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第二十三話 約5年前

 氷室アヤの圧倒的な力を前に、ミアは死を覚悟して目を閉じる。


 切断された腕の出血は、自らの能力で止めていた。

 失血により意識を失う事なく、氷室アヤの力を身をもって体験して死んでいきたいと考えた、最後に残ったなけなしのプライドによるものだった。


「何も喋るつもりはないみたいだな……まぁ私の潜伏場所を突き止めたのは褒めてやるよ。それを誇りにでもして、あの世で自慢でもするんだな」


 ミアの覚悟を察してか、特に追及する事なくアヤは、ミアにトドメをさすべく右手をゆっくりと伸ばす。


「すまないがミアを殺すのは少し待ってもらえないだろうか?」


 タイミングを見計らって、晴司が割って入っていく。

 アヤも、ミア以外に誰かいる事は気配でわかっていたため、さほど驚く事はなかったが、とりあえず言われた通り、伸ばしかけていた右手の動きを止めた。


「ふ~ん……このメイド、ミアって名前なのか。で?そのミアちゃんの御主人様なお前はなにもんだ?」


 そう言いながら、ミアをつかんでいた手を放し、その場に投げ捨てる。

 人目を避けるように隠れ住むようになってから、他人と会話する事が滅多になかったアヤは、久しぶりの他人との会話を楽しみたいと思ったゆえの行動であり、余裕を見せて再度襲われても、負ける事はないという絶対の自信の表れでもあった。


「自己紹介が遅れてしまい大変失礼をした。私の名前は野上晴司という。一応は野上王国の王族という事になってはいるが、それは些事なのですぐにでも忘れて頂いて結構だ」


 アヤは晴司の自己紹介を聞いて、少し驚いたような表情をする。


「へぇ……お前が、野上王家の王位継承争いで()()()負けた事で有名な野上晴司か」


 野上王国の王位継承は他国と違っていた。

 普通は、王位継承権1位の人間が次代の王となり、継承権2位・3位などの人間は、1位の人間に何かあった時、もしくは身体的・精神的な理由で継承を断念せざるを得ない場合にのみ王位が回ってくる。それが当たり前であった。

 しかし野上王国はそうではなかった。


 野上王国は実力主義であった。

 継承権1位から5位までの5人で王位継承を賭けた一種のゲームのようなものが行われ、勝ち残った1人が王となる。

 参加できる資格が限られている、という面を見れば、上位5人に生まれなければ参加資格すらないので、真の実力主義とは言い難いかもしれないが、それでも他国に比べれば実力主義を謳っても間違いはないだろう。


 ゲームの内容は至って単純だった。

 継承の儀に必要な、野上の国宝5つをそれぞれに渡し、全てそろえた者が王となる。

 継承者の殺害以外なら、どんな方法を用いてもかまわない、というルールの下で行われるそのゲームで、当時王位継承権第3位だった晴司は、瞬く間に4つの国宝を手中に収め、それらを全て第2王位継承者だった兄に渡すという暴挙を行った。

 現・野上国王が晴司の傀儡と言われている理由はこのあたりにあった。


「もとより勝つつもりはなかったからね。私が王になってしまっては国に迷惑がかかるのでね」


 晴司のその発言を聞いて、アヤは口元を緩める。


「面白そうな話だな。詳しく聞かせてもらってもいいか?私を楽しませてくれるなら、お前もそこのミアちゃんも殺さないでおいてやるよ」


 すでに心底楽しんでるような口調でアヤは晴司に話の続きをせがむ。


「ハッタリですマスター……王族に手を出せばどうなるか……」


「知ってるよ。国際指名手配だろ?馬鹿だなお前。私は既に『王族誘拐』の罪で国際指名手配されてるっての。知らないわけないだろ?」


 もちろんミアは知っていた。

 ただ、サバイバル生活で他人との接触を避けていたアヤは、自分が国際指名手配されている事を知らないのではないかと踏んで、アヤに躊躇させて晴司だけでも殺させないようにするためのハッタリを言っただけだった。


「私の身を案じてくれたのだろうミア……だが、すまない。君が死んで私だけ生き残るのは遠慮したい。それに……」


 晴司はいったん自らのメイドを一瞥し、再びアヤへと視線を戻す。


「別に隠すような話でもないのでね。語ってもかまわないのだが、後からつまらなかったと酷評されないかが心配だよ」


 アヤは口をはさむ事なく、黙って話を聞いていた。


「簡単な話さ。私は世継ぎをつくる気が無いのだよ。跡継ぎ問題で国が混乱するくらいなら、最初から王の座を求めてる者に譲るのが一番だとは思わないかい?」


 そして、それは現・野上国王である晴司の兄がもっとも適していた。

 幼い頃から出来の良い弟と常に比較され、そして幼い頃から何一つとして晴司に勝てる事がなかった。王にさえなれれば兄としての体裁は守れると信じ、それに全てを懸けていた。

 結果として王にはなれたものの、王位継承争いで全て晴司にお膳立てされた上に勝ちを譲られる、という、王になる事で守られるハズだったなけなしのプライドは踏みにじられ、幼い頃からのすり込みもあり『何があっても晴司には勝てない』という事実を突きつけられたようで、完全に牙は折られていた。

 晴司もそれは理解していたため『絶対に自分に逆らわない人物』として、自らの兄を王座に収めたのだった。


「世継ぎをつくらない理由を聞いてもいいかい?」


 何となく理由を察しつつもアヤは疑問を投げかける。


「私が生涯愛する女性はミアただ一人だけだ。他の女性との間に子をもうけようとは思わない」


 晴司の、その真っすぐな言葉を聞いて大笑いするアヤ。


「アハハハハハハ!!宗馬みたいな事を言うヤツだなお前」


「宗馬殿は心から尊敬しているよ。自らの想いを貫き通し、それでいてアナタとの間に子をもうけるという奇跡すら起こした……臆病で世間体を気にしている私にはマネしたくてもマネできない事を簡単にやってのけたのだからね」


 世辞でも何でもなく、それが晴司の本心だった。


「まぁ佑が私の子だって事は、世間一般には知らされてはないから、宗馬の世間からの評価は『正妻からの世継ぎを放棄した変人』って感じだけどな」


 アヤは自嘲気味に笑いながらつぶやく。


「ともかく……これが、私が王位継承争いでわざと負けた理由さ。つまらない話だっただろう?さぁ、私達を殺すのなら、私から殺してはくれないだろうか?たとえわずか数秒でも、ミアには私よりも長く生きていてほしいのでね……」


 死ぬ覚悟はできていた。

 それは、氷室アヤに手を出すと決めた時点で決まっていた。

 晴司は目を閉じて、深く深呼吸をし、アヤの判決を待つ。


「何言ってんだお前?十分面白かったぞ。少なくとも私は楽しめたから殺すってのは無しだ」


 アヤの言葉を聞いて、晴司は大きく目を見開く。

 氷室アヤ討伐に失敗したうえに、潜伏場所を暴いてしまった時点で、生きては戻れないと思っていた晴司とミアは、何も言えずに黙り込む。


「何だその顔は?殺してほしかったのか?」


 上機嫌そうにアヤは一人喋り続ける。


「私はお前を気に入ったから殺さない。簡単な理由だろ?むしろお前を友人として迎え入れたいとさえ思ってるよ」


 晴司とミアはどう言葉を返していいのかわからずにフリーズし続ける。


「アレか?私の隠れ家発見したのに生きて帰れるのが不思議なのか?」


 アヤの質問に、無言のまま首を縦にふる晴司。


「お前は、私の居場所を好き好んで他人に言いふらすようなヤツじゃないって思ったからさ……違うか?」


「……アナタの居場所を告発する事で、どれだけの人が不幸になるかくらいはわきまえているつもりだ」


 晴司のその返答が、自らの言葉の肯定だと理解し、満面の笑みを浮かべ、そっと晴司に向けてアヤは手を伸ばす。


「それじゃあ今後とも友人としてよろしく頼むよ……セージ君」


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