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まるごと異世界生活っ!  作者: 刻 虚雪
異世界生活入門編
4/16

第四話 オークの集落

「ほら、着いたぞ。とりあえずお嬢が帰ってくるまでここらで待っててくんな」


 ドサッと放るように立たされた宗一は思わずよろけ付いた。何十分もオークの肩に担がれながら悪路を疾走された経験は初めてであり、胃液が逆流するのを咄嗟に手で抑えた。


「宗一、大丈夫か?」


 セーニャの気遣いに「な、なんとか……」と返事はしたものの、宗一はその場でへたり込んでしまった。


「うっぐ、ぷっ……」


 宗一の横ではリーナもまた同じ様に座り込んでいる。当然、口を抑える手も同様である。


 二人は暫くその場で踞っていたが、やがて先に吐き気が収まった宗一は周囲を見渡した。既に日は落ちていて、所々に設けられた篝火が照らしている周りを見るにここはどうやらオークの集落ではあるようだが、どうも様子がおかしい。


(集落……にしては生活感が無いな。どうも急造の物ばかりに見えるが……それにしてもオークって言葉が通じるんだな。俺はあのリーナが戦っていた薄気味悪く笑みを浮かべていたオークばかりのイメージだったのだが……セーニャに少し聞いてみるか)


「セーニャ、少しいいか?」

「うぅ……うっぷ、吐く、吐いちゃう……」

「リーナはうるさいぞ、黙って座ってろ。それで、宗一は私に何か聞きたいのか?」

「あぁ、ちょっとした疑問なんだが……」


 宗一は幾つかの質問をした。一つ、オークとは言葉の通じない、意思疏通のできない者達ではないのか。二つ、このオークの集団と面識はあるのか。三つ、俺達は此処に居て安全なのか、もしかして逃げるべきではないのか。セーニャはふむ、ふむと相槌を打ちながらも真剣に聞いてくれた様子で、ゆっくりと答え始めた。


「……では一つずつ答えていこう。一つ目の答えは意思疏通はできる、だな。宗一も運ばれている時にオークと喋っていただろう。この世界の生き物……取り分け、ある程度の知能を持った生物はネイゲアの共通言語を使えるんだ。私達エルフも人間達も当然のように使える。だが、何故皆が使えるかはまだわかっていない。しかし、この共通言語も先に話した勇者の存在を示す物の一つなんだ」

「何故そこで勇者がでてくるんだ?」

「共通言語はな、勇者がこの世界に残したと言われているからだ。種族間の垣根を越える為にいつかの勇者が残した祝福らしい、口伝だがな」


 ふふふっとセーニャは笑った。笑う度にセーニャの髪が緩やかに揺れる。宗一はそれを見詰めながらふーん、とだけ返事をした。


「そして二つ目、このオーク達との面識は無い。更に三つ目、宗一と出会った頃にも言ったが、私を槍で突き刺したのはオーク達だからな。それがこのオーク達かはわからないが、同じ森にオークの種族もそうは居るまい」

「それってつまりこいつらは敵って事じゃないか! に、逃げる……か?」


 宗一は意図せず荒くなった声を絞り、小声で二人に問いかけた。リーナもやっと吐き気が落ち着いたようで、神妙そうに此方を見ている。


「いや、確かに私はオークに刺されたが、あのオーク達は……このような話が通じる様子では無かった。前にも言ったが私達エルフがオーク達と事を構えたのも、オーク達がいきなり暴れ始めたからだ。言葉も通じず、此方を見るや襲ってくる。今私達の周りに居るオーク達とは様子が違うと思わないか?」

「確かに……私達が王国騎士団辺境調査隊として派遣されたのも不気味なオーク達が暴れ始めたとコサンド村から要請が来たからだからな」


 セーニャとリーナの話を聞いて、宗一は改めて周りを見渡してみる。そこには確かにオークという種が、ある者は家族として子供達と暮らし、またあるものは種族の一員として群れを守って暮らしているように見える。とても意味もなく暴れまわる、ましてやエルフや人間を襲うようには思えなかった。


「……よし、それじゃオークに聞いてみよう!」


 宗一はうん、と大きく頷きながら立ち上がった。


「ちょっと待て宗一! 本気なのか? 今は我々を油断させる為に自由にさせているだけかもしれんぞ!?」


 リーナは身振り手振りで宗一を止めようとしたが、宗一は逆にリーナを落ち着かせるように言った。


「もし俺達をどうにかするなら、あの時に助けはしなかったさ。それに今も俺たちの自由はおろかリーナの槍だってそのまま持たせてくれている。色々考えて見ても彼等に敵意は無いと思うよ。だからオーク達に俺達の疑問を全部聞いてみないか?」


 その言葉を聞いてリーナは「それはそうだが……」と口ごもった。それをセーニャはまぁまぁと取り成しながら言った。


「ふむ、いいだろう。宗一の言うことも一理ある。先の森の異変も関係あるかも知れないしな。そうと決まれば誰か適当なオークを……」

「ーー私がお答えするです」


 そう言って現れたのは宗一達をぶん投げた張本人、お嬢と呼ばれていたオークの女の子であった。薄緑の肌の手で銀の髪を撫でながら、真紅の瞳が真っ直ぐに宗一を見据えた。


「でも、此方の質問にも答えて欲しいのです」

「……俺達が答えれる事は答えるよ。セーニャとリーナもそれでいいよな?」


 宗一は二人に確認をした。昨日目覚めたばかりの自分では答えられる事の方が少ない、なので何を質問されてもセーニャかリーナを頼ることになるだろうと考えたからだ。宗一の言葉に二人はお互いに顔を見合わせて頷いた。それを確認すると女の子はにこりと微笑み、後ろに控えていたオークに食事の準備を、と呼び掛けた。


「しかしお嬢……そこのエルフと男はまだしも、右の女は儂等の同胞を殺した奴ですぜ? 儂はここできっちり片を付けるべきかと……」


 控えていたオークはずいっと前に出て、手持ちの槍をリーナに向ける。リーナはぴぇっと素っ頓狂な声をあげると宗一の後ろにさっと隠れた。


「そそそ宗一! 話がちち違うぞ! やっぱりあれ敵、敵だぞぉ!」

「落ち着け、というかお前も槍を持っているんだから構えるぐらいしろよ! 何で俺の後ろに隠れるんだ!」

「……こっちを攻撃してきたら、宗一ごと刺そうかと思って……」

「こんにゃろっ!」


 宗一はさっと振り向いてリーナの額を目掛けて指を弾く。ビシッと小気味良い音が響くとリーナは「あうっ!」とよろめいて憎たらしげに宗一を睨んだ。


「くそぅ、魔石に魔力さえ溜まっていればお前らなんてぇ……くそぅ……くそぅ……」


 地団駄を踏みながら悔しがるリーナは初めて会った時のような凛々しさは欠片も見当たらず、宗一は深く溜め息を吐いた。するとセーニャがオークと宗一の間に割って入り、手でお互いを制しながら言った。


「そちらの言い分も理解できるがな、私のエルフの里もオーク共に襲撃を受けたんだぞ。それについてはどう説明してくれるんだ?」


 その言い方は明らかに怒気を孕んでいて、オーク側を挑発する結果にならないかと宗一を焦燥させた。


(襲撃っていうか、セーニャはオークに突き殺されたって言ってたからな……怒るのも無理はないか……)


 それから暫くはお互いに睨み合いが続いたが、少女がオークの槍を手で無理矢理押し下げて、宗一達に顔を向けた。


「エルフの里、その事についても話がしたいのです。私達の同胞が殺された件は……その女がやらなければ、私達がしていた事です。恨んではいません。おめーも、それでいいですね?」


「…………はい、お嬢がそうまで言うのなら儂等は従います。では儂は食事の準備をさせて来ます」


 オークは自身に折り合いを付けたかのようにふんっと鼻息を放つと、そのまま踵を返して歩いていった。


「同胞が失礼をしたです。では先ず此方に……」

「あ、ちょっと待ってくれ。俺は宗一、柏崎宗一って言うんだ。右がセーニャで後ろで踞っているのがエカテリーナ。それで……よかったら君の名前を教えてくれないかな?」


 一瞬、銀髪の奥に隠れていた真紅の瞳が大きく揺らいだように見えた。誰もが警戒する種族間を一足飛びで駆け寄ってきたような、その宗一の何気無い一言が少女に動揺をもたらした。


「……わ、私はヴィルナ。誇り高きオークのヴィルナです」


 宗一を真っ直ぐに見上げて名乗った少女の瞳が、未だ揺れている。それが何を意味するのかは分からなかったが、宗一はゆっくりとヴィルナの手を取り、怖がらせないように優しく囁いた。


「……ヴィルナ。俺の事は宗一と呼んでくれて構わない。これからよろしくな?」

「う……わ、わかったです。宗一、手を離せです」


 ヴィルナは握った手をぶんぶんと振りほどくと「こっちです」と三人を集落の奥へと案内し始めた。宗一の目からはヴィルナの頬が少し赤みが増しているように見えた。


 三人が案内されたのは集落の奥に用意された会食場のような場所で、上部には布の様な物が張られており、小さな篝火が隅から周囲を照らしていた。ヴィルナは上座に当たる奥に座ると「適当に座って構わないです」と三人に着席を促した。


「……宗一、セーニャ、リーナ。先ずは皆に謝らなければならないです。私達の同胞が暴れまわっているのを止められないのはこの集落を取り仕切る私の責任です」


 口火を切ったヴィルナの言葉にセーニャは目を見開いた。


「……ではやはり、エルフの里を襲ったのはお前らなのだな?」


 先程とは違い、敵意を隠そうともしないセーニャの物言いに宗一は慌てて取り成そうとするが、ヴィルナは首を振ってそれを制した。


「宗一、私は大丈夫です、ありがとう。でもセーニャの言っている通りなのです、この森で暴れているオークの一団は私達の同胞です。先ずはそれが事実で有ることを皆にも知って貰いたいのです。何故彼等が暴れているのかも」


 セーニャの厳しい視線は微塵も緩みはしなかったが、ヴィルナは続けて語った。


「私達オークは森の奥にある切り立った崖の麓を集落にして暮らしていました。森の恵みを享受し、崖を掘って鉱物を得て、慎ましながらも穏やかな日々が続いていたのです」

「集落を取り仕切っていたのはオークの中でも特に恵まれた体格と皆に認められた才知を持った私の兄上だったのです」


 それからもヴィルナはこんこんと語り続ける。


「集落に訪れた異変を告げたのは、崖を掘っていた際に何処かの洞窟に繋がった事からなのです。その洞窟を進むと、歪で醜悪な装飾が施された道に繋がっていました」

「私達はそれ以上進むことはしませんでしたが、それから集落に不思議な事を言い出す者が現れたのです。何かが此方を見ていると周囲にいい始め、徐々に此方に何かがと繋がり……そして果てには正気を失い、群れを去っていったのです」

「それを分かっていながら、君達はその道を埋めようとはしなかったのか?」


 セーニャの疑問は尤もだろう。原因と思われる物が分かっているのなら、解決に向けて対策を練るのは当然に思えた。


「……いえ、兄上は逸早く洞窟を埋めるべきと気付き、私達もそれに賛成して洞窟を埋めたのです」


(しかし、オーク達を取り巻く異変は収まらなかった。ということは、実際には洞窟を埋める事ができなかったのか。それとも……)


 宗一は黙ってヴィルナの言葉を待つ。


「洞窟を埋めるのは簡単でした。何せそこら中の崖を掘っていましたから、洞窟を埋めて余りある土が置いてあったのです。そして私達は気を取り直して別の場所を掘り始めました。私達は鉱石を町で売らないと安定した生活が難しかったからです」

「それから洞窟が出た場所から何十歩も歩いた場所で私達はまた崖を掘り始めました。すると掘削用の道具を壁に突き立てた時、妙な手応えの後に壁一面が崩れ落ちたのです」

「それは……まさか……」

「そうです。私達が埋めた筈の洞窟が現れたのです。私達も初めはまさかと思っていたのですが、少し進むだけで感じる強烈な不快感でそこが同じ洞窟だと直感したのです」


(まるでデキの悪いホラー話だが、そんな事が実際にあるのだろうか)


 宗一はセーニャとリーナの方を見てみると、二人とも神妙な面持ちで話を聞いている。二人とも何か思うところがあるのだろうか。ヴィルナの話はまだ続いている。


「私達が崖を掘ると洞窟に繋がり、埋め戻して別の場所を掘っても洞窟に繋がり、洞窟を放置して別の場所を掘っても洞窟は現れたのです。しかも、洞窟は現れる度に深部に近付いているようでした」

「深部に近づく……?」

「はい、壁の装飾を見てみると少しずつ此方に移動しているような、とにかく現れる度に私達に深部を覗かせているようでした。そして……」


 ヴィルナが視線を外して俯いた。恐らくヴィルナが兄の代わりに集落を取り仕切っているのと関係があるのだろう。宗一はそう思いヴィルナを気遣うように声をかけた。


「ヴィルナ、無理して語る必要は……」

「……いいんです、ここからの話が重要なのですから」


 ヴィルナは一拍置いて、やがて決意した様子で語った。


「異変は遂に兄上までも襲いました。日に日に正気を失っていく兄上に私は為す術もなく……くっ……うぅ……」


 声を押し殺して咽び泣くヴィルナのその姿に宗一は胸が締め付けられる思いだった。身内の親しい人が日に日に正気を失っていく様を見て、自身も正気で居られる筈が無い。ヴィルナはその小さな身体で今まで我慢していたのだろう。その姿を咎める者は誰も居なかった。


「す、すみません……オークを取り仕切る者として見苦しい様をお見せしました……」

「俺達は気にしていないから大丈夫だよ」


 ヴィルナは返事代わりにペコリ頭を下げて話を続けた。


「兄上の異変は正気を失っていくだけではなく、その身体にも表れました。理性を失っていくつれて、身体が肥大化し始めたのです」

「そうか、つまりリーナを襲っていたあの巨大なオークは……」

「はい、私の兄上です。最早私を見ても拳を止める事もなく、僅かな理性すらも失ったようなのです……」


 何処か遠くを見るようにヴィルナは一息ついた。未だ暴れまわっているであろう兄を思っての事だろうか。セーニャはその束の間の静寂を打ち破るようにしてヴィルナに問い掛けた。


「成る程、今回の森の異変については大体の話は分かった。しかし、それを私達に話す魂胆が見えてこないな。ヴィルナは私達に何を望んでいるんだ?」


 ヴィルナはその質問を望んでいたかのように、セーニャを……いや、三人に改めて頭を下げた。


「私は明日にでもあの洞窟を目指すつもりでいます。ですが、恐らくオークである私はあの洞窟を進むことはできないと思うのです。だから三人に力を貸して欲しいのです! どうかお願いします、私達オークに力をお貸し頂けないでしょうか!」


 頭を下げたままのヴィルナに宗一は大きく頷いて応えた。


「俺がどれくらいヴィルナの力になれるかは分からない。でも、君が助けを求めるのなら……俺は精一杯力を貸すよ!」

「……ふむ、宗一がそう言うのなら……私も出来る限りは力になろう」


 宗一に続いてセーニャが頷いた。二人は最後の一人……リーナの方を向くと、どうやら迷っているようで腕を組ながらうーん、と唸っている。


「リーナもそんなに迷っていても仕方が無いだろう。コサンド村に戻って隊を頼るか、私達と共に行くか……どうする?」

「でもなぁ、隊に戻ってもなぁ……うーん、うぅぅ……行く! 私、洞窟、行く! 手柄、立てる! お金、盛り盛りぃーっ!」


 リーナは立ち上がりぐっと握り拳を掲げて叫んだ。宗一の口から「何故、片言……?」と疑問が漏れたが、折角の決意に水を差す訳にはと慌てて口を閉じた。


「宗一、セーニャ、リーナ、皆ありがとうですっ! このご恩は決して忘れないとここに誓います! ですが、一つ聞いてもいいです?」


 感激に潤んだ瞳も束の間、ヴィルナは首をかしげながら聞いた。


「あの、おめーら三人は王国から派遣されたパーティーではないのです? 騎士団二人に道案内役のセーニャと組んで森に入っていたのでは?」


 聞かれて、三人は顔を見合わせた。そういえば名前を教えただけで細かい事は何も教えて無いなと思ったので、宗一はセーニャの方に目配せをした。光の資質や勇者の事を自分ではどこまで話していいのか判断ができなかったからである。


「ん、聞くか!? それを聞いちゃうか!? 仕方ない、本当に仕方の無い奴だなヴィルナは……こほん、私は王国騎士団辺境調査隊の一員、エカテリーナだ! そしてそこのエルフがセーニャ、まぁ只の道案内みたいなもんだな。そしてそしてなんとそこの男がぁ……」

「えっ!? お、おいリーナ! ちょっと待て!」

「光の資質を持つ勇者、宗一だぁぁーーっっ!」

「あぁ……言っちゃった……」


 宗一の制止も間に合わず、リーナは鼻息を荒くしながら興奮した様子で言い切った。


「な!? 凄いだろ、凄いだろ! まさか光の資質を持つ勇者が人間から出るなんてなぁ……やはり同じ種族としては感慨深いものがあるよなぁ……な?」

「こんにゃろっ、こんにゃろっ!」


 宗一はふんふんと鼻息を吹かすリーナの額に何度も指を打ち込んだ。リーナは堪らず「ぐああぁぁぁーーっ!」とのた打ち回るが、時は既に遅くヴィルナは羨望と感激が入り交じったキラキラとした眼差しで宗一を見詰めていた。


「勇者……なのですか……? 宗一が……本当に……?」


 ヴィルナは宗一の手を包み込むようにして握り、宗一を見上げるようにして訪ねたが、宗一は直ぐには返事をせず脇に立っているセーニャに目で訴えかけた。


(俺が勇者だと言っていいのか? 豆電球程度に発光するしか能が無い勇者だぞ!)


 セーニャは宗一から発せられた視線を受け止めてゆっくりと頷いた。その雰囲気から察すると、どうやらリーナの時と同様にまた勇者として振る舞えという事らしかった。


「あ、あぁ……一応その、光の資質? も出せるしぃ……少しだけなんだけど、そうだなぁ、勇者の資格はありまぁす、みたいな感じだと思う……今日この頃です」


 しどろもどろな宗一の弁にヴィルナは「ふわぁぁ……」と感激した様子で目を見開き「よ、よければ一度見せてくださいです! です!」とぐいぐいと顔を近付けて来た。宗一もこうなっては仕方が無いとヴィルナに「……一度だけだよ」と念を押し、更に「調子が悪いときは出ないからね、いいね?」と前置きをしてから目を瞑り、呼吸を静めて集中し始めた。


(こうやって自分で力を発現しようとするのは三回目か。どうにか光の資質を示してヴィルナを落胆させないようにしないとな。それにしてもリーナの奴め、適当にぽんぽん言いやがって……デコピンの数が足りなかったかな……後でもう二、三回打ち込んでおくか……)


 宗一の思考はごちゃごちゃと乱雑に絡み合っていたが、その意識は深呼吸と共に研ぎ澄まされ、次第に雑念を脳の奥へと追いやっていく。するとやがて宗一の身体の奥底に脈動する物が、その身体を媒介として発現する。


 淡く、柔らかな光が辺りを優しく包んだ。それはやはり豆電球程度の光ではあったが、闇夜の帳を照らすような確かな光がそこにはあった。


 セーニャは自身の力で柔らかな光を発現した宗一を見て驚いたが、それはやがて微笑みに変わった。まるでそれに至るのが当然だというように。


「…………ふぅ、どうにか光の資質は示せたかな?」

「はい! 宗一が勇者だというのは本当なのですね!」

「ふふふ、どうだぁこの輝きは凄いだろぉ? 宗一はぁー勇者なのだぁーっ! ふはははははーーっ!」


 いつの間にか復活しているリーナが機嫌良く笑いだす。その高笑いを聞いて宗一は先の事を思い出した。そうだな、やはり二、三回はその額を打ってやろうと指をリーナの額に持っていく。しかしその指がリーナの額に届くことはなかった、それは意外にもセーニャが受け止めたからである。


「宗一、気持ちはわかるが……まぁ待て」

「セーニャ……しかしだな……リーナには少し厳しめにいかないとだな……」

「…………違う違う、その役目はだなぁ……私にやらせろって事だぁーっ! このっこのぉっ! 誰が只の道案内だ誰がっ! 助けてやった恩を忘れたのかこのばかリーナ! このっこのっ!」


 ずぱぱぱぱっとセーニャ指から放たれる凄まじい勢いのデコピンは桁違いの威力と連射性能を兼ね備えており、見る見るうちにリーナの額は赤く熱を帯びていくのであった。


「ぐわわわわぁぁぁーーーっっ!」


 リーナは思わず顔を背けるが、それでもセーニャはリーナの額を寸分違わず打ち続ける。リーナが顔を右に向ければセーニャも動きに合わせて回り込み、額を両手で隠しても僅かに晒された額に連打を打ち込むという徹底ぶりで、見ている宗一の額にも冷や汗が出る程であった。


「どうだ、ばかリーナっ! 少しは反省したか!?」

「くひん……したぁ……反省しましたぁ……ぐすっ、くひん……」


 セーニャが腕を組んでぷんぷんと怒っている脇で、肩を震わせて涙声をあげるリーナは額をすりすりと擦り続けている。二人の様子を見てヴィルナは呆気に取られていたが、やがて堰を切ったように笑い始めた。


「あはははははっ! さ、三人共本当に仲が良いのですね! あはははははは……っ!」


 宗一はここで初めてヴィルナの笑顔を見た。ヴィルナは話している時も不安気な瞳だったり、勇者の事を聞いた時の感激した表情だったりもしたが、やはり女の子には笑顔が似合うと、気障な台詞だがそう思った。


「お嬢……食事の準備がーー」


 言いながら入ってきたのは、先程ここから離れていったオークだろうか。しかしその足と言葉はヴィルナの笑い声が聞こえた途端に止まってしまった。


「お嬢が笑ってるなんて……あの集落を出てから以来、初めての事だ……」


 そう言ってオークは、目頭を抑えながら宗一達に頭を下げた。オークには思うところがあったのかも知れない。


「うふふふ……宗一達が可笑しくってつい笑っちゃったです!」

「がははははっ! そうですかい……そいつは本当によかった。儂はお嬢を一人で残して行ったのを心配してましたから、いや、しかしお嬢も言ってくれれば……」

「ん……? 何がです?」

「そこの人間の女ですよ! あんなに肩を震わせて……儂等には手を出すなと言っておきながら、儂等の気持ちを汲んで少し思い知らせてやってくださったんでしょう? これで儂等も少しは溜飲が下がるってもんですよ!」

「こ、これは違うのですよぉ!」


 慌てて否定するヴィルナが何だか可笑しくて、それを皮切りに今度は宗一とセーニャが笑いだした。


「いいよいいよ、そういう事にしておこう。それでオーク達の気が少しでも晴れるっていうんなら、それで良いと思うよ」

「宗一がそう言うのなら……」

「くそぅ、お前ら覚えておけよぉ……魔石に魔力さえ貯まっていればお前らなんかぁ……ぴぃ!」


 リーナの恨み言に合わせてセーニャが指を近付けると、リーナはびくっと肩を竦めて額を両手で隠した。


「がはははっ! あーっといけねぇ! お嬢、食事の準備ができました。運んでも宜しいでしょうか?」

「あ、そうして欲しいです。んー、やっぱり私も手伝うです」


 オークとヴィルナはそう言って三人の元を離れて行く。宗一はその一連の会話を聞いて心が躍る思いだった。この異世界に飛ばされてからの二日間、食べる物といえばセーニャが何処からか探して来てくれる木の実類だけだったので、オークの言う食事という言葉に大いに期待が高まった。無論、折を見ては食べる物を探してくれたセーニャには感謝の念は堪えない。しかし自身の身体から沸き上がる油物への渇望が、動物性たんぱく質への情念が宗一の表情を強張らせた。


「む、どうしたんだ宗一。そんなに怖い顔をして」


 そのただならぬ宗一の様子にセーニャは思わず声をかけたが、それに対して宗一は顔をぶんぶん振ると何でもないんだと言葉を返した。


(食事ってもしかして肉が……出るのか? 出てしまうのか? ここは森の中だから魚等は取れなさそうだし……いや待て、ヴィルナは鉱石を売って生活していたと言っていたな……つまり外界からの食材の可能性も……そうだよな、異世界の生物だとしても、最低限は塩を何処からか調達しないといけないわけだし……そうなると塩を使った保存食と共に魚が食卓に並ぶ可能性はある。でも、本命は動物性たんぱく質を豊富に含んだ肉、お肉! オーク達のがっしりと締まった筋肉を維持するためにはそれ相応の食事が必要なはず! だからやはり出てくるのは……)


 宗一はセーニャにそうは言ったものの、高まる期待を顔に出さぬように必死であった。油断をすれば緩んだ口元から涎が漏れてしまいそうだからである。


「おいおい……リーナも何でそんなに怖い顔をしているんだ? 私が打った額がまだ痛むのか?」

「い、いや! そんな事は無い! べべ別に何でもないんだ!」


 宗一と同様にリーナも顔をぶんぶんと振って答えた。宗一はそのリーナの様子を見て、リーナもまたオーク運んでくるであろう食事に期待を寄せているのに気が付いた。二人の視線が交差してお互いに大きく頷く、二人の心は通じ合い、今正に二人は盟友と化した。


「おめーら待たせたですね、飯の時間です!」


 ヴィルナが大きな葉を重ね合わせるようにして作られた皿をどすんと三人の前に置いた。その風圧に押されて香草と油の混ざった匂いが立ち込め、宗一の食欲を刺激した。


(に、肉だ……間違いなく、肉だ! う、嬉しい!)


 大きな葉を受け皿にして三人の前に鎮座しているのは宗一が見たことも無いほどの肉の塊であり、焼かれたばかりであるのを示すように湯気と共に肉汁が敷かれている葉の上に溢れだしている。肉を包んでいたであろう皮は焦げ目がつくように焼かれていてその上を色選り取りの香草が散らされている。宗一の視覚がその姿を、嗅覚がその香りを、果ては聴覚が未だ肉の内部で燻る油の滴る音すらも感じさせる程に目の前の肉に集中させているのである。


 宗一は今にも目の前の肉にむしゃぶりつきたい欲求をぐぐっと我慢しながらその時を待った。異世界のマナーはまだ分からないが、今はまだ手を伸ばすべきでは無いのだろう。セーニャもリーナも大人しくその時を待っている。ただしリーナの口はぽかんと開いていて、更に口の端がじんわりと濡れている。


「肉……半年振り……お肉……じゅわ、じゅわわ……」


(リーナ……お前、王国騎士団とかいう大層な所に所属しているのに苦労しているんだな……)


 肉の塊を前に呆然自失といった表情のリーナからその思わず漏れた言葉が宗一の涙を誘った。


「今朝は運良くンポポを狩れたですから、遠慮せずに食べてくださいです。新鮮な内に食べれるだけ食べて、それから保存食を作る……これがオーク流なのです!」


 ヴィルナはえへんと聞こえてきそうな程に胸を張ったが、それを聞いた三人は正に三者三様といった表情をしていた。セーニャは「ンポポか……これは良い時に相伴させて貰ったな」と上機嫌で、リーナは「これがンポポ! ンポポなんて書物でしか見たことが無いぞ……しかし、それも今日まで。ンポポが遂に私の口に……」と感激の様相を呈している。しかしその一方で宗一は張り付けたような笑顔のまま固まっていた。


(ンポポ……ンポポ……それでそのンポポって何だろう?)


 ーー宗一の知らない異世界ディナーが、始まろうとしていた。


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