第二話 氷室王国国王専属部隊『ナンバーズ』
発言と同時に晴司は周りのメイド達に手で合図をする。
「やめてせっちゃん! やめてくれ!」
佑の制止の声を晴司は無視する。もちろん周りのメイド達も佑の指示を聞くはずもなく、一斉にユカナに襲いかかる。
ユカナは小さく舌打ちをする。さすがに十人からなるメイド全員を相手するのは厳しすぎる。ユカナも末番とはいえ精鋭部隊のナンバーズの一員なので、実力はある。
しかし敵は、王弟晴司自ら選んだ実力者揃い。しかも無事全員を倒せたとしても、後に控えるのは昔から晴司専属のメイドを務める隻腕のメイド。戦った事のないユカナでも、見ただけで相当な実力者だという事がわかる。
だからといって、謝ったら見逃してもらえるとも思えない現状、うだうだ考えてもしかたがない事だった。負ければ死ぬ、実にわかりやすい状況だ。ユカナは腹をくくり、襲いかかってくるメイドを迎え撃とうとしたその時だった。
ユカナに襲いかかってきていたメイドの一人が、突然隣を走るメイドを蹴り飛ばした。
凄まじい威力だった。蹴られたメイドは吹っ飛ばされ、何度も地面をバウンドして、そのまま立ち上がる事ができなくなっている。
蹴った方のメイドは、蹴った反動でそのまま勢いをつけると前を走っていたメイドに追いつき、頭を掴むと、そのまま地面に叩きつける。そして、そのまま体を回転させ、後ろから走ってきたメイドに足払いする。バランスを崩し倒れてきたメイドの鳩尾を殴りつける。
次の標的になるであろうメイドは、いち早く察して逆に拳を振るう。が、その手をガッチリとホールドされると、後ろに体重をかけられ関節を外される。
まさに一瞬の出来事だった。まばたきする間にメイド部隊の約半分が戦闘不能になっていた。
「皆、一旦止まってくれ」
すぐさま晴司はメイド達に指示を送る。
「そこにはハルミを配置していたと思ったのだがね。君は誰だい?」
晴司の指示によって、ユカナに襲いかかるのを中断したこともあり、暴れていたメイドもその場で立ち止まる。
「そのハルミってやつなら、ほら、そこの光が届いてない場所で、下着姿でぐっすり寝てるよ。あと、私の名前だが、リオとでも呼んでくれ」
佑とユカナは聞き覚えのある声に、お互い顔を向き合う。
「よかった、あの子無事だったんだ」
安堵のため息をつく。
「悪かったな、勝手に服使わせてもらって。返すからちょっと待ってろ」
そういうと、リオは服を脱ぎはじめる。メイド服の上からメイド服を着る、という非常に動きにくそうな格好なのに、よくあれだけ暴れまわったものだと感心してしまいそうになる。
「二人が車から飛び降りて、残った車が一直線に突っ込んで来たもんだから、もう車中には誰もいないと思って油断しただろ? セージ君」
脱ぎ終わり、服を晴司に投げ渡しながら話しかける。
「馬鹿な……いや、ありえない話ではないか……むしろ納得がいく」
何かに気が付き晴司が独り言をつぶやく。
「ナンバー1? あんな小さな子が?」
リオの胸元に付くエンブレムを見たユカナもまた、晴司から遅れること数秒、独り言をつぶやいた。
そう、リオの胸元には『N1』表記のエンブレム。アヤ討伐により、欠番ではなくなった、氷室王国最強の称号ともいえる証である。
「どうやら戦力を見誤っていたのは私の方だったようだ、見逃してもらえるのなら撤退したいのだが、どうだろうか?」
なんとも身勝手な要求である。
「その必要はないよ」
リオは笑みを浮かべながら返答する。
「セージ、おまえ佑が氷室家に保護されたって情報得てから野上の実家に連絡してないだろ?」
リオの言う通りだった。佑が捕まったと聞いた時から、すぐに計画を立て部隊を編制し、氷室王家の監視と情報収集を独自に行っていた。
佑が車に乗せられた後は、行き先の予想を立て、高速道路の封鎖、一般車両の誘導等は全て、晴司の独断での権力行使だった。
「色々とお見通しのようだが、それが何か関係あるのかい?」
「連絡してみろ。兄貴の携帯番号くらい知ってるだろ?」
直接説明されないのが不服なのか、晴司は無言のまま携帯を取り出すと登録された番号に電話をかけ始める。
誰も何も喋らない、静かな空間に呼び出し音が鳴り響く。
沈黙は長く続くことなく、数コールですぐに相手方が電話に出た。
「私だ。佑についての情報で、何か私に報告すべき事はあるか?」
有無を言わさず、ただその一言だけを相手に伝える。そして後は、何も言わず、ただ相手が話すことに耳を傾ける。
今度は先程とは違い五分以上の長い沈黙が続く。
「そうか……わかった。また何かあったら連絡する」
その言葉を最後に電話を切る。
「どうだ? 何かわかったか?」
リオが顔をニヤつかせながら質問する。傍から見ても、電話越しに何を報告されたのか知っていて聞いているようにしか見えなかった。
「氷室の国王から、佑を私が運営している学園に編入させて欲しいと連絡があった。他国の王族だからといって、特別な待遇はいらない。ただ、寮暮らしさせたいので、何とか一室用意してほしい」
そこで、いったん言葉を切る。
「そこで普通の生活をさせてほしい、そして普通に卒業させてほしい、と……」
氷室国王はどこからか情報を得ていたのだ。佑と晴司が友人関係だという事を。
そのうえで、晴司を信頼し、自分の手元に佑を置いておいては守り通す事が困難だと悟り、晴司にその任を託した、という言葉だった。
「どうだ? 私がセージを『逃がす必要も殺す必要もない』と言った意味がわかったか?」
再度リオは晴司に質問を投げかける。
晴司は少し考えこむしぐさをし、ゆっくりと口を開く
「一つ質問したい、リオ君……と呼んでもいいかな?リオ君の考えを聞かせてほしい」
「私は氷室王国のメイドだ。その国の国王がそう望むならそれが私の望みでもあるさ」
リオは冗談めいた口調で即答する。
「本心かな?私など頼らずとも、君一人の力でどうとでもなると思うのだが?」
「本心さ、今は佑の恒久的な安全が最優先だ。私一人の力で守り通せる限界は身をもって理解しているつもりさ」
「なるほど。その言葉で色々と確信できたよ」
そう言うと晴司は、自身のメイド部隊に臨戦態勢の解除を命じた。
「君には、私達を殺さずに見逃してもらえた恩がある。リオ君の望みなら我々はそれに応えよう」
「いい答えだセージ。おまえならその答えを出すと信じてたよ」
リオは笑みを浮かべながら、ゆっくりと佑達がいる方へ歩き出し、背中越しに晴司へと言葉をかける。
「それとセージ。もう一つ私の望みに応えてくれないか?私達が使ってた車ダメになったから、一台車貸せ」
「かまわんよ。いくらでも貸そう」
リオと晴司だけで、どんどん話が進んでいく。当事者である佑と、隣で戦闘態勢を解ききれていないユカナの二人は、話についていけないまま、黙って場の流れに流されるまま従うだけだった。