第三十三話 逆襲の佑
ユカナをかばうようにして立つ佑は、静かに深呼吸を大きく一度する。
自身の体の変化は自覚していた。
まるで生まれ変わったような気分だった。
物心ついた時から、アヤによって戦い方を教えられていた佑だったが、見本としてアヤに見せられていた動きをなぞる事が一度も出来ずにいた。
頭ではわかっているのに、体が付いて来ないもどかしさ。
もちろん、メイドの能力を持たない佑が、人としてとれる動きには限界があり、佑の動きは人としては十分すぎる動作だった。
しかし、今この状態ならば、その理想とした動きができるような気がした。
そして異能……
(これは便利だなぁ……)
自分に備わった異能を理解でき、その一連の流れを体験し、純粋な感想が頭をよぎった。
といっても、佑に備わった異能は『超回復』。
頭で理解したのは、受けたダメージは即回復できる、という効果くらいで、常時発動タイプであるため、ユカナやミアのように『使い方を理解する』という部分は省かれていた。
一度は気を失っていた佑だったが、再び戦闘を開始したユカナとミアの激しい戦闘音で目を覚ました。
その二人が戦っている姿を見た瞬間に体の異変に気が付いた。
何故そうなったのかはさっぱりわからないものの、身体中の痛みが突然消えた。
本来曲がってはいけない箇所で折れ曲がっていた腕も、従来通りに戻っていた。
わからないながらも、何故そうなったのかを考えようとしたところで、視界の隅でユカナが前のめりに倒れるのが見え、考える前にとりあえず動いた。
理由はまったくわからないが、守られているだけの立場だった自分が、誰かを守れる立場になれた事に若干の嬉しさが加わり、テンションが変な方向に極上がりしているのは理解できた。
「ミアさん……何がしたくてこんな事してるのかわからないけど、ここで止めさせてもらうよ!」
ミアを指差し、物凄い決め顔で決め台詞を吐く佑。
痛い子を見るミアの視線と、呆けたようにうっとりした視線を向けるユカナ。
受け取り方は感性の違いによって人それぞれだった。
そして、そんな佑の発言を受けてミアは、無言のまま佑へと突進しコブシを振り上げる。
佑と同様に、何が起こっているのか理解できないミアだったが、先程の佑のケガの状態がどの程度深手だったかはわかっていた。
そのケガをあっさり完治させた、という点を考慮しても、死なない程度になら本気を出しても大丈夫だろうという判断で、佑へと全力の突進をしていた。
最悪、腕一本くらいはもぎ取っても、死ななければいいという思いで、振り上げていたコブシを佑に向かって振りぬいた。
(不思議な感覚だなぁ……今までまったく見えなかったミアさんの動きがわかる……)
ミアの動きを冷静に見て、放たれたミアの右ストレートを紙一重でかわす佑。
そのまま、伸びきったミアの右腕を自らの左脇で固定し、腕をひねってミアの腕の骨を外すと同時に、右手でミアのあごへと掌底を放つ。
「……っが!!?……あぁ……」
右手の痛みに耐えた次の瞬間にあごへの衝撃。
ミアは自分に何が起きたのかすら理解できないまま、脳を揺さぶられその場に膝をつく。
「な……何が……」
すぐに立ちあがろうとするものの、ミアの足はまったく言う事を聞いてくれなかった。
それはどんなに歯を食いしばろうとも動く事はなかった。
「ミアさん……もうあきらめて投降してくれるとありがたいんだけど……」
座り込むミアを見下ろすようにして佑が、静かにミアに話しかける。
「佑様……超カッコいいです……」
すぐ近くで、前のめりで倒れた状態のユカナから、超どうでもいい発言が繰り出されるが、それはあえて聞かなかった事にして無視する佑。
「片腕しかなかった右腕も、もう使い物にならないでしょ?いくらメイドの治癒能力が高いっていっても、その腕がまともに動くようになるには30分はかかるんじゃないかな?」
降参するよう促す佑だったが、ミアはそれを受け入れる気はまったくなかった。
ミアは唇を噛み、血をにじませると、それを口から吹き出すようにして佑へと飛ばすと、弾丸へと変える。
「あいてっ!!?」
いきなりだったため避ける事が出来ずに、血の弾丸を額に受け、その勢いで後ろへと倒れこむ佑。
その額は、かすり傷ではあるが血がにじむが、佑の異能によりすぐに完治する。
しかし、それを見たミアは勝機を見出す。
すぐさまミアは二射目を放つ。
というよりも、散弾のように凄まじい数の弾丸が佑へと向けられる。
「いてっ!あいてっ!?ちょ……ミアさん……ズルいって!!?」
たくさんの数の弾丸を、倒れこんだ状態のまま受け続ける。
絶え間なく続くその攻撃のせいで、反撃のために近づくどころか、起き上がって避ける暇すら与えてもらえずに、ひたすら防御し続ける佑。
「ちょ……ミアさん!?その唾吐きかけるみたいな攻撃……生憎とそういう趣味は無いからやめてほしいんだけど……まぁ人によってはご褒美になるかもしれないけど……」
佑が何を言っても、ミアの攻撃は収まる事はなかった。
そして、そのうち佑は体の異変に気が付く。
何のしていないにも関わらず、息が上がり、動く事すらできないくらいに体が億劫になっていき、最終的にはユカナと同じように、その場に倒れこんだ。
「な……何だ……コレ?」
「ハァ……ハァ……やはり……思った通だったか……」
わけもわからずに倒れこむ佑を見て、息が上がりながらも笑みを浮かべてミアがつぶやく。
佑は異能に目覚めたばかりで、メイド能力に体が慣れ切っていないとミアは判断していた。
だからこそ、擦り傷程度でもダメージが通るのなら、勝機があると判断したのだった。
もちろんミアは、佑の異能が何なのかは理解していないが、治癒能力向上はメイド能力として基本であるため、メイド能力を使わせ続ける事でユカナと同じような状態にして戦闘不能にさせようと狙っていたのだった。
もし仮に、佑の異能が『超回復』でなかった場合は、先に戦闘不能になっていたのはミアの方だったのだが、今回は偶然の巡り合わせがミアに有利に働いていた。
異能による回復が擦り傷程度の回復に、過剰に反応していたせいで、佑の消耗が通常よりも早くなってしまっていたのだった。
「形勢逆転ね……ハァ……ハァ……これで……あなたを人質にして氷室アヤと……」
「Verweile doch! Du bist so schön.」
ミアが何かを言おうと、ゆっくりと喋り出したのとほぼ同時だった。
どこかで聞いた事のあるリミッター解除の文言が、森全体に響き渡った。
「私抜きで、何を楽しそうな事してんだお前等?」
その言葉が響いた直後に、上空から小型の物体が落下してくる。
「なぁ?私も混ぜてくれよ」
そこには余裕満々の笑みを浮かべたリオ……幼女の姿をした氷室アヤが立っていた。