第六話 ユカナ出撃
「……あなた達……死にたいみたいですね?」
今まで聞いたこともないような低い声でユカナがつぶやく。
「何でだよ!!?何で氷室王国の最高戦力のナンバーズがこんなとこにいるんだよ!!?」
先程から、気が狂ったかのように叫び続ける壬生。
誰も答えを教えてくれないためか、同じ疑問を何度も叫んでいる。
「察しが悪いですね……ナンバーズは王族専属の部隊ですよ。ソレが意味する事は……」
「……この転校生が……氷室王国の……直系の王族……?」
ユカナのヒントを聞いて、認めたくない現実を受け入れるようにつぶやく壬生。
「ふっ……ざけんなよ!!そんなコスプレ衣装に騙されると思ってんのか!お前、転校生の妹の方だろ!!その格好してくれば、俺がビビって逃げ出すと思って、兄貴助けるためにそんな格好で出てきただけだろ!!」
現実を認めたくない壬生が叫び声をあげて、事実の全てを否定しようとする。
壬生の混乱した頭の中では、空中に浮いた佑を抱きかかえて上空から降りてくるという、普通の人間にはできない芸当をしていたユカナは無かった事になっているようだった。
「兄妹そろってやれ、ナナ!ナンバーズコスプレ女の化けの皮剥いでやれ!!」
ナナと呼ばれた壬生のメイドは、主人から命令が下るもすぐには動く事ができなかった。
怒りで殺意をむき出しにしているユカナの鬼気迫る気迫に気圧されている、という事もあるが、その放っている気配が、自分よりも格段に強い存在だという事が簡単に理解できるレベルで肌で感じる事ができたからだ。
「……不様ですね」
先程まで壬生と話していたユカナだったが、その一言はナナに向けられたつぶやきだった。
その一言を放たれた当人であるナナは、瞬時に自分に対しての発言だと気付いた。
聞き取れる音量の『不様ですね』の前に、口元を動かしていたのをナナは見逃していなかったのだ……
声を出さずに動かした口は『その程度の命令すら実行できないなんて……』
「うあああああぁぁぁ!!」
主人である壬生ですら、今まで聞いた事もないような雄たけびを上げ、ナナはユカナへと突進する。
佑を相手した時とは比べものにならない速度で拳を振るう。
しかし、そんなナナの全力の一撃を、ユカナはあっさりと手のひらで受け止める。
受け止めた拳を、ユカナはそのままガッチリと握りしめる。
「アナタの行動、今日一日見せてもらいました。咄嗟の動き方や行動からよぉ~~く理解できます……今まで随分と弱い者いじめしてきたんですよね?」
ユカナの言う事は事実だった。
ナナは野上の王国軍の採用試験には落ちたものの、最終試験までは進んだ実力者だった。
王国軍に入れなかったメイドを私兵として採用するのが貴族である。
それを考えれば、貴族階級でのメイドとしては最高級の実力をナナは持っていた。
そして、この学校の生徒はほぼ貴族であり、極一部の王族は王位継承とはほぼ無縁な程度な地位なので、護衛に王国軍をあてがうような事は無い。大抵が民間からメイドを期間限定採用する程度である。
つまりは、王族の方が貴族よりも質の低いメイドを連れていたりするものであった。
そんなメイド達を、主人である壬生の命令で痛めつけては、壬生のカースト上位に貢献していた。
「たまにはイジメられる立場も味わってみてはどうですか?」
「うあぁっ!?あつっ!?」
突然掴まれていたナナの手が燃え始める。
ナナは必死に手を振りほどこうとするが、固く握られたユカナの手から逃れる事ができなかった。
「異能者かっ!!?」
戦いを見ていた壬生が叫ぶ。
メイドとなった者で、数十人に一人程度の確率で、物理法則を無視した特殊能力が発現する者が現れる。そんなメイドを『異能者』と呼称した。
「別に異能者はそんな珍しくはないですよ。軍に採用されるメイドのほとんどは異能者ですし……ナンバーズは全員が異能者ですよ……たぶん」
自信満々に『全員異能者』と言おうとしたユカナだったが、ナンバーズの現№1の存在を思い出して『たぶん』と付け加える。
何かしら能力を持っているのかもしれないが、晴司のメイド部隊を相手している時ですら能力を使用する事無く圧倒していたため確信できずにいた。
「ああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
叫び声を上げ続けるナナ。
ユカナに掴まれている拳は、熱で皮膚がただれて、肉を焼く嫌な臭いが漂いはじめる。
唯一の救いは、着ているメイド服が半袖のため、手首部分で止まっている炎に触れずにすんでいるため、服を伝って全身が焼かれる事がない事である。
「もうやめろ!!もうわかった!お前の方が強い!ナナを放してくれ!!」
見るに堪えなくなって壬生が叫ぶ。
ユカナは、ゴミを見るような目で壬生を一瞥すると、無言のまま、空いているもう片方の手でナナの口元をガッチリと掴む。
「~~~~~~~っっ!!!?」
口を押さえられて声を出せないナナ。
そんなナナの口元の皮膚も、熱でただれていく。
「馬鹿にしてるんですか?謝罪の言葉が聞こえませんが?」
「悪かった!!もうお前達に手は出さない!!すまなかった!ナナを放してくれ!!」
ユカナの言葉を聞き、壬生はその場で土下座して謝罪の言葉を発する。
それを見たユカナは、壬生が膝をつくその隣にナナを投げ飛ばす。
「うあぁ……ああぁぁ……」
ナナは起き上がる事ができずに、その場でうめき続ける。
「さて、次はアナタです」
「……は?」
ユカナに睨まれて変な声を上げる壬生。
「佑様が氷室の王族って事と、私がメイドでナンバーズだって事……アナタにはバレてしまいましたよね?」
いや、それ全部バラしたのお前だろ?とツッコミを入れたかったが、そんな事を口にしたら、その場で殺されてしまいそうだったため、壬生は口を開く事をあきらめた。
「極秘事項を口外されても困るので、佑様に手を出した事を理由に、氷室王家の権力を行使してアナタの家を取り潰しにするしかないですね……」
いや、そんな権限ユカナにはないよね?というツッコミを入れたかったのだが、止めるタイミングを完全に逃してしまった佑は、今更会話に加わる事ができずに、発言する事をあきらめた。
「……誰にも言わない。お前等の正体を一切喋ったりしない……だから、もう許してくれ……」
壬生は完全に心が折れていた。
最初の勢いは完全に失われていた。
軽い気持ちで、ただ新入りのマウントを取りたかっただけの、自分の自尊心を満たしたいだけのために、余計な連中に手を出してしまった事を後悔していた。
「そこまで言うなら信用しましょう。喋ったりしたら……わかってますね?氷室王国の力があれば、アナタを社会的に抹殺する事なんて造作もないという事を理解しといてくださいね」
それだけを吐き捨てるように言うと、ユカナは踵を返し佑の元にやってくる。
「さぁ帰りましょう佑様。私がメイドとしてお供致します」
「あ……うん」
完全に蚊帳の外にいた佑は、ただ頷いてユカナに従うだけだった。
「……ちょっとやりすぎじゃない?まぁ止めなかった身で言うのもなんだけど……」
声が届かない程度の距離まで歩いた後、佑がユカナに話しかける。
佑も壬生を、多少は痛い目見せた方がいいと思っていたため、最初のうちは止めるつもりが無かったのだが、気が付いたら状況が急変したため、止めるタイミングを逃してしまったのである。
「い……いえいえ佑様。私だからこの程度で済んでるんですよ。えっと……ここにいたのが他のナンバーズだったら、もっとひどい事になってますよ……たぶん」
冷静に考えたら、結構ヒドイ事をしていた事に気が付いたのか、佑から視線を逸らして適当な返答をするユカナ。
この子、本当にわかりやすいリアクションするなぁ、と思う佑だった。