第三十一話 約17年前
氷室王国国王執務室。
基本、国王はこの部屋にて執務を行うため、ここに滞在する事が多い。それが午前10時ともなれば、外出でもしていない限りは、必ずといっていいほどの確率でそこにいるものである。
そんな国王のもとに、一人の男がやってくる。
国王の側近でもある初老の男だ。
「宗馬様のお子様が生まれたようです……予定通りの双子のようで、最初に取り出されたのは女の子のようです」
側近の報告を国王は黙って聞いていた。
「国王様が懸念されておりましたので、すぐに医療スタッフに調べさせたところ、ご息女は生まれながらにしてメイドの能力を有しているようです」
その一言を聞いた国王は小さく舌打ちをする。
「やはり下賤の血は下賤か……忌々しい。生まれながらのメイドなど一族の恥さらしもいいところだ」
それは、世間体を気にするための演技のセリフなどでは決してなかった。
国王の本心からの言葉だという事は、その表情が物語っていた。
「処断の方法は後で考える……どうせ宗馬が邪魔をしにくる事はわかっている。とりあえずは宗馬に余計な行動をさせる前に、世間には『第一子は死産した』と情報を流しておけ」
「かしこまりました……」
特に国王に対して口をはさむことなく、側近の男はただ一言だけ短い返事をして、部屋を出ていった。
「アヤ……飼ってやっていた氷室家に対して恩を仇で返すか。やはりメイドとの婚約など認めるべきではなかったか……」
部屋に残った国王は、誰に聞かせるわけでもなく、自らの失敗を反省するかのようにひとり言をもらすのだった。
「――と、いうのが国王の判断です」
「死産情報を流す……か、後々殺す気満々じゃねぇか」
既に宗馬によって懐柔させられて、国王派閥から宗馬派閥へと鞍替えしていた、国王側近からの報告を受け、アヤがつぶやく。
メイドだからなのか、子供二人を出産した直後だというのに、そこまで体力を消耗しているようには見えない状態だった。
「それで?女性だからこの子がメイドの能力を遺伝していた、として、こっちの男の子の方はどうなんだい?」
アヤの隣で眠る二人の我が子を眺めながら宗馬が、側近の男へと質問する。
「はい……非常に言いにくいのですが、ご子息にもしっかりと遺伝しているようです。歴史上、男性がメイド能力を保持した事例は存在していないので、皆ご子息に関しては完全にノーマークになっているようです」
メイドが子供を出産した事例自体が歴史上初なため、子供にどのような影響が出るのかわからずに、誰しもが手探りの行動しかとれずにいるのが現状であった。
「宗馬の予想通りだな。で?次の一手はどうするんだ?国王の思惑通りに、この子等を黙って処断させるつもりは無いんだろ?」
アヤは若干微笑むようにして、宗馬へと話しかける。
「まず二人にはリミッターをかける。少なくとも二人は投薬はされていないんだ。リミッターで全能力を抑えておけば、メイド能力保有に関してはしばらくは世間から隠せるだろうしね」
そこで一旦言葉を切り、寝ている女の子のおでこをそっと撫でる。
「この子に関しては、能力がある事が国王に知られてしまっているから、致し方ないけど身分を隠して孤児院に送る……手元に置いておきたいけれど、ここにいたらいつ殺されてしまってもおかしくないからね、少しでも生きていられる確率が高い選択をしたい」
血を吹き出しそうなほどに唇を噛みながら宗馬が決断をくだす。
「……申し訳ありません。ワタクシが国王にご息女の事を報告したばかりに……」
宗馬の表情を見て、本当に申し訳なさそうに側近の男がつぶやく。
しかし、生まれた女の子に対して既に疑惑を持っていた国王に虚偽報告をしても、おそらくは別ルートからすぐに真実を知る事となり、この側近の男の立場が怪しくなってしまうだけの行為である事は、宗馬もアヤもわかっていたため、二人とも側近の男を責めるような事は決してなかった。
「気にする必要はないよ。それにリミッターで普通の子と同じ状態で孤児院にいた方が、ここでの窮屈な生活よりも充実した生活を送れるだろうしね」
側近の男を安心させるかのように、微笑みながら宗馬は口を開く。
「それに、体面だけでも勘当しているようにしておけば、国王もそれ以上の手出しはしないだろうしね……この子が相続争いに加わらなければ、それで満足してくれるさ。バカだから」
いくら息子とはいえ、国王を侮辱する言葉は大問題ではあるが、ここにいるのは宗馬派閥であるため口外される事はない。バレなければ何も問題はないのだ。
「孤児院に出したとしても、ちょこちょこ様子は見にいけるようにはするよ……とはいえ、国民一人に執着しすぎると怪しまれるから、多少は自粛するけどね。まぁ何か突っ込まれたら、領内の出来事はどんな些細な事でも報告させるようにしている~とか言い訳しとけば、僕の発言なら納得せざるを得ないだろうしね……たとえ信憑性はなくてもね」
いくら王族といっても、国民一人一人の生活を全員分把握する事など不可能である。
それを『全員分把握しようとがんばっている』というような言葉で誤魔化せば、努力については文句を言われる筋合いはない、といった内容である。
何度も言うが、そんな事は不可能だとしてもだ。
「次の問題は『リミッター解除の方法をどう設定するか』なんだけど、生活する上で簡単に解除されない、かつ何かあった時に、最低でも僕等がリミッター解除してやれる……そんな解除方法何かあるかな?」
日常生活で、何かの拍子に解除されてしまっては意味が無い。
それでいて、解除方法が複雑すぎて誰もその手順を覚えられないような方法では、ただの宝の持ち腐れであり、何かあった時、本当に何もできなくなってしまう。
「氷室王国のメイド部隊への入隊宣言なんてどうだ?」
宗馬の言葉を黙って聞いていただけのアヤが口出しする。
「私も一応は覚えてるし、宗馬も毎年新人メイドの入隊式には参加してるから、口にした事はなくても覚えてはいるだろ?」
確かにアヤの言う通り、毎年毎年嫌と言うほど聞いているため、宗馬も既に暗記していた。
「だからリミッターの解除方法は、氷室メイド部隊の入隊宣言を言うか聞くかした時に解除されるってすればいいんじゃないか?」
アヤの案に少し考える素振りをみせる宗馬。
「う~ん……若干心もとないな。何かの拍子に入隊宣言を聞いてしまう可能性もあるしな……よし!それじゃあ、それにプラスして『心の底から守りたい人を目の前にして』って条件を加えよう。もちろん『守りたい人』の括りに、この子自身も含めてね」
そりゃあほぼ解除させる気がねぇな、と内心思いながらも宗馬の案に同意するアヤ。
「あとは、コッチの男の子の方のリミッター解除方法も考えないとね」
「じゃあ『双子の姉のリミッターが解除されたのを目視したら解除される』って条件にすればいいんじゃないか?姉のリミッターが解除されるのは、本当にヤバイ状況でしか解除されないだろ?それを目視できる位置にいた場合、この子もヤバイ状況に陥ってる可能性が高いだろうからちょうどいいんじゃないか?」
宗馬の発言を若干食い気味に、男の子の方のリミッター解除方法を提案する。
「アヤ……リミッター解除させる気がさらさらないだろソレ?」
「そりゃお互い様だろ?」
そう言って笑い合う二人だった。
この時二人は、この双子がリミッターを解除する事は永遠にないだろうと思っていた。
そう、きっとこの双子は普通に生活して普通に天寿を全うする。
そう信じていた。
この後、孤児院に出した双子の姉が、すぐに子供に恵まれなかった夫婦に引き取られる事になり、その夫婦が、可愛い子供を得る事で「どうせ子供ができない身体なら、せめてこの子に贅沢な暮らしをさせてやりたい」とメイドになるための『KM3H』を投薬する事など予想すらしていなかった。
もちろんその後、その双子の姉が、メイド能力をリミッターで抑えた状態で『KM3H』を投薬する、といった人類初の試みをするといった事など夢にも思っていなかった。
当然、その双子の姉が、氷室王国のメイド部隊に入隊してくるなど、天地がひっくり返っても想像する事ができなかったのだった。
それら全ては、宗馬が少し目を放したスキに行われており、天文学的な確率をかいくぐった双子の姉に、将来頭を抱える事になる宗馬だった。