第十五話 リミッター
夜の晴司別宅。夕食後の佑の定位置と化している屋上。
いつものように星を眺める佑と、後ろに控えるユカナ。会話はまったくない。
というよりも、佑とユカナが二人でいる時に会話が発生する事は、最近はほとんどなかった。
もちろん、特に何か起こるわけではないため、夜の屋上でも会話がないのは当然の事である。しかし、この日は、静かなはずの夜の屋上に声が響く。
「男女二人っきりだってのに、まったく色気がねぇなお前等……」
№1のエンブレムを付けたメイドのリオが、この日は参加していた。
「色気って……常識的に考えてください。佑様とメイドである私が色恋沙汰に……」
「おっと、そこまでだ9番。その発言は、宗馬とメイドのアヤの子供である佑を全否定する事になるぞ。わかって言ってるか?」
ユカナの言葉をリオは遮るようにして止める。ユカナも常識だけではなく、現実を思い出し、それ以上言葉を続ける事はしなかった。
「ってわけだ9番。わかったか?メイドの寿命は短いんだ。身分なんて気にしてないで、もっと楽しめ」
「……メイドの寿命は短い?」
リオの発言の一部が気になり、佑は口に出す。
「ん?言ってなかったか?メイドになった奴の平均寿命は50弱。まぁ通常の約半分まで減ってる感じだな。まぁあんだけ常識外の身体能力やら特殊能力得られるんだ、その程度の代償なら安いもんだろ?」
リオの言う事はまさにその通りである。元々の体は普通の人間なのだ。それがあれだけ強化されて、物凄い負荷がかかっているのに、普通の人間と同じ寿命なわけがないのだ。
「寿命を延ばす方法とかはないの?」
佑も、副作用が何かしらあるだろう、というのは予想していたようで、ショックはそこまででもなかった。そのうえで、何かしらの解決方法がないかの確認をする。
「いいんですよ佑様。私達メイドはそういった事も理解したうえでメイドになっているんですから。それにほら、昔の人は『人間50年~』って歌ってるくらいですから、平均寿命が戦国時代くらいまで戻ったって思えば何ともな……」
「効果があるかどうかはわかってないけど、一応ある事はあるぞ」
ユカナが喋っているのを無視して、リオが喋る。
「「あるの!?」」
佑だけではなく、話している最中のユカナも同時に驚きの声をあげる。
「なんだぁ?9番も知らなかったのか?リミッターって聞いたことないか?9番」
「えっと……通常の、制限をかける、とかの意味のものでしたら聞いた事ありますけど……それとは違うんですよね?」
リオの質問に対してユカナは恐る恐る答える。
「まぁ、それでもあながち間違ってはないな。ようは、メイドの能力にリミッターを付けて、普段は抑えとくようにする事で、身体の負担を減らして寿命の引き延ばしを目的とした行為の事だな」
「できるの?そんな事が?」
佑の質問はもっともである。そんな事ができるなら強化薬の副作用は、ほぼ0にできるようなものである。そんな美味しい話が世の中に転がっているとはたいてい思えなかった。
「まだ臨床実験レベルだから何とも言えんけどな。まぁ強力な暗示をかける感じだな。一応リミッター解除のスイッチになるものを予め決めておいて、いつでも能力は引き出せるようにしつつ、普段はリミットをかけた状態で生活する~ってな感じかな?」
「……初めて知りました」
ユカナは狐に化かされたような顔になっている。おそらく半信半疑状態なのだろう。
「一応は随分前から氷室王国主導での実験が行われてるんだから、氷室のメイドなら知っとけよな……ちなみに私のリミッター解除スイッチは好きな戯曲の一節を……」
「ちょっと待ってください!!?アナタ、リミッターかかった状態であの強さなんですか!?」
リオの何気ない一言を聞いて、ユカナが驚きの声をあげる。
それも仕方のない事ではある。ユカナでは到底どうにもならなさそうな状況をリミッターをかけた状態で切り抜けてたなどという事がわかれば、叫びたくもなる。
「私の場合、別に寿命伸ばしたいなんて考えは無いから、身体能力にリミットはかけてないけどな。私がリミットかけてるのは異能だよ。私の異能はちょっと特殊だからな、おいそれと発動できないように、私自身への戒めもこめてリミッターかけてんだよ」
ああ、やっぱり異能持ちだったんだ。というのがユカナの率直な感想だった。
「じゃあ、そのリミッター外してもらってもいいッスか?」
突然シノが屋上へと飛び上がってきた。
「やっぱ、やられた借りは返しておきたいなぁって思ってやって来てみたら、面白い話が聞けたッスね。せっかくなんで全力出したアンタをぶっ飛ばしていく事にするッス」
「思い立ったら即行動か?私に気絶させられてから何日たったと思ってんだ?」
リオの言う事はもっともだった。リオに気絶させられた日から既に数日が経過している。その間、リオとシノが直接顔を見合わせる機会はなかったものの、あまりに脈絡がなさすぎる。
しかし、シノには大した理由などはなかった。ただ、夕食を食べた後で、ふとリオにやられた時の事を思い出し、思い出したら腹が立ってきて、気がついたら真弓と共に住んでいる寮を飛び出していた。ただそれだけの事なのだ。
「アナタ馬鹿なんですか?いや、知ってはいましたけど……ともかく、私にすら勝てないのに、本気出したこの子に勝てるわけないじゃないですか?」
リオではなく、ユカナからクレームが入る。
「心配する事ねッスよ補欠9番。私もリミッター解除すれば問題ねぇッスから」
「リミッター……アナタも……じゃあ私とやった時も本気じゃなかったって事ですか?」
馬鹿にされた気分になり、不機嫌さを顔に出すユカナ。
とはいえ、実はドヤ顔で語っているシノのリミッターは、能力を1割抑えておく程度のリミッターなのだ。普段は100%の実力で戦えない、というだけで、常に90%の力は出しているのだ。
ただたんに、リミッターを付けて戦う、というのがカッコいい、というだけでリミッターを設定しているシノだが、そんな事は言わなければわからない。もちろん悔しがっているユカナも、シノのいつもの馬鹿行為という事にまったく気が付いていなかった。
「じゃあ、いくッスよ……」
そう言うと、シノは胸の前で十字をきり、手を組み膝をついて目を瞑り祈りのようなポーズをする。
それが、シノのリミッターを外すトリガーになる行動なのだ。
「飛駒家って神道じゃなかったでしたっけ?」
ユカナからの的確なツッコミが入る。もちろんシノのリミッター解除の行為に理由なんて特にない。ただカッコよさそうだからそうしただけなのだ。
シノは10秒ほど祈りのポーズをとると立ち上がる。
「さぁ準備はできたッスよ」
これでリミッター解除は完了していた。
「そうだな……丁度いい機会だ。9番!色々教えてやるから、よく聞いとけ」
リオはユカナへと話しかける。
「リミッターの設定は色々だ。自分で行ったり、雇い主が保身のために設定したりとかな。解除の方法も人それぞれだ。リミッター自体が強力な暗示みたいなもんだから、解除の方法もコレ!って決めたもんだったら何だっていいんだ。あの馬鹿メイドがやったみたいな、一定の動作だったり、私みたいに……」
そこで一旦言葉をきり、沈黙が訪れる。
「Verweile doch! Du bist so schön.(瞬間よ止まれ、汝はいかにも美しい)」
リオは目を瞑った状態で、ただその一言だけをつぶやく。
それは、契約に従い悪魔に魂を捧げる言葉。魂を救済してくれる天使が存在しない彼女にとっては、それは全てが終わりを告げる言葉でもあった。
能力を発動させる事で全てを終わりにする、という彼女の意思から選ばれたリミッター解除の言葉だった。
「……それを口にする事で解除する方法もある」
空気が凍り付くような威圧感があった。そんなリオを前にして、ユカナは何も喋る事ができなかった。
そして……
逃げるタイミングを失って、完全に巻き込まれる状態の佑は、ただ自身の無事を祈るだけだった。




