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3/5

ある三夜 知らないうちに……

「ねぇ、今夜私と食事しない?」


 仕事を終えた私は一旦家に帰り、ゾンビな彼女と食事に来ていく服を選んでいた。


 しかし改めてクローゼットを見ると驚くほど服が少ない、まぁ仕事は私服だが動きやすいジャージを着て、家ではシャツとパンツだからか。


「こんな生活感の無い部屋じゃ当たり前か」


 電話と冷蔵庫とベッドとタンス、最低限の無い部屋、おんぼろアパートでなければモデルルームをできるだろう、そんな余計なことを考えながら、

あれでもないこれでもないと草を掻き分ける様に選んでいると、奥の方で綺麗に畳まれたスーツを見つける。


 いつ買った物だろうか……フワリと香るカビの臭い、常人なら相手がゾンビ顔のサイコパス(仮)だとしても、女性と食事をする事には変わらないから新しい服を買いにいくという選択肢を出すと思うが、私はあいにく金が無いのだ。


「まぁ良いか、向こうもいつもの格好だろ」


 着て行くことにした。


・ ・ ・ ・ ・  


 彼女が決めた店は石を投げたら当たりそうなごくごく普通のファミリー店だった。


 実は私もそんな気合いを入れられては財布の方が殺されてしまうし、あの人の格好から大体予想はできていたのだ。


「遅い……」


 やはり外見がどうであれ根は女性なのか、きっと化粧やら着ていく服の選択やらしてるのかもしれない、小学生のような理由で遅れてくる先輩になれてしまったせいか特に気にはしないが……まぁ生暖かい夜風に吹かれながらベンチに腰を下ろしハチ公になろう。


「ふふふぅ~待ちましたか~?」


 相変わらずそろりそろりと地面を這う様な声、私は読んでいた本をしまい声の方を見ると、一瞬別人じゃないかと思った。ネズミから白馬になったようにガラリと変わった彼女に言葉を失う。


「どうです?」

「あ、いや、綺麗です」


 顔もゾンビ顔から女神顔に変わっている、化粧は怖いものだ、サイコパスでなければの話だが、サイコパスならパンのヒーローのように(マスク)を取り替えて終わりだからね


「ふふっそれなら良かったです、さぁ行きましょう」


 相変わらずシベリアを彷彿させる厚着は変わらないが、綺麗なコートと良い新調したのだろう、何から何まで綺麗になりむしろ私の方が隣で歩くのを申し訳なく感じる。


「ここは人が静かで良い所なんですよぉ~」


 常連なのか?確かに人は少なく、ファミリーレストランのわりには内装がオシャレなバーに近い、そよ風の様に聞こえる音楽が店内を包み、点々とした客は新聞を読んだり仕事をしたりと自分の世界に入っていた。


適当に席に座ると彼女は着ていたコートやマフラーを脱いで椅子にかける。


「え?」


肌を見せたくないが故にわざと厚着をしているのだと思っていたから、普通に脱ぐのについ反射的に声が出てしまった。


「ん?」


まぁ驚くのも当然だ、椅子に座る彼女は不思議そうに私を見る。


「いや、なんでもないです」


 しかし透き通った白い肌だ……肩が出た黒のドレスも似合う、脱いでも良いのならなぜ厚着なんかしているのだろうか、不思議でしょうがない。


「ふふふ〜私は冷え性なんですよ、梅雨までは厚着をしてるんです」


なるほど、そういえばZも冷え性だったっけ、いつもガタガタ震えてた記憶しかない。


「そういえば、今日は1人なんですねぇ~」

「1人?」

「はい、いつも()()()連れているので~フフフ、気づいてないって感じですねぇ」


 いつも一人だが……もしかして私は呪われてるのか?だとしたら厨房の塩を頭から被って徐霊したい。


「そ、それって霊的な者ですか?」


 恐らく血相を変えて聞いていたのだろう、彼女は口に手を当て腹を抱えて笑う。


「ほんとおかしな人、違いますよちゃんと人です」


 人でも怖いもんだ、悪い事をしている人を見つける仕事をしている人がストーカーに気づかないなんて間抜けすぎる。


「今度からは周りに気を付けます」

「そうしてください」


 私もいつの間にかマナティーみたいになってしまった様だ、昔ならストーカーだったら直ぐに見つけられたんだがやはり生活が変えてしまったのかもしれないな。


 ついつい昔の生活が脳裏に浮かび遠い目になった。


「そういえば貴方の名前は?」


 そういえば会ってからというもの一回も名前を教えていなかったなぁ、相手がサイコパスでなければ直ぐに教えられたが……本名を教えるべきかどうか迷っていると「無理にとは言いませんよ、私はメイヴです」と彼女はニコリと微笑む。


 そういえばZの本名も知らなかったなぁ、私は教えてもらうだけだと悪いと思い「私は宮城 悠(みやぎ ゆう)です」とテーブルにおかれた水を1口飲み、料理を頼み再び待つ


「そう言えば宮城さんはマナティーが好きなんですか?いつも居ますけど」

「好きというか憧れているのかもしれませんね、あんなのんびり何も気にせず暮らせるってどんな感じなんだろうなってね」

「ふふふ、そうなんですか~」


 Zにも同じ事聞かれたっけ、やはりこの人を見ているとついつい昔を思い出してしまう、血を見たら気絶する彼女と比べてメイヴさんは真逆の人間だが不思議な感じだ。


 刃物のような殺気を感じるものの、逃げたいと思うどころかもっと知りたいという気持ちになる。

昔の自分に似ているからだろうか……


「メイヴさんはマナティーの何処が好きなんです?」

「そうですねぇ~、自分とは正反対の生活をしているからですかねぇ……って私も宮城さんと同じで憧れてるだけなのかもしれません」


 フフフと恥ずかしそうに頬をかく、可愛い


「そうだったんですか」

「ねぇ宮城さん?海洋生物をもっとも近くみれる場所って何処だと思います?」


 クイズなのだろうか、魚がもっとも近く見れる場所……やはり水族館か?


「水族館でしょうか」


 そういうと彼女は「違いますねぇ~」とゆっくり首を左右に振った。


「正解は?」

「もう答えですか?」


 何処かバカにしたようにニヤリと口角を上げる、私はもう少し考えることにした。


「あ、海の中ですか?」

「ちーがーいーまーす、ふふふ」


 海の中でもないとなると魚屋?いや、なわけがない、しかしもうそれしかないし……


「魚屋ですか?」

「フフッその発想はありませんでした」


 どうやら違うらしい、何なんだろうか。


「限界って顔してますね、答えは海の中です」

「それ私がさっき言ったような……」

「ただ海の中に潜るんじゃ駄目ですよ?お魚さんが逃げちゃいますからねぇ」


 どういうことなのだろうか。


「自分自身が海水になるんです」

「難しいクイズですね」


 あれだけの情報でこの答えを言えた人は居るのだろうか……てか場所だけの話しじゃなかったのか

自分の状態まで言わなきゃいけなかったとわ。


「因みにそのクイズを答えられた人居るんですか?」


 置かれた料理を見ながら「フフフ居ませんよ~」と言う、まぁそうだろう、まさか死ぬというのは発想できなかった。でもZも私が知らないだけで、マナティーがもっとも近くで見える場所に居るのだろうか。


 その夜は何事もなく他愛ない会話をして終わったのだった。


・ ・ ・ ・ ・ 


 次の日の昼前、いつもの様にアクビをしつつマナティー館へ足を運んでいる途中、めったに鳴らない仕事用の携帯が鳴り響く、私はすっかり忘れていたからか出るのが遅くなって電話に出るなり「出るの遅すぎるぞ!」と先輩の声が槍のごとく鼓膜に突き刺さった。


 例の犯罪者の事で情報が集まったから電話をかけたんだとか、彼の声は低く真面目な様子で私はコンクリートのように重い足を引きずりながらファーストフード店へ行くことにした。


「ハチ公~」


 入り口で周りを見渡していると手をヒラつかせる彼の姿が見え、軽く頭を下げ向かっていった。


「きたきた、あ、お兄ちゃん、いつものお願いね」


 私が座るなり彼は後ろを横切る店員に注文して再びこちらを見る。


見る感じいつもと変わらない、彼もハァハァと呼吸の乱れた私をみてニヤニヤと実に意地悪そうに口角を上げた。


「もしかして慌ててきた感じ?」


 当たり前だ、あんな普段聞かない声で言われたら心配する。


「……プ!いやはや……クククク、良いバディーをもったよ」


 大きな声で笑えば良いのに、口を塞ぎいつまでも笑う姿はより一層殴りたくなった。はやく内容を話してほしいものだ。


「で?本題に入ってくださいよ」

「ククク……そうだね……プッ!まぁまぁ、真面目な話は事実でな?」


 本当か?


 咳払いをして真面目な表情に切り替え、「まずこれを見てほしい」と長細い茶封筒をテーブルの上に出す。茶封筒の中身を見てみるといろんな人が写った写真だった。しかし見れば見るほど全員体つきが似ていて、顔だけ変えただけの同じ人にも見える。


 実にただ歩いている姿の写真なのに気味の悪い。


「その写真の人物は全員同一人物で、例の犯罪者が向こうにいた時の写真なんだ」


 なるほど、確かにこれは百の顔を持つと説明されてもうなずける。この変装のレベルはスパイ映画も真っ青だろう。感心しながら1枚1枚見ていると

最後の1枚に手が反射的に止まる。


「会ったことがあるだろう?」


 その写真をみていた私を彼はジッと見た。何故わかるんだろうか、その時メイヴさんのあの言葉が耳の奥で蘇る。


ー 今日は1人なんですね ー


 いや、しかし、ストーキングなんてされていないはずだ、なんせ彼は酒を頭から被ったのかと言いたくなるほどキツい臭いがするのだ、仮にされてもすぐに気づく。


「何故分かると言った顔だな?ご主人様ってのは犬の上にいなければいけないのだよ」


 先輩はテーブルの下から、金が入ってそうな銀のアタッシュケースを出す。


「だからお前の事は全てお見通しなのだよ」


 彼の言葉は冗談に聞こえず、店内の空気が冷たく感じ、ゴクリと固唾を飲む。


「ハチ公、出世したいよな?」


 ケースを開けて二丁の拳銃を見せた。何処から取り寄せたのだろうか、電気に照らされるといくつもの小さな傷がチラチラと見え、どれくらい使い込まれていたのかが見てすぐに分かる。


「殺せ」


 昔から聞き慣れていたはずなのに、不思議と手が震えて額から汗が吹き出る。


 殺伐とした世界に無縁なマナティーに憧れていたが、やはり私は知らないうちになっていたようだ。


 平和ボケしたマナティーに……

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