第十七話 迷探偵シノ
シノは逃げるようにして、自分が住む寮へと帰ってくる。
正直重たい空気に耐えきれなくなっていた。
「ちょっとシノ姉さん!こんな時間にどこ行ってたのよ!」
こっそりと寮に戻った途端に、真弓に発見される。
コソコソとはしていたものの、別に隠すような事はしていないため、先程行ってきた事をシノは真弓に詳細に説明する。
『詳細に』といっても、アホの子のシノの説明で、どれだけの事を真弓が理解できたのかは謎ではあった。
「ふぅん……じゃあ、あの№1のガキが氷室アヤを殺した、ってのは事実だったわけね」
確認するかのように真弓は話す。
「で?結局、そんな事ができるあのガキは一体何者なのよ?」
真弓が知りたいのはそこだった。
氷室アヤを倒すほどの実力を持ったメイドなら、どこかでその名前が聞こえてきてもおかしくはない。
現に各地には、その強さを轟かせて名を売っているメイドが多くいる。
この国では晴司の専属メイドをしているミアがそうであるし、過去に最も全国に名をはせたのが、その氷室アヤ当人でもあった。
「あくまでも私の予想ッスけど、氷室アヤの娘ッス」
「は?何それ?佑に姉か妹がいたって事?そんな話聞いた事もないわよ」
あまりに突拍子の無い回答に、思わずツッコミを入れる真弓。
「双子の姉ッス。公式では死産した事になってるッス。当時はちょっとしたニュースになったんで、私も何となく記憶にあるッス」
ただ、その後すぐに世継ぎである男の子が生まれた事で、その話題を今でも覚えている人は少なかった。
皆、聞けば「そういえばそんな事もあったね」と言う程度のものだった。
話題的にも、それより後に生まれて来た人に簡単に教えるような話でもなかった。
他人の不幸を、嬉々として身内に聞かせるような、性格がねじ曲がった親・兄弟でもいない限り、その話題が後世に伝えられるような事はほぼなかったのだ。
「いや、待って!?でも『死産』でしょ?それが何で?」
もっともな疑問を真弓は口にする。
「これは、あくまでも公式の記録ッス。ネットで調べれば誰でも入手できるような情報ッス。仮に、死亡した事にして、秘密裏に生かされてても誰もその事実は知らないままッス」
一体何のために?そう疑問を口にしようとした真弓だったが、それを口に出す前にシノは言葉を続けた。
「メイドになった時の能力に遺伝は関係ないって事になってるッスけど、仮にもアノ氷室アヤの血を継いだ娘ッス。とんでもないスペックを内包してても何も不思議じゃないッス」
真弓に口を開かせる間を与える事なくシノは語り続ける。
「そう考えた氷室王国上層部が、後々メイドにして国力増強をって考えてもおかしくはないッス。しかも下賤なメイドから生まれた王位継承者を一人減らせる。まさに一石二鳥ッスね」
黙って話に耳を傾ける真弓。
「それに、あのガキ氷室アヤにそっくりッス。氷室アヤをそのまま幼女化したらああなるんじゃないかってくらいに容姿と口の悪さが遺伝してる感じッス」
「シノ姉さん、氷室アヤに会った事あるの?」
タイミングを見計らって真弓が口を開く。
「まだ王族だったガキの頃に2・3回ッスけど会った事はあるッス。めちゃくちゃ馬鹿にされた記憶は残ってるッス」
思い出しただけで腹が立ってきたのか、シノはその場で軽く地団駄をふむ。
「そう、それと晴司兄ッス。あのガキと晴司兄は前から知り合いだったかのような感じで喋ってたッス」
晴司とリオが、前からの知り合いだった事が何か関係あるのかわからずに、頭にクエスチョンマークを付ける真弓。
「晴司兄はある程度名前の知れた権力者・有能者以外は歯牙にもかけない人ッス。実力を隠してるような無名のガキとの接点は皆無ッス。氷室アヤを倒して、昨日今日台頭してきたポッと出のガキと前からの知り合いとかありえないッス!」
再びシノの語りが再開する。
「考えられるのは、晴司兄の謎の交友関係の広さと独自の情報網で、氷室王国の現国王辺りからのツテで昔から交友があったって事ッスかね」
アホのシノ姉さんにしては、随分と頭使って推理したなぁ、と少し感心する真弓だった。
「まぁつまり、どう逆立ちしても、シノ姉さんはあのガキに勝てないって事でいいの?」
シノがずっと「勝てる勝てる!」と連呼していた事に対しての真弓のツッコミが入る。
得体の知れないガキを調べるとかどうとか言って今に至るわけではあるが、そもそもの始まりは、リオに勝てるか勝てないか、からであった。
「うっ……いや、まぁあの身体能力と異能はヤバイおもぉたけど……」
「標準語!」
「勝てる自信がないッス!!」
返事の代わりに、思わず本音がとび出る。
「そういえば、あのガキの異能がヤバイってのはわかったけど、氷室アヤの異能は何なの?」
ふと気になった疑問を真弓は口にする。
「知らねッス」
即答だった。
あまりの即答っぷりに、馬鹿にされたと感じた真弓は、咄嗟にシノの頬を無言でビンタする。
「違うッス!氷室アヤの異能は一切公表されてない……というか、誰も見た事がないんス!!」
メイドであるシノは、真弓のビンタ程度は痛くも何ともないものの、とりあえず叩かれた頬を手で押さえながら言い訳をする。
「実は無能力?だとか、気付かれてないだけで獣化能力者なんじゃないのか?とか色々と言われてるッスけど、どれも噂の域を出ないんスよ」
見た目にはわかりにくい、身体能力強化の獣化能力も、能力発動すると『瞳孔が小さくなる』という特徴はあったが、氷室アヤにはこういった傾向すらなかったと言われていた。
「公式戦では、異能発動する事なく相手をねじ伏せてたし、戦場じゃ仮に異能を発動させてたとしても、それを見たヤツはもれなく皆お亡くなりになってるッス」
「聞けば聞くほど、よくそんなヤツを倒せたわね……」
シノの説明を聞き、少し呆れたような口調で真弓がつぶやく。
「まぁ、あのガキの能力は『少しでも触ったら勝ち』ってなチート異能ッスからね。1対多の乱戦状態でなら、隙をついて触るくらいわけなかったんじゃないッスか」
真弓は「ふ~ん……」と一言相槌をうつと、それ以上は特に何もツッコむ事はしなかった。
「それじゃあ私は疲れたんでもう寝る事にするッス。マユミちゃんも夜更かししないでちゃんと寝ないと明日寝坊するッスよ」
それだけ言うと、シノはさっさと自室に引きこもって静かになる。
「いや……護衛対象ほったらかしにしてとっとと寝る護衛って何よ?」
呆れたようにつぶやく真弓。
与えられた情報で色々と推理はできても、所詮はアホの子だと実感する。
むしろ、今日色々と推測する事で頭の許容量をオーバーして、明日知恵熱出して寝込んだりしないかを密かに心配する真弓だった。