第十九話 大混乱
「佑様、よろしければ本日の昼食はワタクシ達と一緒にどうでしょうか?せっかくこのクラスに転入されたのですから、ワタクシ達クラスメイトとして佑様の事をもっと良く知りたいと思っておりますの。お近づきのためにどうでしょうか?」
「えっと、ごめんね。折角のお誘いなんだけど先約があるんだ。誘ってくれてありがとう、また後で誘ってくれると嬉しいな」
クラスメイトからのお昼の誘いをやんわりと断りつつため息をつく佑。
最近では、佑の人となりを理解し始めたクラスメイトから『よっぽどの事をしでかさない限り、佑の逆鱗に触れることはない』と判断されていた。
佑があまり怒らない性格だとわかれば、クラスメイトが取るべき行動はたった一つ『ご機嫌取りをして気に入られたい!』である。
そして、そんな本心を隠した建て前口上で佑に話しかけてくるのだが、隠しきれずに駄々洩れになっている本心部分が、鈍い佑でも簡単にわかってしまうため、毎回適当な言い訳でやり過ごすのだった。
「目に見えてわかる手のひら返しだな。アレで本音を隠せてると思ってるなら相当なアホだろ?」
「身の程というものがわかってませんね。返答のお言葉をかけてもらっただけでも泣いて喜ぶべき事だというのに、自身の立場というものを理解できてなさそうですね」
休み時間毎にクラスメイトから声をかけられており、精神的にぐったりしている佑の元に、壬生とユカナがやって来る。
「何なのよアレ?私は今でもシカト対象なのに、何で佑だけ対象外になってるのよ?」
「そりゃあマユミちゃんの目つきが怖いからッスよ。むしろ私は、何でそこまで、常に周囲を威嚇してるのかが不思議なくらいッスよ」
そして、引き寄せられるようにやって来る、真弓とシノ。
結局は、本音と建前が関係ない、この面子で集まる。
「妹さんに人が寄ってこないのは、むしろアナタという爆弾抱えてるからじゃないんですか?」
「あ?ケンカ売ってんスか補欠9番。マユミちゃんの悪口ならともかく、私への悪口は許さねぇッスよ」
普通は逆だろ?というツッコミをしたくなるような返しで、ユカナの挑発に乗るシノ。
この一連の流れが、最近の日常と化していた。
「それで、佑。№1の事は何かわかったの?」
メイド二人のやり取りを無視するように、真弓が佑に質問をする。
リオが消えてから、二週間が過ぎていた。
リオがいなくなった原因がシノにある、とわかっている真弓は、ほぼ毎日のように進捗状況を佑に確認している。
とはいえ、佑本人は、地位は高くても、リオを探すための手段も方法も持っていない普通の学生と何も変わらない人間なので、答えが変わる事はなかった。
「せっちゃんに探してもらうように頼んではいるんだけど……返事は毎回変わらずの『まだ見つかっていない』なんだよ」
そんなわけで、佑が頼るのは、人を探し出す手段と方法を持っている晴司だった。
そして、その晴司が、何かを隠している事に佑は気付いてはいるものの、下手に突っ込んだところで、自分には何もできない、という事を理解しているために何も言えずにいた。
「……そう」
真弓はただ、短い返事をするだけだった。
そして、何かを決意するかのように、普段から鋭い眼つきをさらに鋭くする。
「……それはそうと佑。アンタ亡くなったお姉さんの事とか何か聞いた事ってある?」
「え?」
突然の質問に変な声を出す佑。
確かに自分には姉がいた、という事は昔、母親である氷室アヤから聞いた事はあった。しかし、それが何故今、この場で真弓の口から質問として飛び出したのか、それがまったくわからずに、佑は軽く混乱していた。
「妹さん!佑様のお姉さまが亡くなられた事で一番悲しんだのは国王様夫婦です!それなのに、死産した理由を事細かに佑様にお話ししたりすると思っているんですか?」
混乱している佑に代わりユカナが抗議の声を上げる。
「わかってる!わかってるわよ!……あーー!もう!何て言ったらええん?」
ユカナの抗議に対して、頭を掻きむしりながら、逆にうろたえだす真弓。
「もう見てられねッス。マユミちゃんも私みたいにそんな頭良くないのに、変にジャブ打とうとするからそうなるんスよ。回りくどくしないでストレートでいいんスよ!」
真弓に助け舟を出すシノ。
「いなくなった№1の正体は、その死産した事になってるアンタの姉さんなんじゃないかって言いたいんスよ!マユミちゃんは!」
自分は関係ないよ、想像で喋ってるのはマユミちゃんだよ。というアピールを言葉の最後に付け加えるシノだった。『コイツ何言ってんだ?』という視線を、真弓に向かうようにするための小賢しい方法だ。
「ええ!?」
さらに混乱する佑。
「何言ってるんですか!?アナタ前に『氷室アヤを殺したのは№1』って言ってたじゃないですか!?その理論ですと、あの子は自分の母親をその手で……」
「黙ってるッス補欠9番!そもそもお前、氷室アヤ当人に会った事あるんスか?」
ユカナの言葉を遮って、シノが質問する。
「いえ……私が物心ついた時には、もう佑様と共に消息不明になっていました……」
「だと思ったッスよ。氷室アヤを直接知らないヤツは黙ってるッス。っつうわけで、佑坊ちゃん。アンタはあのガキを見て、自分の母親ソックリだとかは思わなかったんスか?」
ユカナを完全に黙らせて、シノは佑へと標的を変える。
そして佑は、混乱しながらも、返答をする。
「えっと、まぁ、ちょっと似てるなぁ、とは思ったけど……母さんみたいな顔や性格の人なんて、けっこうその辺にありふれて……」
「「ねぇよ!!」」
シノと真弓のツッコミが見事にハモる。
佑が『常識はずれな田舎者』という定義である事を失念していた二人の完敗だった。
この学園に来る前まで、数える程度の人間としか接触していない佑の、人に対しての世間知らずっぷりは凄まじいものがあった。
「え……?という事は、あの子……いえ!あのお方は国王様のご息女であって、私の護衛対象でもあって……あれ、でも№1で私よりも強くて……」
「は?……母親が氷室アヤ?……え?何がどういう……?だって氷室アヤはメイドで……?ええ?」
そして……佑以上に、新情報を聞いて混乱するユカナと壬生のうろたえっぷりは凄まじいものがあった。