第三十話 私は王の剣也
考える前に体が動いた咄嗟の行動だった。
ユカナのすぐ近くにいた佑が、ユカナをかばうように体当たりをして、ユカナを突き飛ばした。
もちろん、ミアの本気の蹴りなど、見てから反応したのでは間に合うわけがない。
幼少の頃からアヤによって訓練された佑の野生の勘のようなものであり、普通の人間ではマネできない、佑だからこそ咄嗟に動けたというだけのものだった。
しかし、だからといって、生身の人間である佑が、ちょっと良い反応をしたからといって、メイドであるミアの本気の蹴りはそんな事で回避できるほど生易しいものではなかった。
その蹴りは、ユカナにはとどく事はなかったものの、その手前にいた佑の腕に当たる。
まるで走ってきた10トントラックに跳ねられたような衝撃と痛みが佑の腕へと伝わる。腕の骨は見事なまでに粉砕骨折していた。
さらに、その蹴りは佑の脇腹をかすめる。
そのかすっただけの蹴りにも関わらず、凄まじい衝撃が内臓へと伝わり、血の混じった嘔吐物が佑の口から飛び出した。
「……ゆ……佑様……?」
佑に突き飛ばされ、地面に腰をついて呆けているユカナが、すぐ隣で地面に横たわり、苦しそうな咳と共に吐血している佑を見て小さくつぶやく。
今の状況を理解する事を拒否するようにして、座り込んだまま呆けているユカナを見て、既に戦力外と判断したのか、ミアは攻撃を止めて様子をうかがっていた。
この後は佑を人質としてアヤを呼び出すだけなので、そこまで事を急く必要はなかった。
仮にこのまま佑が死んでしまったとしても、自分が国際指名手配されるだけであり、そんな自分を真っ先に討伐しに来るのは怒り狂ったアヤである、とミアは考えていたため、どう転んだとしても『本気の氷室アヤと戦う』という目的は達成できるため、焦って動く事はなかった。
ただ一つ、国際指名手配される事により、晴司に迷惑をかけてしまう事が懸念ではあった。
「佑様……何で私なんかをかばって……私が佑様を守るべきなのに……これじゃあ本末転倒じゃないですか」
泣きそうな顔で佑にすり寄り、佑の頭をそっと抱き上げて、佑に対して愚痴をこぼす。
「ハハ……ほんと、何でだろうね……特に何か考えてたってわけでもなくて勝手に体が動いただけなんだ……もしかしたら、好きな子にちょっとカッコいいところを見せたかったのかもね……」
「ふぁっ!!?」
喋るたびに、身体に激痛がはしる佑だったが、ユカナを安心させようと、冷静を装うように必死に口を動かした。
当のユカナは、佑に『好きな子』と言われて、お前ソレどっから声出してんだよ?とツッコミを入れたくなるような声を上げて、顔を真っ赤にしていた。
(こういう反応……本当に可愛いな)
佑はユカナを見て心からそう思い、密かに微笑んだ。
「ゆ、佑様……わ、わ、私はメイドですから……そ、その、すきぃ……何て言ってはダメです」
もう完全に動揺していた。
「メイドがどうこうは関係ないよ……ユカナはユカナでしょ?」
そして耳まで真っ赤になっているユカナ。
実際のところ、佑はユカナの事が本当に好きなのかはよくわからなかった。
今まで他者と接する機会が極端に少なかった佑に、毎日自分の近くに寄り添って、自分の事を大事にしてくれる同年代のちょっとかわいい異性が突然現れたのだ。惹かれない理由は存在しなかった。それが「好き」という感情かどうかはわからなかったとしても、である。
そんなユカナが見ていたのが『氷室佑』ではなく『氷室宗馬の息子』だと知った時に感じた想いで、佑はユカナをどう想っているのかを自覚した。
それが、好きという感情なのか、気になっている程度のものなのかはわからないが『父親越しではなく、直接自分を見て欲しい』と思った事に間違いはなかった。
「それにしても失敗したなぁ……カッコいいところ見せるつもりだったのに、これじゃあ……逆だよね……ごめんね、弱くて…………」
段々と喋るのもキツくなってきて、佑の口から出る言葉は尻つぼみになっていた。
「そんな事ないです!全然カッコよかったです!佑様のおかげで私まだ元気なんですから!」
佑が意識を失いそうになっているのを察したユカナは懸命に佑へと話かける。
「それに佑様は弱くなんてありません!佑様に戦闘する強さはいりません……佑様はいずれ国王になり、ナンバーズの全権を得る事になります。佑様の手足となって私達が戦います!佑様は私達を上手く使う事で強くなればいいんです」
佑は何も言わずに、ユカナの言葉に耳を傾ける。
「佑様には人望があります!私達を使う上で最も重要な才能です!『この人のためになら死んでもいい』と思える人物になる事が佑様の強さになります!……そして、私は既にそう思っています。ですから佑様は弱くないです!強いんです!!」
そして、そんな佑とユカナのやりとりを見ながら遠い目をするミア。
それは昔あった事を思い出しているような……過去の晴司とミアに照らし合わせているような。そんな表情だった。
そして、戦闘が一旦収まったのを確認してから、息を殺して後ずさりを続けて、この場から逃げ出そうとしている真弓と壬生は、佑とユカナが何を喋っているのか微妙に聞き取れない距離までは逃げられていた。
「……そっか……ありがとう…………」
必死に佑を擁護してくれているユカナの言葉を受け、ただ一言だけそう答えて佑は意識を失う。
死んだわけではないが、粉砕骨折した腕と、内臓へのダメージの痛みが佑の意識を刈り取った。
もちろん、生きているとはいえ、このままでは命の危険もあった。
「佑様!佑様ぁぁ!!」
叫ぶユカナを見て、ミアは一歩を踏み出す。
ここまでか、と判断し、ユカナを排して佑を人質として確保するためである。
「……私は国の盾なり、我が国の平和と独立を守る使命を自覚し、国のため、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き……」
突然何かをつぶやき出すユカナ。
それに気が付き、再び立ち止まるミア。
ユカナが何をつぶやき出したのかはミアにはわからなかったが、辞世の句程度は言わせてあげようという想いはあった。
「……政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる……」
それは氷室王国のメイド部隊の入隊宣言だった。
何故それを今つぶやき出したのかはユカナ当人もよくわかっていなかった。
しかし、リオが去り際に言っていた事が頭の片隅にあったのだろう。ユカナは藁にも縋るような想いで、半分無意識のような状態で口を開いていた。
「……また、私は王の剣なり」
それを口にする事で、何がどうなるかも知る事もなくつぶやき続ける。
「……国を守る王の傍らに立ち、常に勝利をかちとる力となること誓う!」
やっとタイトル回収回です。