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望月の夜

作者: ダルシン

月見の話です。ちょっと季節はずれですね。

 今日は九月の十五日。

 世間では中秋の名月とか満月だとかいっているが、今宵の我が家は違う。

 望月の夜だ。


 やることは月見だが備えるものが違う。団子や里芋の類ではなく壺だ。壺もその辺のものとは大違い。我が望月家に代々伝わる名器なり。

 そもそも月見の歴史は古い。それと同じくらい我が望月家は伝統ある家柄なのだ。

 その我が家に受け継がれし壺。

 普段は床の間に飾り、毎朝家長であるこの俺が丁寧に磨く。そして祈祷を捧げる。家内安全と子孫はん栄を願い。その甲斐あってか俺は五人の子宝に恵まれた。長男新太郎、長女美夏、次男半治郎、三男満、次女で末っ子のイザヨ。

 イザヨは今年で二十歳になった。

 すべての子供が成人した年の秋。望月の夜の儀式が行われる。それが習わし。


 俺は三十年ぶりに床の間から壺を下して庭へと運び出した。すでに儀式の準備を整えていた家族たちが正装で俺と壺を迎え入れる。

 家族たちは緊張の面持ちだ。皆この儀式の重大さを理解できているようだ。俺は壺を掲げて祭壇に置く。用意されていた大吟醸を壺の中へとトクトクと注ぎ込む。

 見よ。

 夜空には満月。

 望月の夜は古より満月と決まっているのだ。俺は家長としてこの夜限りの祈祷を丁寧に捧げる。その後俺は家族全員を見る。


「さあ、はじめようか」


 それを合図に妻が皆に盃を配る。それを手に家族が壺の周りに集まる。五人の子供たち。俺たち夫婦。祖父母。白寿を迎えた曾祖母。

 こうして長寿を全うできているのもこの儀式のおかげだと真に思う。家業の医薬品事業も他を寄せ付けぬ安泰ぶりなのだ。

 集まった家族たちの盃に俺は壺の中の酒を注ぐ。

 皆盃に満月を浮かべた。

 それを皆で確認すると夜空の満月に盃を掲げて乾杯する。あとは飲むだけだ。

 堅苦しいものはここで終わり酒盛りとなる。

 懇意にしている料亭につくってもらった料理をつまみ、ワイワイとやるのだ。ほど良く酔った俺は得意の漢詩を吟唱する。祖父がムーンリバーを弾き語る。夜の庭でこんな騒ぎをしてもかまうものか。この辺一帯は望月家の敷地だ。スクリーンに子供たちの幼いころからの写真を映し出し、思い出のエピソードを語り合う。そうやって、今年二十歳になったイザヨだけでなく、子供たち全員の成人を改めて祝ってやる。

 こうして二時間余りがあっという間に過ぎた。


「もうそろそろいいころだろう」

 俺がいうと祖父母は大きくうなずいた。

 承認を得た俺はいう。

「新太郎。そろそろ壺の中へ入れ」

 子供たちが大笑いする。

「できるわけないよ」と。

「いいからやるんだ」

 俺の声に新太郎は立ち上がる。

「よおおし。やってやる」

 新太郎は壺に飛び掛かった。

 すると、新太郎の体がすぽんと壺の中へと吸い込まれた。

「お前たちもお兄ちゃんに続け」

「やろうやろう」「どうなってるの?」

 口々に叫びながら全員が壺に飛び掛かり、中へと入った。


 俺は壺の口からのぞき込む。

 小さくなった子供たちの腰あたりまでまだ残された大吟醸。

「お前たち。盃を回しながらその酒を飲み干すのだ。ズルせず一人一杯ずつ飲むのだぞ」

 俺がいうとブーブーいいながらもいいつけ通り酒を飲みだした。

 しばらくして満が酔いつぶれ、半治郎が酔いつぶれ。やがて。

「お父さん大変。お兄ちゃんもお姉ちゃんもみんな倒れちゃったよお」

 壺の中で一人立っているイザヨ。

「よし。イザヨ。出て来い。入口に向かってジャンプするのだ」


 ほどなくしてイザヨが壺の中から飛び出して来た。

 俺はとても誇らしい気持ちで末娘を見つめた。祖父母も妻も満足気に何度もうなずく。満面の笑みは酒に酔っているからだけではない。

 俺は今宵一番のしっかりとした声でいった。

 大事なことを伝えるために。


「勝者。イザヨ。お前を望月家の継承者とする。家長としてのすべての権利をお前に譲る」


 これが古より伝わる継承の儀式。

 三十年前俺も通った道。

 これで望月家はまたまた安泰なり。





読んでいただきありがとうございます。

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