第五話 転校生へと洗礼
転校生が訪れた日というのは、特別な日となる。
それは、超お坊ちゃま・お嬢様校でも例外ではない。
転校生というのは、クラス皆に取り囲まれて質問攻めにあったりするものである。
ただこの学校が、他の学校と違う部分があるとすれば……
「なぁ?お前さぁ何でメイド連れてないんだ?」
家柄カースト制度が存在するため、自分がマウント取れる存在かどうかの品定めを込めた質問攻めが開始されるのだ。
「前の学校だとメイド連れてくる風習がなくてね、その感覚でいたから置いてきちゃったんだ」
当たり障りなく返答する佑。
もちろん、隣の席でそのやり取りを聞いているユカナは、今にもキレだしそうな状態にはなっているが、佑から「穏便にお願い」と言われているため、必死になって怒りを抑えようとしていた。
「っていうかお前等、登校の時も徒歩で来てなかったか?」
「ははっ……それも同じで前の学校にはそんな風習なかったからね」
どんな質問にも、とりあえずは「前の学校と違った」と言って誤魔化し続ける佑。
内心、早く終わってくれと願い続ける。
もちろん休み時間は10分しかないので、それを超過すれば自然と質問攻めは終了する。
ただ、何とかボロを出さないように返答し続けなくてはならない佑にとっては、永遠とも思える時間だった。
「お前さぁ……メイドを連れてこないってのがどういう事かわかるか?例えばこんな事されても誰も助けてくれないって事だぞ!」
おそらくは、佑が、自分より格下の人間だと判断した一人の男子生徒が動いた。
言葉を発しながらも、佑の顔目掛けて拳を振り上げた。
佑は咄嗟に、ユカナに『動くな』という意味で、左手の平をユカナに向けつつ、振り下ろされてくる男子生徒の手首を右手で掴むと、軽くひねる。
「いって!?いてててっ!!」
手首をひねられた男子生徒は、うめき声を上げつつ、そのまま膝をつく。
ボンボンの男子生徒と、いちおう歴代最強といわれた母親に「何かあった時は自分の身は自分で守れ」と言われて、毎日の筋トレと共に叩き込まれた護身術がある佑では、まったく勝負にならなかった。
「心配してくれてありがとう。でもこの程度ならメイドいなくても何とでもなるから大丈夫だよ」
若干の皮肉を込めて返答しつつ、男子生徒の手を放す。
手を出したら少し痛い目をみる、と印象付けて厄介事を回避しようと考えた佑なりの行動だった。
結果としては、その男子生徒をはじめとして、一人また一人と自分の席へと戻っていった。
「何で助けないんだ!この役立たず!」
自らの護衛のメイドに罵声を浴びせる男子生徒。
「それが!……あの……も、申し訳ありませんでした」
しどろもどろな返答しつつも、結局言い訳できずに謝罪の言葉を放つ。
もちろん護衛の立場から、男子生徒のメイドも動いてはいた。
ただ、メイドが動く事を事前に察知したユカナによって、それは阻止された。
人ごみにまぎれた状態で、足を踏まれ、右手首をガッチリと掴まれ後ろ手にされ動く事ができなかった。
男子生徒のメイドとしては意味不明な状態である。
周りにいるのは生徒だけのハズなのに、何者かに拘束されて動けなくなったのだ。
しかもそれは、自らの主人の腕が転校生から解放されるまでのほんの一瞬の間。
犯人を捜す余裕もないまま主人と共に席へと戻る事となった。
そこから先は佑の考え通りだった。
『コイツとは関わらないようにしよう』という考えが満場一致したかのように、佑とユカナに質問してくる人物は現れなかった。
代わりと言っては何だが、ちょっとした世間話をするような人物も現れなかった。
卒業までこのままだとちょっとマズイかな?と思いつつも、何の対策も考え付かないまま放課後になってしまい、問題を先延ばしする事を決意する佑。
「佑様!5分待っててください!すぐに戻ります」
終礼のチャイムと共にユカナが話しかけてくる。
「べ……別に構わないけど……どうしたの?」
「佑様には然るべきメイドが付いている、という事をわからせるべきです!なので私が帰って着替えて、すぐに迎えにきます!待っててください!」
いや、そんな事したらクラスメイトに身分を偽ってる事バレちゃうよ。という発言を佑が言う前に、凄まじい勢いで飛び出していく。
ユカナはユカナで、メイドがいないという理由で佑を馬鹿にするクラスメイトが許せずに一日を過ごしていた。
すでに怒りで頭が沸点に達しているユカナを誰も止める事はできなかった。
佑は、せめてユカナが戻ってきた時、できる限りクラスメイトに顔を見られないようにするため、下校するために人が大勢群がっている正門前を避けて、人気の少ない正反対の裏庭へと向かう。
念のたユカナの携帯へ『裏庭で待ってる』とメッセージを入れておく。
「はははっ!自分から人目の付きにくい場所に移動してくれるとわなぁ。まぁ人目があっても別に問題ないんだけどな」
誰もいないと思っていた空間で、後ろから声をかけられ、佑は振り返る。
そこには、休み時間に佑に絡んできた男子生徒と、そのメイドが立っていた。
「あ~……えっと、同じクラスの……」
「壬生だ!壬生由幸!!」
名乗られてないから知らないし、と内心思いつつ、明らかに友好的でない態度から、若干警戒しつつ、佑は一定の距離を保つように動く。
「お前が武術か何かやってるのはわかった。でも、それは俺に手を上げていい理由にはならねぇんだよ!一般人に対してイキがるのは勝手だけどよぉ、俺に手ぇ出したらどうなるか教育してやろうと思ってなぁ」
佑にとっては予想通りのセリフだった。
「殺さない程度に痛めつけてやれ」
傍らにいるメイドに命令を出す壬生。
メイドも聞きなれた命令なのか「またか……」という若干諦めににた表情をしつつ佑に近づいてくる。
おそらくは、この壬生という男子学生はカースト上位なのだろう。
気に入らない事を力づくでねじ伏せる事に慣れた様子だった。
しかし、そういった行為を佑は好きになれなかった。
何とか痛い目みせて、こいうった行為を咎めたいと思ってみても、現在佑が所有している最高戦力のユカナは帰宅中。
昨日メイドがどれだけ驚異かを目の当たりにしている佑としては、現状絶望しか浮かばない。
しかしやらなければやられる。
母親の遺言でもある「自分の身は自分で守れ」を実践するしかないと、腹をくくる佑。
そんな佑に、壬生のメイドは拳を突き出してくる。
本気を出したら殺してしまうためだろう。明らかに手加減している動きだった。
佑でも反応できる速度だったため、かわしつつ右手の脇でメイドの腕を掴むと、左手をメイドの拳に添え体重をかけて、肩の関節を外そうと……
「……動かないって……どうすりゃいいの?」
佑の全力を持ってしても、メイドの腕はピクリとも動かなかった。
見た目不様に、メイドの腕にぶら下がった状態の佑。
次の瞬間、メイドは物凄い勢いで、腕を空に向かって振る。
「……は?」
浮遊感と、ともに上空へと飛ばされる佑。
このまま地面に落下すれば、確実に死ねる高さだ。
ただ、佑の落下軌道は、葉の生い茂った木の上だった。
おそらく、死にはしないが、大怪我するコースだろう。
「ちょっとシャレにならなくない?」
佑はぼやきつつ、何とか受け身を取れる体制にする。
しかし衝撃は訪れなかった。
佑は何やら温かい物体に包まれて、無事地上へと帰還する。
「は?何だよソレ?……氷室王国軍の服?はぁ?エンブレムって……『ナンバーズ』?ふざけんなよ!!何だよ?何なんだよコレ!!?」
壬生の混乱した叫び声が聞こえる。
そんな中、顔を上げた佑が見たのは、鬼神の如く怒り狂った表情をしたユカナだった。
「あの……ちょっとだけお手柔らかに……」
佑はそんな一言だけしか言えなかった。