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第十三話 ユカナの経歴

 晴司の別宅。

 それは、晴司が野上学園での業務がある時に、寝泊まりする用にと建てられてものである。

 ただそれだけの用途に絞るなら、これだけの広さは必要としなかったが、全ての行動に優雅さを求める晴司にとっては、機能性よりも見てくれの方が重視されていた。

 例えその建物を利用する頻度が月に1・2回程度だったとしても、晴司にとって妥協は許されなかった。

 その結果が、今佑達が住んでいる、この場所である。


 学校から帰宅し夕食を食べた後、佑は、晴司別宅の屋上へ上がり、特に理由もなく星空を眺めていた。

 普通の一般家庭の邸宅にはほぼ存在しないこの屋上は、夜風にあたりながら星を眺める事を想定して設計されていたため、佑の行動は、ある意味では間違ってはいなかった。


 母親と二人で山小屋暮らしをしていた時は、娯楽施設どころか、娯楽アイテムすらなかったため、佑は暇になると、木々の隙間からよく夜空を眺めたりしていた。本気でする事がなかったのだ。

 そんな生活が長く続いたせいか、暇になるとクセで、意味もなく星を見に来てしまうのだった。


 昔と違い、今は一人ではなく、傍らにメイドがいる状態ではあるため、若干落ち着かない感じではあるが、それを理由に他の事をしようとは思えなかった。


「佑様。私はメイドなので、暑さ寒さには強いせいで、あまり感じないんですけど、佑様は大丈夫ですか?この時期はまだ夜は冷えると思いますよ」


 いや、落ち着かないレベルは『若干』ではないかもしれない。

 ただでさえ同年代の異性……どころか、同性とすら話す事がなかったほど過疎化の進んだ田舎の学校生活をしてきた佑にとって『同年代の異性と二人きりで夜空を眺める』といったシュチュレーションなど、経験した事がなく、何も無いとわかっていても無駄に緊張してしまうのだった。


 夕食が終了し、就寝するまでは各々が好きな事をする自由時間でもある。

 佑は、ユカナも自室に戻るだろうと考えており、何も考えず一人で屋上へと歩いてきたつもりでいた。

 もちろんユカナがついて来ている事には一切気が付かずに、自らがこの緊張する状況をつくり出すハメになるとは夢にも思っていなかった。

 そしてユカナは、そのような事は一切何も意識などしていなかった。

挿絵(By みてみん)


「慣れてきちゃって言うの忘れてたけど『様』はいらないよ。王族らしい行いなんて一切やってこないで、山でサバイバル生活してたような人間だよ?敬意を払う必要なんてないよ」


 ちょっとした照れ隠しのためか、それとも沈黙を作る事を避けたのか、当人も特に意識する事なく、何気ない言葉を口にする。


「……私の経歴はご存じですか?」


 少しためらいがちに、ユカナが口を開く。

 佑の発言に対しての返答なのか、何ともわかりにくい言葉だったため、佑はただ首を横に振るだけだった。


「私ね……孤児なんです。いえ、正確には両親に殺されかけて孤児施設に入ったんですけどね」


 急に重い話になったため、口を挿めずに、ただ黙るしかなくなった佑は、何とも複雑な表情をする。


「メイドになるための『KM3H』って薬って高いんですよ。だいたい1000万くらいするんですけど、王宮のメイドに選ばれれば、すぐにでも帳消しにできるほどの収入が得られるんですよ。……馬鹿な話ですよね?王宮メイドになれるのなんて、全体の1%にも満たないのに……」


 ユカナは、自嘲するように作り笑いを浮かべる。


「私の家、そこまで裕福ではなかったんですけど、そのせいか、私の母親が私を産んだ後、借金をして薬を使用したんです。父さんも母さんも『王宮メイドになれればユカナを何不自由なく育てられる』って言って……捕らぬ狸の皮算用ってやつですよね」


 ここまで聞けば、何となくオチが読めてしまい、佑はただ、無言で星を眺める。


「結果としては、母さんにメイドの才能はコレっぽっちもなかったんです。本当に一般人に毛が生えた程度の能力しか発現しないで……王宮メイドどころか、貴族の私兵メイドにすらなれなかったんですよ。ヒドイ話ですよね。借金してまで自分の人権をドブに捨てるだけだったんです」


 ユカナもまた、佑と同じように星を見ながら話す。


「父さんは出て行きました。薬のローンが父さん名義でしたからね。逃げ出したんですよ。それから私は毎日のように母さんに暴行されるようになりました『お前のせいで家庭がめちゃくちゃになった』って言われて」


 暴行に関しては、本気を出したら殺してしまうので、いちおうは手加減されていた事と、母親の発言に対して「私、メイドになってくれなんて一言も頼んでないんですけどね」と笑いながら付け加える。


「近所の人は私を助けてはくれませんでした。まぁ触らぬ神に祟りなしですよね。誰も野良メイド案件に関わってもいい事ないのは知ってますから。……そんな私を助けてくれたのが、現国王様の宗馬様でした」


 そこで一旦言葉を止める。


「すごく驚きました。宗馬様は自国で起きるちょっとした事も報告させていたらしく、私の事もその事で知ったらしかったんです。凄く嬉しかったんです。この人は本当に自国の人達を大切にする人なんだって、いつでも私達の事を見ていてくれる人なんだって!」


 心底嬉しそうな表情で、一気にまくし立てるユカナ。


「そして私は母さんと引き離されて孤児施設に入り、母さんはちょっとした仕事を紹介されて、そこで働くようになりました……この時私は『将来この人を守るメイドになりたい』っていう分不相応な夢を持ったんです」


 佑の心情は何とも複雑になっていた。


「それから私は義務教育終了後、すぐに借金してメイドになりました。私は母親よりかは才能に恵まれていたようで、王宮メイドになる事ができました……そして、今では念願のナンバーズになれました」


 そう……この子が見ているのは『氷室佑』ではない。


「私が宗馬様に受けた御恩は、全て佑様に返すべきだと思っております。なので、私にとっては何があっても佑様は『佑様』なんです」


 この子が見ているのは『氷室宗馬の息子』でしかないのだ。


 佑に自らの忠誠心をアピールするユカナだったが、佑はその言葉を聞くにつれて何とも悲しい気分になっていった。

 そんな佑の心情を察する事ができずに、ユカナはただただ佑を傷つける言葉を放ち続けるのだった。


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