた魔法はそれぞれ、対象に「筋力増強」「加速」「動体視力向上」の強化効果を一時的に施すもの。この3種をオトは「近接戦闘セット」と呼び、普段はアルテにかけることが多いが、オトが自分にこのセットをかけた意図を、リーフは即座に汲み取った。
「【破壊魔法】No.3――【崩剣】」
リーフの伸ばした右手に赤黒い閃光が迸って、雷鳴じみた爆音とともに一振りの光剣が出現した。
質量を持たない【破壊魔法】のオーラが、剣の形に凝縮された剣。増強された筋力と、全ての動作が1.2倍に加速された肉体で一度腕を振れば、重さのない【崩剣】はフォンッ、と音を立てて空気を斬り裂く。
リーフは地を蹴り、真っ直ぐレン目がけて駆け抜けた。――速い。レンが目を見開く。近接戦闘に関してはド素人のリーフでも、オトの魔法にかかれば、ほんの十数秒の間だけ一流の剣士になれる。
あの日オトに【鑑定】してもらって、リーフは自分のレベルがいつの間にか「15」になっていることを知った。錆竜を倒したことでレベルが上がったのだと気づいたとき、リーフは魔王が「同族殺し」を固く禁じていた真意に到達した。
魔族を二度と殺すつもりのないリーフが、これ以上レベルを上げることは金輪際ないが、それでもレベル「15」とは冒険者トップクラスの数字だった。現にオトのレベルは「4」、アルテでも「16」だ。
レベルは1つ上がるごとに次のレベルまでの道のりが指数関数的に伸びていくため、冒険者全体の平均値も「5」程度。
ギギを殺し損ねただけで錆竜がレベルを上げたことからも、魔族は人間よりもレベル上げ効率が格段に高いことが予想される。
これは、殺した魔族が放出する魔素から得られる経験値の親和性が、同族である魔族のほうが圧倒的に高いからだと、リーフは仮説を立てている。
要するに――レベル15のリーフの純粋な身体能力は、素のアルテに匹敵するレベルであるということ。剣に関しては素人でも、オトの3点セットで加速したリーフは勇者にさえ脅威に違いない。
「なんだお前、ヒーラーじゃなかったのかよ!?」
光の矢のごとく距離を詰めたリーフに、レンが目を剥く間にも、リーフは既に【崩剣】を横薙ぎに振りかぶっていた。
「バカが!」
レンは抱き寄せていたユイの体を引っ張って、盾のように体の前に持ってきた。「えっ!?」とユイの顔が蒼白になる。彼女と目があった。
「――下衆がァッ!!」
リーフは構わず、ユイごと両断するように、横一文字に【崩剣】を振り抜いた。
「はぁっ!?」
赤黒い閃光の剣はまず、ユイの腹を掻っ捌く――ことなく、陽炎のようにすり抜けた。ユイの背中から飛び出した光剣の唸り声に、レンが「ぴゃぁっ!?」と顔中の穴を広げる。
第三の【破壊魔法】、【崩剣】――形状自在の【破壊魔法】のオーラを、リーチの限定される剣状に圧縮した理由は、そうすることで特殊効果を加える余地が残るから。
この剣は、「破壊する」と決めたものだけを破壊し、それ以外は全て"すり抜ける"。
この魔法を人に向けたのは、野盗団《レイブンズ》を制圧したときが最初で最後だ。あの時は、敵の装備だけを指定して全員斬り伏せた。武器も防具も衣服も細切れにされ、全裸になった野盗たちはあえなく戦意喪失。実際は無傷でも、光の剣が自分の体を何度も往復すれば気力を失うのも無理はない。
【崩剣】はオトが知恵を絞って一緒に考えてくれた、すべてを破壊してしまう加減のきかない不器用な【破壊魔法】でも、「相手を傷つけずに制圧できる」術式。
だけど、コイツは、許せない。
リーフの目に灼熱の赤い光が灯った。泣き叫ぶレンの胴体を、絶叫一閃、リーフは力いっぱいぶった斬った。




