第三十二話 覚醒
ユカナはゆっくりと立ち上がると、大きく深呼吸して息を整える。
自分のなかに、今までと違う感覚があるのが理解できた。
それはメイドとしての能力を得た時の感覚と酷似していた。
今の自分には何ができるのかが、はっきりとわかる不思議な感じだった。
ゆっくりと後ろを振り返り、ミアと正対する。
「……リミッター?」
何が起きたのかはわからないが、ユカナの気配が大きく変化した事だけはミアにもわかった。
「私もよくわかりません……今までリミッターがかかっていた自覚はありませんし、こんな力を持っていたなんて知りもしませんでした」
混乱しているミアに、自分自身も混乱している事を告げる。
しかし、思考の半分は混乱していても、もう半分は冷静だった。
「でも……この力があればアナタを止める事ができる、という事は理解できます!」
そう言うと、ユカナは能力を発動し、ミアへと突進する。
その速度は今までのユカナの全力を軽く凌駕する速さだった。
「――獣化!!?」
ユカナの瞳孔を見て、それが獣化の異能であることを察知したミアが驚きの声を上げる。
(異能まで変化したのか!?)
そう思考しつつも、ボーっと立っていてもやられるだけなので、バックステップで距離をとり、時間が経過しすぎたせいで、完治してしまっていた右手親指に再び歯を突き立て血をにじませる。
メイドの能力は、治癒能力も常人よりも強化されているため、この程度の小さな傷は数分で完治してしまう。
ミアにとっては、格下と戦う場合、その数分で十分であったし、同等の相手の場合は無傷で勝利するのは難しいため、戦っている間に自然と新しい傷が追加されるため何も問題はなかった。もちろん格上の相手と戦う場合のパターンというものもあるが、ミアの戦闘履歴で格上の相手は氷室アヤしか存在していなかった。
しかし今回は、格下の相手に粘られ長期戦となっていたうえに、インターバルをはさんでしまったせいで、再度戦闘準備をする動作を強いられてしまっていた。
そして、再びにじみ出た血液を指ではじき、弾丸にして、突進してきているユカナを迎撃しようと試みたところで自分の目を疑った。
ユカナが、先程自分が行った動作と同じ行動をとっていた。
それはミアだけが行っていた戦闘準備動作。
指を噛み血をにじませるという、その動作をユカナも行っていたのだ。
わけがわからない……
そんな混乱した状態ではあったが、とろうとしていた攻撃動作は、体が反復動作したとでもいうのだろうか、無意識で行っていた。
その瞬間ユカナが手を大きく振る。
そして、ユカナの前面に出現した血の盾が、ミアが放った弾丸を全て防いだ。
「な……に……!?」
獣化の異能を発動させていたハズのユカナが、自分と同じ血液操作の異能を使用した事に驚愕し、思わず声が漏れる。
そして、驚きで一瞬鈍ったスキをつくようにしてミアへと右手を伸ばすユカナ。
背筋が凍る程の嫌な予感に、反射的に身をよじってユカナの右手を避けるが、完全には避けきれずに、縛っていた左袖がユカナの右手に微かに当たる。
数分前にユカナの異能によって半分焦げていた、左袖は完全に姿を消し、ミアの切断された左腕、その完治して皮膚で覆われた切断面があらわになっていた。
それはリオ……氷室アヤが披露していた異能だった。
「何なんだ……何なんだお前はぁ!!?」
完全に動揺したミアが叫びだす。
もちろんユカナはミアを殺すつもりはない。
当たったら殺してしまう消滅の異能は、最初から当てるつもりはなかった。
ミアのスキを作るためだけの牽制攻撃のつもりではあったが、予想以上の成果があった。
そのミアのスキをついて、ユカナはハイキックを放つ。
動揺はしていたものの、ほぼ無意識で体が動き、ミアはユカナの蹴りを右腕でガードした。
「……っつ!!?」
衝撃と共に凄まじい熱が右腕へと伝わってくる。
耐え切れずにミアは後ろへと飛び、ユカナとの距離をとる。
「……元々の異能も使えるのか……」
誰に話しかけるわけでもない、愚痴にも似たミアのつぶやきではあったが、獣化の能力で強化された聴力のおかげかユカナにもしっかりと聞こえていた。
「……いくつ異能を使うつもり?異能は一人一つしか持てないハズ……どういうカラクリ?」
ユカナが聞こえているのを察知し、先程と同じくらいの音量で問いかける。
ユカナはただ不敵な笑みを浮かべて、特に何かを語る事はしなかった。
そう、わざわざ情報を与えてやる義理はないのだ。
メイドの異能は、どういう理屈かは謎ではあるが、その異能を手に入れた瞬間に、何故か使用方法がわかるようになっていた。
体にしみ込んだ使用方法を後から頭で理解する、といった感覚だった。
そして、ユカナが本来の力に覚醒して得た異能は『劣化複製』一度見た異能をコピーして使用する事ができる能力だった。
とは言え、コピーした異能を全て理解できるわけではない。
あくまでも理解できるのは、目にした事のある表面上の部分のみだった。
つまり、一度見た事のある攻撃方法でしかコピーする事ができないのである。
例え、その異能を応用した別の攻撃方法がごまんとあっても、簡単に思いつく攻撃方法であっても使う事はできないのだ。
だからこその『劣化複製』なのだ。
とはいっても、その異能が十分強力なのは明らかであり、初見の相手を混乱させるには絶大な効果があった。
現にミアは、目に見えて混乱していた。
そんなミアを畳みかけるべくユカナが一歩を踏み出す。
そして、前のめりになって盛大にズッコケる。
「……はれぇ?」
ユカナの口から変な声が漏れる。
体を動かそうにも、痺れたようにまったく動かす事ができなかった。
そんなユカナの姿を見て、ミアはすぐに状況を察する。
「……異能の使い過ぎね」
そう、異能を使いすぎると、体力を消耗する。
そして、消耗を気にせずに使い続ければ、体が頭からの指示をシャットダウンして勝手に休息をとってしまうのだ。
異能によっての体力消耗は千差万別であり、ものによっては強力すぎる攻撃を放つ事により、指示シャットダウンを通り越して衰弱死まで一足飛びする事もある。
動けないユカナへとミアはゆっくりと近づいて行く。
ユカナの敗因は大きく2つあった。
1つは、覚醒前に異能乱発していたせいで、体力の貯蔵が極端に少なくなっていた事。
もう1つは、メイドとしても規格外すぎるアヤの異能を使ってしまった事。
しかも、ソレを決定打にするわけでもなく、牽制攻撃として使ってしまった事である。
「ちょ……ちょっと待ってください!せめて、この不様な体勢何とかできるまででいいですから!」
前のめりで、尻を突き出した体勢のまま動けないでいるユカナが不様な叫び声を上げる。
もちろん、そんなユカナの懇願など無視して歩を進めるミア。
しかし、途中でその行為を止め、その場に立ち尽くす。
「……何で……立っていられる?」
つぶやくようにして言葉を吐くミア。
それは、ユカナの前に立ちふさがる佑に向かって投げかけたつぶやきであった。