第十二話 シノ
授業の始まりと終わりを告げる合図。それは、音の違いはあっても、どこの学校でも存在する物である。
合図であるので、聞こえなくては意味がない。そのため、ある程度の音量で鳴り響くソレは、もちろん野上学園にも存在する。
野上学園での午後の授業の始業チャイム。その音を目覚ましとして、シノとユカナは同時に目を覚ます。
どうせすぐに目を覚ますだろう、という事から、同じベットで寝かされていたため、覚醒した瞬間に息がかかるほど近くにいる敵を目の前に、お互い咄嗟に逆方向へと飛び退く。
「二人ともよく寝れたかね?」
ベットの傍らで、二人が起きるのを待っていた晴司が声をかける。
もちろん晴司の脇にはミアが控えている。その佇まいは「また暴れだしたら殺す」というような威圧感を出していた。
「そうですね。私とした事が、こんなチビメイドにうっかりと眠らされていたようです……で?ここはどこですか?佑様が心配なので、すぐにでもここを出ていきたいんですけど?」
リオの乱入は突然だったせいか、リオの介入に気付いていないユカナは、自分を気絶させたのは、目の前にいるシノの仕業だと思っているようで、シノを睨みつけながら言葉を放つ。
「そりゃあコッチのセリフっすよ。どこの馬の骨かもわかんねぇようなメイドに後れを取ったなんて、マユミちゃんに合わせる顔がねぇッス」
もちろんシノも、リオの存在には気づいておらず、学生の格好に擬態していた、得体のしれないメイドに気絶させられたと思っており、ユカナを睨みつけている。
「二人とも落ち着きたまえ。二人を気絶させたのはリオ君だ。もうお互い険悪なムードになるのはやめたらどうだい?」
「は?あの子が!?佑様も守らずに何やってるんですかあの子?」
「リオって誰ッスか?」
晴司の言葉を聞いて、二人とも全然違う反応をする。
「了解わかった……情報の擦り合わせをしよう」
シノとユカナで、持ってる情報量が違うため、全然話が進まないため、多少時間がかかっても、現状を把握される事に専念しようとする晴司。
「まずは、ユカナ君。この子はシノ君だ。キミや佑のクラスメイトの飛駒真弓君の専属メイドであり、実力は『凶悪な獣』並と言われている」
そこで一旦止まり、次はシノを方を向く。
「そしてシノ君。この子はユカナ君だ。正体を偽って転校生としてクラスに入ってきたが、実際は氷室王国の『ナンバーズの№9』だ」
「ナンバーズ?じゃあここにナンバーズ№1と№9がいるって事ッスか?随分と仰々しいッスね?戦争でもする気ッスか?」
シノとしては当然の疑問を口にする。
「おっと、そういえばそこからだったね。昨日転校してきた佑の本名は『氷室佑』……氷室王国の王位継承権1位の人間だ」
「1位!!?じゃあアレが氷室アヤの……!?」
佑をアレ呼ばわりされた事でユカナが殺気だつが、さらに凄まじい殺気をミアに向けられて大人しくなる。
「まぁ詳しい事情は割愛するが、その辺の理由から佑の護衛にはナンバーズがついている。ああ……それと、先程のリオ君というのが№1の名前だ」
昼休みの会話を、気絶していたためきいていないユカナは「何で正体バラしてるんだ!?」と言わんばかりの疑問の表情だったが、どうせ翌日にはわかる事なので、特に説明する事はなかった。
「とりあえずは諸々の事情と、私が№1にやられたって事は理解したッス。そんなわけで、もう教室戻っていいッスか?マユミちゃんが心配ッス」
シノも、最終的に言いたい事はユカナと同じだった。
「それはできない相談だ。今キミ達を教室に戻すと、余計な騒ぎになる。明日までには極力沈静化させるようにするつもりだが、今日はココで大人しくしていてくれないか?」
「晴司兄……もう一度言うッスよ『マユミちゃんが心配』ッス……」
強硬姿勢に出れば、いつでもミアが対処できるような状態になっているため、今まで動けずにいたシノとユカナだったが、放課後になるまでマユミの護衛に行けない事がわかったシノは、お構いなしに臨戦態勢をとる。
「無用な騒ぎは起こしたくない。この場で待機していてくれないか」
晴司がそう言い終わると同時にシノが動く。
扉はミアによって抑えられているため、窓めがけて跳躍する。
獣化の能力によって強化された脚力は、人の目に留まらないほどの速度だった。
今まさに窓を突き破り外に飛び出そうとしていたシノに向かって、シノを超える脚力でミアが動く。
シノは窓の直前で、ミアに頭を掴まれ、床へと叩きつけられ確保される。
いっぽう、二人の争いの隙をついて逃げ出そうと考えていたユカナだったが、シノを捕らえてなお、隙を見せないミアを見て、脱出をあきらめた。
「く……っそ」
床に頭を押し付けられた状態でシノがぼやく。
「ミアの実力は知っているだろう?少しの辛抱なんだ。大人しくしていてくれると助かるんだがね」
「……そうは言うてもマユミちゃんに何かあったら……」
焦りからか、標準語が崩れるシノ。
「まぁキミの事情もわかってはいる。真弓君に関しては、リオ君に一任してある。佑との同時護衛ではあるが、ナンバーズ№1の護衛付きだ。安心してくれたまえ」
シノはまだ若干納得いかなさそうな表情ではあったが、従わざるを得ない状況であるため、あきらめて静かになる。
そこからは、別段有意義な会話もなく、ただ静かに時間だけが過ぎていった。
そんな沈黙を破るようにして、保健室の扉がもの凄い勢いで開けられる。
「シノ姉さん!!無事なの!?」
授業が終わり、佑達と一緒に保健室へとやってきた真弓が、開口一番叫ぶ。
№1にやられて保健室にいる、と聞いていたため、どれほどの大怪我をしているのか心配していたため、冷静さに欠けていた。
「「「姉さん!!?」」」
佑・ユカナ・壬生の声がハモる。
「マユミちゃん……それ言っちゃダメなやつッスよ……」
「……あ」
冷静になった真弓が小さくつぶやく。状況的に「今のは冗談でした」と言っても絶対に信用されないような空気になっていた。
「まぁこの状況で、今更隠そうとして変な噂が広がるより、正直に話して口止めしておいた方が賢明だとは思うが……かまわないかな?」
事情を知っているであろう晴司が、真弓に確認を取る。
「シノ君はこう見えて、元・飛駒王国の王位継承権第1位だったんだがね。後先考えずに強化薬を使用してメイドになってしまったため、継承権剥奪された経歴持ちなんだよ」
「1位……剥奪……え?お姉さん?」
色々と混乱する佑。
「薬を使ったのは13の時ッス。見た目こんなッスけど、ちょっとは成長してるんスよ。実年齢は24ッス」
補足説明を入れるシノ。
「昼休みん時に『他国の王族と関係があるメイドって何だよ?』って思ったけど……そういう事かよ」
辻褄があってきたのか、独り言をつぶやく壬生。
「晴司兄には、昔よく遊んでもらってたッス」
そんなつぶやきを、獣化で強化された聴力で拾って返答する。
「ああ、そうだ……壬生君。家族だろうと何だろうと、この事をうっかり他言してしまうと、飛駒王国に消される可能性があるから気を付けてくれたまえ」
晴司によって、とんでもない事を聞かされて、壬生は絶句する。
「……俺さぁ、この学園だとカースト制度の上位にいると思ってたんだ」
隣にいる佑に、壬生をつぶやくように話しかける。
「お前等のせいで、俺けっこう普通だったんだなって思えるようになってきたよ……」
王族の集団に囲まれた貴族階級の素直な反応をする壬生であった。