第十八話 セージ
リオとシノの争いを、気付かれないよう物陰に隠れて見ていた人物がいた。
晴司の護衛を仕事としているその人物は、侵入者の気配にいち早く気が付き、向かった先である屋上で、四人で何やら話している場面に遭遇した。
侵入者が誰なのかがわかった時点で、そこまでの危険は無いだろうと判断し、少々様子を見る事にした。
もちろん、すぐに室内に戻ってもよかったのだが、屋敷の警護を担当する者としては、確率は0に限りなく近いとはいえ、何か起こってしまっては面目が丸つぶれになってしまうため、とりあえずはその場に残っていた。
その結果、異能を発動させたリオを見る事となった。
自然と笑みがこぼれた。
それは、何も知らない幼児が見たら泣き出すのではないかと思えるほどの笑顔だった。
そして、彼女を良く知る者が見たら、彼女の表情の変化に驚いただろう。
常に無表情な彼女が、ここまで表情を変える事などなかったのだから……
そして、防犯カメラに映った、笑顔を浮かべるミアを見て、晴司は頭を抱える。
その表情は苦虫を嚙み潰したような、何とも言えない顔だった。
そんな晴司の部屋に、来客が現れる。
その客は、ドアを3回ノックした後に、返事を待つ事なく遠慮なく入って来る。
「邪魔するぞセージ。ちょっとまずい事になったんで報告しに来たぞ」
それは、先程まで防犯カメラからの映像に映っていたリオだった。
「ああ、見ていたよ。音声まではよく聞こえなかったが、断片的に聞こえた感じでは、変な誤解を受けて、それを否定しないまま帰ってきた、といった感じかな?」
今だに呆けている佑達が映し出されている画面をリオにアピールしながら返答する。
「そりゃ話が早くて助かるな。だが『変な誤解』ってのもあながち間違ってもないだろ?私が氷室アヤを殺したってのは、ある意味事実だしな」
苦笑しながらリオはつぶやくように喋る。
「そんなわけで私はちょっと本国に戻ってる事にするよ。少なくとも佑が事実を知るか、知らずとも私を受け入れられる精神状態になるまではな……」
リオにしては珍しく、少し寂しそうな表情だった。
「アナタ自身は真実を語るつもりはないのだろう?そして私も、アナタが語ろうとしない事をわざわざ口に出したりはしない。そんな状態で、佑が事実を知るには随分と時間がかかるのではないかな?」
晴司のリオに対する口調は、普段皆と話している口調と若干の差異があった。
リオが隠している事をわかっているうえで……昔からリオを知っているかのような、そんな話し方だった。
「そうかもなぁ……ったく、佑もお前くらいに察しが良ければ面倒臭くなくて助かるんだがなぁ」
リオもまた、晴司が色々と知っている、という事を知っているような口調だった。
「……と、言いたいところだが、存外に時間はかからないかもしれないよ」
リオのつぶやきは無視するかのように、晴司は先程の自分のセリフの続きを喋りだす。
「どうやらミアが、アナタの正体に気が付いたようだ」
「……今の状態でソレは面倒臭ぇな」
本当に、心底嫌そうな表情をする。
「そんなわけで、佑と接触しないようにする、というだけにして、もう少しこの国に留まっていてはくれないかな?」
「ったく……自分のメイドだろ?手綱くらいちゃんと握っておけよ」
晴司の言葉に対して、ため息まじりに返答するリオ。
真剣な表情の晴司に対して、何とも緊張感のない呆れた表情をしている。
「耳が痛いね。私もこう見えて多忙でね、目を放したスキに暴走されてはどうにもできないのだよ。そして、暴走したミアを実力で止められるのはアナタくらいだろう」
眉間に手をあて、顔を下に向ける。何かを覚悟する、そんな顔だった。
リオもわかっていた。晴司の『実力で止められるのは』という発言の意味は、何かあった時はリオにミアを殺してほしい、という事だと。
「そうだな……善処するよ」
わかっているからこその、短い返答だった。
「それはそうと、セージはよく私の正体に気付いたな?オマエと最後に会ってから、だいぶ容姿が変わったと思うんだけどな」
重い空気を変えるかのように、リオは突然話題を変える。
「どの口がそれを言うんだい?私に、自分の正体を感づかせるように仕向けたのはアナタだろ?私を『セージ』と微妙なイントネーションで呼称するのは、私が知る限りでは、この世で一人だけだよ」
晴司の返答に満足したのか、リオは笑いながら「やっぱわかってたか」と一言付け足す。
「では、良い機会なので私からも一つ質問してもいいかな?」
疑問形でたずねてはいるものの、リオの了承の意思は求める事なく、そのまま言葉を続ける。
「何故そんな面白い格好になっているんだい?」
何が『面白い格好』なのかは二人にしかわからないのだろう、互いに静かに笑い合う。
「そりゃあ決まってるだろ……成長期なんだよ私は」
何とも適当な返答を笑いながらするリオ。
しかし、その答えを聞いて、佑にすら自分の正体を話す気が一切無いのだという事を理解した晴司だった。