第2話:後悔先立たず
前回までのあらすじ。
俺の名前は起会カバネ、ごく普通の中学生3年生を自称しているが、美少女の美は否定しないが、天使は間違いなく自称のイースレットがここに居つくことになった。
「いってらっしゃーい」
と制服に着替えた俺に話しかけるイース。
「あ、ああ、いってきます……」
ちなみに今日は普通に目覚ましで起きたら、朝食を作ってくれていた。そこでとりとめのない雑談をして、普通に出かけるところだ。
あんな衝撃的な出会いの挙句に恋愛成就のアドバイスと言いながら、特段何もないのだけど。
「今日は用事があるからね~」
とのことだった。
「用事? まあいいけどさ、それと俺のいないところで家の物は勝手に使わないでくれよ、母さんが意外とちゃんとチェックしていて誤魔化せなくなるからさ」
「何言ってんの、人様の家の物を勝手に使うなんて常識はずれなことしないよ」
「人様の押し入れを出入口に使うお前が常識とか言うな」
「カバネ君、モテるための秘訣は女の子に細かいことをグジグジ言わないことなのだよ」
「…………」
まあいい、聞き分けたのは間違いなさそうだ。
ただその素直さにどうにも不穏なものを感じたが、こいつのこういうところに突っ込みだすときりがないので気にしてもしょうがない、出会った一日で学んだことだ。
とイースレットを家に残し学校へと向かうのであった。
●
俺が通学する市立中学校は家から徒歩5分の場所にある。
んで8時25分までに校門が締まるから、それまでに着けばいい。
そして現在時刻は7時50分だ。
まあこれが、余裕をもって間に合うようにという真面目な理由であればいいのだろうが、理由は別にある。
俺は、ちょうど通学路の曲がり角で「時間調整」のため、塀に寄りかかりスマホを開いて調べもののふりをしていたのだが……。
(キタっっ!!)
バクンと心臓が跳ね上がるが、それを悟られない様にスマホを自然な感じで仕舞って歩き出すと、曲がり角でばったりと合流する形で話しかける。
「神上! おはよう!」
平静を装った毎日の精いっぱいの勇気の声、その声に応えるようにパッと向こうも笑顔で答えてくれる。
「おはよう、起会君」
ああ、この笑顔が見れただけでも、勇気を出した甲斐があるってものだ。
そんな笑顔の彼女の名前は、神上カナミ、俺のクラスメイトで……好きな女の子。
中学校1年の時に一目ぼれして以来、ずっと思い続けている。
そのまま2人並んで始まる雑談、話している内容はなんてことはない内容、すぐに忘れてしまいそうな内容だけど。
はあ、可愛いなぁ、しかも性格もいいし、こうやって俺みたいな冴えないグループに属した男子でもちゃんと話してくれるのが証拠だ。
3年連続で同じクラスになった時は、運命を感じただけど、現実は甘くない。こうやって仲のいい友達をずっと出れないでいる。
そんな夢の時間わずか毎日たった数分、
そして当然夢は覚めるものだ。
「ねえねえ、来栖先輩だよ!」
と通学途中の違う後輩女子達が、黄色い声を上げる。
それは後輩女子達じゃない、その声を聞いた他の女子達も何処となく自分の身だしなみを気にして、その人物に注目する。
視線を集めるのは、友人に囲まれた輪の中心で登校する、同じ男の俺から見てもイケメンで爽やかな男子だ。
彼の名前は、来栖アキト。
同級生でクラスメイトで部活も俺と一緒のバスケ部。
来栖はバスケ部のキャプテンでポイントガードでレギュラー。学業成績もトップ、家も金持ちで自身の意識も高く「勉強だけの高校生活は嫌だから今努力する」という理由で、一流大学付属の私立高校への推薦を狙っていて、当確の位置にいる。
能力の高さをはなにかけることなく性格も嫌味なく爽やかでクラスの中心人物で学年問わず女子達の憧れの的。
一方の俺は、同じバスケ部でも控え、チームの勝ちが確定した時だけ試合に少し出してもらえるぐらい。学業成績もパッとせず、進学についても特に何か考えているわけじゃない、多分普通の公立高校に進学するのだろう。
特段能力に秀でているものはなく、クラスでは目立たない脇役だ。
そして神上を巡っての俺のライバルでもある。
神上はモテるが告白されて実は話は聞かない。何故なら来栖が神上のことが好きだって噂がずっとあったからだ。
当然本人もそれを知っているだろうけど、唯一の救いは2人が付き合った話は聞いたことが無い。
いや、それは付き合っていないのではなくて、その話を聞いたことが無いってだけだ。
「来栖って、かっこいいよな……」
と自分から話題を振っておいて「そうかなぁ」とか「私はちょっと」とか、都合よく否定してほしい言葉を現実を与えてくれることを彼女に期待する。
「ふふっ、そうだね、カッコいいね」
俺の好きな笑顔で放たれた言葉で都合のいい現実は存在しないのだと思い知らされ。
その現実を突きつけられても尚、声の色に感想以上の色が無いと……俺は信じてる。
そう、現実は、甘くないのだ……。
●
登校した後、自分の席に座り、教科書を机の中に入れる。その過程でちらっと明戸に視線をやると、今は別の友達と会話に興じていた。
(はあ……)
そんな心の中だけでため息をついたとき、チャイムと同時に先生が来たので、いそいそと席に着く。
(ん? あれ?)
今更気が付いた、教室に違和感がある、なんだろう、この違和感。
「えー、今日のホームルームなんだが、突然のことだが、転校生を紹介したいと思う」
(ん?)
前触れもなく突然の先生の言葉に一気にクラス内がざわつく、転校生、フィクションに限らず、間違いなく本日一番のイベントにカテゴリーされるであろう転校生イベントだ。
ただ噂にぐらいはならないか、こんな突然に来るものだっけ。ってそうだ、その言葉でやっと気が付いた。
机が一つ多いんだ、だから少しずれているんだ、これが違和感。
んで、ちょうど、俺の隣に空席があった。
(…………)
そういえば用事があるとか言ってたよな、あの堕天使。んで常人には考えられない力を持ってるんだよな。
お約束だと、ああいったキャラって国籍や戸籍の偽造とか平気でやってのけるよな。
うーーん、いや、いくらなんでもお約束過ぎてそれはどうかと思う。
実際戸籍の偽造なんて立派な犯罪だし。日本は戸籍調査はしっかりしているから、0から戸籍を作り上げるのは実際には不可能らしく、だからこそ戸籍は偽造するのではなく「買い受ける」のが実際のやり方だ。
だから考えすぎだ、転校生なんて頻繁にあるイベントではないが、タイミングよくこういう事もあるのだろう、おそらく天界の用事に違いないのだ。
「私の名前はアルドベルグ・フォン・イースネットです! イギリス生まれのドイツ育ちで国籍はフランスの留学生です! お気軽にイースと呼んでね!」
うん、まあ色々言ったけどベッタベタな展開が現実で起きると「あー! なんでお前がー!!」とかデカい声出して突っ込まんね実際。
●
さて、あの後、恒例の転校生質問攻めタイムを経て、見てくれは良いから男子たちの話題の的になったものの意外な点が一つあった。
それはイースは俺と初対面という体にしたことだ。それこそお約束なら、俺の家に居候とかでまたひと悶着ありそうだけど、そのおかげで、イースと特に会話することも無かった。
んで、イースは、女子生徒達、主に神上を中心としたグループにうまく溶け込み、放課後には一緒にスイーツを食べるといった帰る算段まですましたあたり、流石コミュ力モンスターだと思った。
まあ被害という被害は、部活中とか帰り途中で買い食いした時に「イースちゃんって可愛いよね!」「巨乳最高!」と盛り上がっていて、俺も「ああ、そうだね、可愛いね、巨乳だね」と心にもないことを言う羽目になったぐらいか。
さて、そんなこんなで帰宅、部屋の中には人の気配。
さて無断で転校してきた訳を聞かなければいけない。
ガチャリと自分の部屋の中に入ると、テーブルの上にハート形の画面があってそこには。
切なげな顔で神上を見る俺が映し出されていた。
――「来栖って、かっこいいよな……」
――と自分から話題を振っておいて「そうかなぁ」とか「私はちょっと」とか、都合よく否定してほしい言葉を現実を与えてくれることを彼女に期待する。
――「ふふっ、そうだね、カッコいいね」
――俺の好きな笑顔で放たれた言葉で都合のいい現実は存在しないのだと思い知らされ。
――その現実を突きつけられても尚、声の色に感想以上の色が無いと……俺は信じてる。
――そう、現実は、甘くないのだ……。
「ギョワワーー!!!」
「ふっ、恋は人を詩人にするのよね」
「なんだよこれなんだよこれなんだよこれ!!!!」
「近い割には随分早い時間に出るなって思っていたのよ、んで多分ストーカーするんじゃないかなぁって思ったら案の定、おかげさまでいい映像が撮れたわ」
「撮れたわ、じゃねーよ! ストーカーでもねえよ! しかも俺の思考を読んで俺の声で読み上げるとかとんでもない装置だな!!」
「……へ?」
「ん?」
「いや、思考を読むなんて流石に無理よ、これは映像に私がそれっぽいモノローグをつけてアンタの声を合成してあてた自作動画よ」
「へ、へー! そうなんだ! ったくさ、勝手にモノローグつけるなよな!」
「…………」
「…………」
ポン ←優しい笑顔で肩に手を置く。
「くっ!!!」
●
「んで、なんだよ転校生って、説明してくれるんだろうな」
「もちろんよ、理由が無いわけないでしょ?」
「ほほーう、聞かせてもらおうか」
「まず転校について、天使学校は現世と違って実技重視なの、故に私に限らず人間界の学校に留学している子も多い、だから転校しても大丈夫なのよ」
「……え?」
「それと次に出身国について。日本には舶来品志向があるからそれを利用する。例えば仮に私が天使の云々の口を滑らせてしまったりした時に「文化の違い」で終わらせるためにね。つまり今後の活動する上で役に立つというのが大きな理由ね。特に日本は無神論者が普通でしょ? だから宗教についてかなり敏感よね、カバネが最初私を「怪しげな宗教」とか言ってたように」
「あ、ああ、そうだったな」
「次にアンタと初対面を装ったのは単純にアンタの恋愛に協力するためよ、だからこそ神上側と仲良くなることに集中する必要があっの、そんな時にこうやって変に知り合いだとバレると色々と面倒でしょ?」
「う、うん」
「今後はまあ、私を介して神上さんとお近づきになるって方法を採ろうと思っているけど、焦るとろくなことにならないから、折を見て調整していきましょう」
「…………」
な、なに、凄いしっかりしてるじゃないか。
「だから今日も皆と遊ぶついでに、アンタが望むリアルな女子中学生の恋愛事情って奴を仕入れてきたよ、皆へのアドバイスついでにね、こう見えても私、モテるのよ」
「…………」
外見だけは巨乳美少女のコイツだ。見てくれに騙された奴も多いだろうから、モテた経験は瞬間的にあるかもしれない。
「い、いや、凄いじゃないか! いい加減なばっかりじゃないんだな!」
「いい加減って、まったく、まあいいわ、さて、早速披露しないとね、喜びなさい」
「パチパチ!」
「さて、まずアンタが気にしている顔なんだけど、まあ大事と言えば大事よ、だけどそれだけじゃないわ」
「まじか! そうだよな! 男は顔じゃない! 中身なんだものな!」
と喜ぶ俺にイースは親指と人差し指で丸を作ってこういった。
「女子中学生もイケメンも大事だけど、金も方も大事やでぇ~」
「期待した俺がバカだったよ! この年で金で釣るのかよ! キャバクラ通いのおっさんか俺は! そもそも金なんて持ってないし、って本当は?」
「? 本当はって?」
「だから! 恋愛のアドバイス! リアルな女子中学生の恋愛事情とかどや顔で抜かしたのはお前じゃねえか!!」
「いや、だから、コレが大事って言ったじゃん」
「…………」
「…………」
「え? あとは?」
「なんだかんだで顔だよね~って話してた、んで性格はその次だって」
「…………え、うそ?」
「嘘じゃないよ」
グラァと床が傾く感覚。
「い、いや、う、うそだよ、だって、お金って、顔って、そんな……」
「…………」
「もしもーし、カバネくーん」
「ってイース! 神上は違うよな! そんなこと言ってないよな!」
「そういえばカナミちゃんは言ってないね、笑ってただけだね」
「しゃあああ!! せーーーーーふ!!! 神上は顔とか金とかさ! そんな外面だけで男を決めるような女じゃないのだよ!!」
「そう、俺は、信じてる(笑)」
「うっさいわ!」
●
「んで、とりあえず顔と金はどうにもならん、どうにかならんの?」
「ふふん、天使を侮っちゃいけません、いい方法があるわ!」
「おい、犯罪は絶対に嫌だぞ」
「犯罪て、私は天使よ、法に触れることなんてしないわ」
「まあ、わかったよ、んでいい方法ってなんだ?」
「私の力を使って他人の脳をちょちょいといじくれば合法的に金をくれる。それを複数人にかければいいのよ。おっと、安心して、後遺症は全くない、お金はこれで解決ね!」
「法律に触れないから何してもいいってわけじゃないんだぜ、堕天使さん」
「うーーーん、となると次は、カナミちゃんの頭をちょいといじくって」
「だから正攻法を考えようよ!! 正しく攻める方法と書いて正攻法!!!」
「正攻法か~、んー、パッと思いついたのが一つあるけど」
「……本当に正攻法なんだろうな?」
「分かってるわ! これがその秘蔵のアイテムよ! これはね、なんと!」
と自信満々で懐から取り出したのは液体の入った小さな小瓶。その小瓶を置いたイースは自信満々に言い放つ。
「惚れ薬よ!」
「おい、さっきの「分かったわ」って言葉は何だったんだよ、何が分かったんだよ、何にも分かってねえじゃん」
●
「まったく、何が惚れ薬だよ、って、本当にこれで人が惚れるのか?」
「そうよ、これを服用した直後に、一番最初に見た人を好きになるよ」
「……普通にいらんわ」
「そう、じゃあしまうわ」
と小瓶を持とうとした手をガシッと抑える。
「……何急に手を握ってんの? キモいんだけど」
「いや、べべ、べつに使わないけど、ど、どれぐらいの、効果があるのかなぁって」
「…………」
イースは視線を小瓶に移すとこういった。
「同性同士でも効果てきめん」
「どーせーどうし!(裏声) そ、そうなんだ! それは大変だ! なあイース! こんなものを見る機会って滅多に無いからちょっと貸してもらっていいか!?」
「…………」
じーーーーーっとメンチを切るイース。
「…………貸して欲しいの?」
「おおおおう!!」
「貸すだけ?」
「もちろん!!」
「使わない?」
「つつつつっつかわない!」
「本当に?」
「ほほほほほほんとうに!!」
「ちょっと信用できないなぁ」
「なななななんなら! もし使ったら! めめめめめ目でピーナッツを噛んでやるよ!」
「…………ま、そこまで言うのならね、はいどうぞ」
と小瓶を渡される。これが、惚れ薬なのか。
「用法用量を守って正しくお使いくださいね」
「当たり前だろ、って使わないけどね!!」
「じゃあ、私は帰るね~」
と押し入れをガラッと開けると自室に戻り、自分の部屋に自分1人だけになったのだった。
●
――次の日
神上は女子バスケ部に所属している。練習に使うコートは隣同士だ。
そんな部活動が盛んな中学校じゃないから、前半後半に分けて週に4日ほどだ。大会だって、大体市の大会でベスト8ぐらい、過去何回か粒ぞろいの先輩たちが揃った時は市大会で優勝したことがあったそうだけど。
顧問の先生は男女兼用で、練習メニューはそれぞれに作成してくれており、そのメニューに従って部活動を行っている。
練習の時間は一緒、だから終わる時間も一緒。
その部活中に皆が飲むのは中学校らしく、自動販売機で50円で飲める格安ジュース、味だってオレンジ、リンゴといった種類もあって味も美味しい。
そして「たまたまのタイミング」で、神上と2人で話している時に「たまたまのタイミング」で顧問の先生から用事を仰せつかった、用事、なんてことない、部活の備品の片づけの手伝い。
後輩ではなく俺達なのは、先生にとっては「たまたまのタイミング」で俺と神上が目に入ったから頼んだのだろう。
ジュースを体育倉庫の隅において作業していると、押上は女子バスケ部の部室に物を運ぶ関係で、別行動になり。
たまたまのタイミングで俺は1人になった。
どうしてこんな時に、偶然に偶然が重なるんだろう……。
(なんて言い訳がましい、惚れ薬を持っているくせに、そうなるように、動いていたくせに……)
何が正攻法を考えようだよ。
だけど、だから、だって、だって。
(俺なんかを相手にしてくれるわけないじゃないか! 顔とか金とか! そんなの! 言われなくたって分かってる! どう考えたって! 俺よりも来栖を選ぶに決まっている!!)
それを認めたくなくて、認めたところで、結局俺は……。
ポタポタと数滴たらして、惚れ薬をポケットにしまう。
薬をポケットに仕舞った後、すぐに神上が戻ってきた。
ほら、でも、このパターンだと実際はジュースを残したりとか、あるかもしれない、それなりに量があるし、それと何らかの邪魔が入ったりとか。
彼女は何の疑いも無く彼女は残りのジュースを飲みほした。
ドクンドクンとその光景から目が離せない、周りの音が何も聞こえない、神上は、そのまま、小型の牛乳パックを綺麗に折りたたむと。
「さっ、終わったから戻ろっか」
としっかりと俺を見て、そのまま歩き出した。
「…………え?」
まったく変化が無い、俺に何か話しかけてくるけど、全く頭に入ってこない。
びっくりするほど、普通だった。
「あ、あの……」
「ん?」
「その、なにかない?」
「何かないって?」
「……い、いや、別に、なんでもない」
「? う、うん、なんでもないのならいいんだけど……」
特に気にしてない様子で、部活棟に入って、それぞれ男子と女子に別れる。
強力ですぐに効果が出る薬じゃなかったのか。
その後も、特に何かあるという事も無く、俺は呆然とした足取りで家に帰った。
●
気が付いたら玄関前に立ってた。多分部活仲間と何かを話したのだろうけど、よく覚えていない。
そして玄関では、まるで待ち構えていた、いや、実際に待ち構えていたであろうイースが立っていた。
「…………」
イースは何も言えない、俺はイースの顔を見れなくて俯いている。
そしてその視線を遮るように手を出してきた。
「返して、惚れ薬」
「…………ごめん」
「そう」
それ以上何も言わずそのまま手を引っ込めると衝撃的な一言を告げた。
「効果なかったでしょ?」
「……え?」
イースは何も言わずに俺のポケットから瓶をひょいと持ち上げて俺に見せる。
「言っておくけど、これ正真正銘の惚れ薬なんだけど……」
「飲み薬じゃなくて目薬なのよ」
「…………え?」
「だから言ったでしょ、服用後に一番最初に「見た人」を好きになるって」
「…………」
「そうそう、別に飲んだからって体に害はないから安心して、無味無臭だからね」
「…………そう、だったんだ」
「言ったでしょ? 用法用量を守り正しくお使いくださいって、間違えればそりゃ効果はないよね」
点眼薬だったんだ。
そっか。
だから、神上は普通のままで、本当に……。
「良かった!!!」
「凄い後悔してたんだ! なんて馬鹿なことをしたんだろうって! 自分勝手な言い訳並べてさ! なんて卑しいんだって! 相手に罪悪感も凄いし! 自分がこんなに卑しい人物だってことが情けなくて! そんな感情がごちゃ混ぜになっていて!」
イースはじっと見つめている。それは最初から分かっていたような顔だ。
「お前、ひょっとしてわざと」
「そうよ、絶対に飲み薬だって勘違いしているんだろうなって思ったから貸したの。まあ途中で気が付いたら辞めさせるつもりだったけどさ、カバネ」
「取り返しのつかないことをするってのはどういうことなのか、分かったでしょ?」
「……うん、今回ばかりは、お前の言うとおりだ、もう二度としない、懲りたよ」
「わかればよろしい、ま、こういう時はぱーっと飲んで忘れるものよ!」
「飲んで忘れるって、俺は未成年だぜ、おっさんかお前は」
「じゃ、私はおつまみ持ってくるよ」
と意気揚々と台所へ消えた。
「…………」
その姿を目で追い、軽くため息をつく。
「今回ばっかりは、アイツに学ばせてもらったな、流石一応天使ってことか、ありがとな、リース」
俺は、そのまま、玄関に向かう。
「今日は夜風に当たりたい気分だ」
実はこのマンションは、住民にだけ屋上が解放されている、30階建ての屋上からだから、長めが相当にいい、もちろん高い柵に覆われているけど、俺の好きな場所だ。
そこに行くために靴を履いた時だった。
後ろからガシっと肩を掴まれる。
「……おい、なんだよ、俺は今、夜風に当たって、星空を眺めたい気分なんだ」
「その前にやることがあるだろぉ?」
後ろでざらざらと何かピーナッツが転がる音がする。
「おいおい、だからさ、食べ物ネタで笑いを取るってのは、個人的には品が無いと思うんだ、世の中には今日食べる飯にも困る人がごまんといる人がいて、俺は小さいころ母親に食べ物を残すと、そうやって躾けられたもんだ、だから」
ぎゃあああと、再び自宅に俺の悲鳴が木霊するのであった。