第二十九話 万事休す
この世のものとは思えない戦いを見ていた。
目にもとまらぬ速さで動き回る少女達と、飛び交う炎と変化する血液。
「アレで何で山火事にならないのよ……?」
真弓が呆れたような口調で当然の疑問をつぶやく。
ユカナの異能によって生み出された炎は、周りの木々に引火する前に消失していた。
もちろんソレは、ミアに当たらなかった炎は大惨事になる前に、ユカナの意思で消されていたからである。
ユカナが放っている炎は、ただの炎ではなくユカナの異能によって生み出された炎であるため、ユカナの意思で消す事は可能なのだが、はたから眺めている者達にとっては不思議な現象という以外に例えようがなかった。
「つうかお前、この位置から何が起こってるのか見えんのか?」
「そんなわけないじゃない。たくさんの火が出たり消えたりしてるのがチカチカ光って見えるだけよ」
詳しい状況がよくわかっていないボンボン二人の無駄口合戦が続く。
この遠く離れた位置から、何が起こってるのかをちゃんと見えているのは、視力が異様に良い野生児・佑と、常人より五感が鋭くなっているメイドのナナだけだった。
「あ!いい蹴りが入りましたよ」
「本当だ。ミアさん倒れたね……何かスゴイ勢いで倒れたけど大丈夫かな?」
見えている二人が実況する。
そして、倒れた状態のミアの手を、身に着けていたリボンで後ろ手にして縛ろうとして、片手したかないためそれが出来ずに、仕方なく右手と右足を縛り付けるシノを遠目から眺める。
「縛り上げたみたいだし、もう近づいても大丈夫なのかな?」
手と足で縛られたせいで、身体がエビぞりになっているミアを若干心配しつつ、佑が周りに声をかける。
「そ……そうね、元々は小屋の調査が目的だったんだし、行かなきゃ話にならないわよね」
佑の言葉に真弓が反応し、全員で現場へと近づいていく。
(何で佑のやつ生身なのにメイド並の視力してんだよ……)
歩きつつ、若干呆れたような表情で佑を見る壬生の視線に、佑はもちろん気付いていなかった。
「ハァ……ハァ……ゼェ……ゼェ……っ、ハァ……ハァ……」
近くまで来た佑達を見て、何かを言おうとしたユカナだったが、異能の使い過ぎで完全に息があがっており、まともに喋る事ができずにいた。
「マユミちゃん、来るの早ぇッスよ。せめてもうちょっと警戒しながら来てほしかったッス」
喋れずにいるユカナにかわりシノが代弁するように口を開く。
「大丈夫じゃないの?気絶してるみたいだし、縛ってもあるし」
何とも安心しきった口調で答える真弓。
「大丈夫じゃねぇッスよ。異能持ちのメイド相手じゃ、この程度の束縛じゃ……」
「そう……ほとんど効果がない……特に私には」
シノが喋っている途中で、そのセリフを引き継ぐようにミアがつぶやく。
そのつぶやきと同時だった。
ミアは傷口のある親指を弾くと、血を刃物のように変質させて飛ばし、拘束していたシノのリボンを切り裂き、自由になった足を地面へと着地させる。
全員が反応できずにいる一瞬を狙ってミアは、無防備な佑達の方へと突進する。
「佑様!逃……ゲホッ!」
息がまだ整わない状態のユカナが必死に叫ぶ。
しかし、その叫びは無駄だった。
咄嗟の事で何も反応できずにいる佑達のもとにミアが迫るのは一瞬だった。
「させない!」
唯一佑達の近くにいたメイド、ナナが全員をかばうような位置へと移動し、ミアの前へと立ちはだかった。
「……邪魔」
ミアは勢いを殺す事なく、指を弾き、血の弾丸をナナへと飛ばす。
メイドのしての能力がユカナやシノより、2・3ランク下であるナナは、その弾丸に体が耐え切れずに肩を撃ち抜かれ、少しよろめいたその瞬間を狙われミアによって蹴り飛ばされる。
その勢いは、大木を2本へし折り、さらにその後ろにあった岩に当たったところで止まる。
「ナナァーーーー!!」
ワンテンポ遅れて状況を察した壬生が叫ぶが、ナナはピクリとも動かずに何の反応もなかった。
「気絶してるだけだから大丈夫よ!いくら弱くてもメイドなら、あの程度じゃ死なないわよ!それよりも自分の身の安全を最優先に考えなさい!」
ナナが吹っ飛ばされた方を眺めて立ち尽くしている壬生へと、逃げの姿勢をとっている真弓が叫ぶようにして諭す。
「正論ね……でも……それはアナタにも言える事……」
叫んでいた真弓へと、ミアはゆっくりと右手を伸ばす。
「マユミちゃんに何さらすんじゃこのボケがぁぁぁーーー!!」
ミアの後を追って突進していたシノがミアへと追いつく。
それを狙っていたかのように、ミアは体をひねり、伸ばしかけていた右手を完全に伸ばし、突っ込んできていたシノの頭を鷲掴みする。
「冷静さを欠いた時点で……アナタの負け……」
一言そうつぶやくと、そのまま地面にあった大きな石へと、その頭を叩きつける。
石を粉々に砕き、さらに地面へと埋め込まれるシノの頭。
しかもそれで終わりではなかった。
血を火薬へと変化させ、シノの顔もろとも爆発させる。
シノは口から煙を吐き、白目をむいて、誰が見てもわかるレベルで完全に気を失っていた。
爆発の余波で、前髪は良い感じにちぢれていた。
「アナタの動きは正直鬱陶しかった……ここで無力化できて助かった……」
爆発の影響で、自らの手も若干傷ついていたが、シノの動きを封じる代償と思えば安いものだった。
「ちょっと……姉さん……?姉さんっ!」
先程、壬生に言った事を完全に忘れて、同じような行動をとる真弓。
「ハァ……ハァ……冷静になってください妹さん。ハァ……ハァ……私が時間を稼ぎますから、佑様を連れて逃げてください」
ナナとシノがやられている間に、何とか佑達が立っている場所へと移動してきたユカナが静かに真弓へと語りかける。
「たぶんミアさんは独断で動いています。ハァ……ハァ……晴司さんのところに逃げ込んで事情を話せば何とかなるハズです」
「私が……それをさせると思う?……そもそも、その体力で私を何秒足止めできる……?」
ミアの言う事はもっともだった。
異能を乱発しすぎたせいで、ユカナは立っているのもやっとの状態だった。
「そもそも……コレで終わり!」
ミアによって放たれた全力の蹴り。
それを避けるような体力はユカナには残っていなかった。