第1話:天使襲来
それは日曜日の朝のこと。
金曜日に学校が終わり、部活仲間と楽しい時間を過ごし、共働きの両親が夜勤で土日両方とも不在という幸運を活かし、自室で深夜までゲーム三昧。
勉強? もちろん明日から本気出すぜ。
そんな最高な時間を心ゆくまで過ごし、朝、布団の中で惰眠をむさぼっている時だった。
「こらっ! 日曜だからっていつまで寝てるの!」
そんな可愛らしい声と共に、タタッと軽快な足音がしたと思うと、カーテンが音を立ててシャッと開く音がする。
「うーん」
と不機嫌気味に布団の中で身じろぎながら目を開けると。
そこには両手を腰に当てて俺に向かって微笑んでいる女の子がいた。ちょっとだけ露出した服を着た俺と同い年位の巨乳で美少女といっていいぐらいの女の子が立っていた。
「起会カバネ君! 早起きは三文の徳と言いますよ! こんなにいい天気なのに寝ているなんてもったいないよ!」
と言いながら寝ている俺に跨ると「さあ起きなさい!」と言いながら、そのまま掛け布団をぐいぐいと引っ張るが俺は抵抗するようにしっかりと掴む。
「もうっ、強情だなぁ、だけど、この体制じゃいつまでもつかな?」
と嬉しそうな声、確かに上から両手で引っ張る力と、掛け布団の端しか掴んでいない力、いくら相手が女の子と言えど、当然に。
「お、き、な、さああい!!」
と抵抗虚しく、結局その大きな声と共にそのまま掛け布団が剥ぎられてしまった。
「ふふん♪ 無駄な抵抗だったようだね♪」
そのまま得意げに胸を張り、満面の笑顔のまま視線を俺の、正確には下腹部の方に視線をやったと思ったら顔を真っ赤にした。
「~~~っっ!!! もーー!! ばかーーー!! 何考えてんのーー!!」
ポカポカポカポカ。
「…………」
ポカポカポカポカ。
「…………」
「もー! なんか言ったらどうなの!?」
ポカポカポカポカ。
「アンタ誰?」
●
「私はアルドベルグ・フォン・イースネットです! よろしくね!」
「…………どうも」
「こらっ! 自己紹介の時はお互いに名乗るものよ! これだから近ごろの若い者は! なーんてね! クスクス」
「いや、クスクスじゃなしに、なんなの、折角の日曜の朝一で」
「まあそうね、いきなりでびっくりするよね、だけどもっとびっくりすることがあるの」
「えー、これ以上なんかあるの?」
「あるの、実はね、私、この世界で言うところの」
「天使なのよ!!」
「…………」
うわあ……。
「かいつまんで事情を説明すると、私は天界の学校に通っていてこう見えても首席なの。先日そこで卒業試験があったのだけど、その試験内容が「人を幸せにする」ってことなの、だから貴方を幸せにするためにここに来たのよ!」
「あーはいはい、まったく折角の日曜日なのに、もう」
再び掛け布団をかぶって寝る。
はあ、可愛くて巨乳かと思ったら宗教かい、まあそうだよね、世の中そんなに甘くないよね、と思いつつ布団をかぶって自称天使に告げる。
「あーそうだ、イースネットだっけ? えーっと、君が何の宗教を信じるかは自由だよ、だから俺が信じないことも自由だと思います、以上、説明終わり」
「…………(ニヤリ)」
「それと別に不法侵入だって訴えたりしないから、とっとと出て行ってね、ってどこから入ってきたの? 玄関の鍵、かけ忘れたっけ?」←見てない
「……空を飛んできたからね、ベランダの窓が開けっぱなしだったからそこから入ったのよ」
「空かぁ、ここは5階なんだけどなぁ、まあいいや、俺も小さいころタケコプターをつけて空を自由に飛んでみたいとか思っていたから気持ちは分かるよ。ってことで普通に玄関から出て行ってね、鍵は後で俺がかけておくから、おやすみ~」
「天使だって信じられないの?」
「当たり前でしょ」
「なら、私が本当に天使だったらどうする?」
「ははっ! いいよ、本当だったら何でもしてあげるよ、君の入っている怪しげな宗教にだって入信してやるさ、後はそうだなぁ、あ、そうだ、タケコプター繋がりで鼻からスパゲティ食ってやるよ」
「ほう、今何でもするっていった? そういったよね? もう後戻りできないからね?」
と一段低くなった声に掛け布団から視線だけ向けると。
「一番の説得力はビジュアルよね、人間界での天使の姿のテンプレ像といえば」
と言い終わった瞬間、イースネットが少しだけ輝いたと思うと。
バサッと、背中から一対の白い長さ2メートルの翼が出てきた。
( ゜д゜)
「じゃあ、次は貴方の小さいころの憧れを叶えてあげるわ」
「……エ?」
すっと手を握られる。
「大丈夫よ、私たちが空を飛んでも、人に見れない様にできるのよ、そういう力を使っているから」
「……エ?」
とそのまま呆然としたまま手をひかれて、ベランダに出ると。
「さあ行きましょう!!」
と言った瞬間に、凄い圧と共にグンと体が引っ張られる感覚がしたと思うと。
イースネットと共に上空500メートルぐらいの位置まで飛んでいた。
ああ、スカイツリーが同じ目線で見える……。
「ギャアアアアア!!!! 怖い怖い怖い怖い!! ひいいい!!! 落ちたら間違いなく死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬううぅぅ!!」
って浮いているのはイースネットだけで、俺は普通に重力の影響を受けているのだ。
「私が天使だって信じる?」
「信じます信じます信じます!!!」
「はいよくできました」
とリースネットが手をかざすとふわりと、今度は俺も空に浮いたのであった。
●
「はー、はー、はー、死ぬかと思った、マジで……」
部屋に戻ってきた俺とイースネット。
彼女の翼は既に仕舞っている、というよりも別に出す必要はないのだそうだけど。
「…………」
イースは俺を見てニコニコ笑っている。
今も尚信じられない、本当に天使が存在しているなんて。
そんな呆然とする俺を意に介さずイースは続ける。
「まあ天使ってのはそっちに分かりやすいように言っているだけなんだけどね、えーっと、さっきも説明したとおり、私は天界の学校の首席なの、それでその為の卒業試験があって、その試験内容が貴方を幸せにすることなのよ」
「ああ、それは、分かったよ……」
と圧倒されていたものの。
「ってちょっと待った、事情は分かったけど、一番最初のアレはなんだったんだ?」
「アレって?」
「なんかどこかで見たような幼馴染キャラみたいなのだよ、朝起こしてくれて、男の生理現象見て顔真っ赤にするベッタベタの展開」
「あーあれね、あの後貴方が起き上がってくれれば、そのままラッキースケベに持ち込むつもりだったのよ、結果頓挫したけどね」
「ラッキースケベ!? なんで!?」
「え? だって、ほら、あんな感じが好きなんでしょ? それで幸せになれば、一気に課題クリアできるかなぁって思って」
「またえらい安直な方法を採用したね!!」
「だってそんな展開大好きじゃない、ほらアンタの秘蔵書」
「ギョワワー!! 俺のバイブル「いちごフルパワー100%中の100%!!!」がー! 勝手に読むなや!!」
「ぷっ、タイプの違う美少女に囲まれてまぁ(苦笑) 言っておくけど、これはあくまでフィクションで妄想と現実の区別をちゃんとつけないと犯罪者に」
「区別がついてるから好きなんだよ!! 好きと幸せは違うんだよ!! って犯罪者って! またテンプレな偏見だなおい!!」
「ちっ、簡単に終わると思ったのに、じゃあ、アンタにとっての幸せって何なのよ」
「また偉い哲学的な、うーーん、ほら、好きな人とデートするとか、彼女に出来たならなぁとか、じゃないか?」
「ふーん、そういうってことは、いるのね、好きな人」
「そそそそそれはその!!! べべべべつに!! そんなのいねーーーし!!」
「あらあら、可愛い、分かったわ、じゃあ、私が愛のキューピッドになってあげよう! 天使だけに!!」
「嫌な予感しかないんだが……」
「メリットはあると思うけどね~、アンタ、女心分かるの?」
「う……」
た、確かに、同世代の女の子って何考えているとか、何が好きとか全然わからないし。女側の協力者がいるってのは確かに心強い。
しかも天使とか言っているけど、要は人知を超えた能力者だってことだよな、色々と助けになるかも。
「わ、わかったよ、女の立場からのアドバイス、頼りにするぞ!」
「はいはい、これからよろしくね」
と手をひらひらさせるイースネットであったが、この様子を見ると。
「って、お前は何処に住むつもりなんだよ!! まままさか!! 一緒に住むとか!?」
「……は? それは無理でしょ、貴方普通に両親いるし、共働きで休みも不定期だからいないことも多いけど」
「あ、ああ! そうだよな! 悪い悪い!」
「あー! なるほどね! いきなり舞い降りた美少女と同棲って妄想ね! 大丈夫! 私そういうのには理解がある方よ! 今話した感じだとイチゴよりもダークネスの方が好きなのかしら!」
「くっ!! こ、こいつ!!」
「まあ大丈夫よ、妄想の半分は実現してるから」
「……は? 何半分って」
リースレットは、そのまま俺の部屋の押し入れをガラッと開けると、そこは。
「な、な、なにこれ?」
誰かの部屋なのだろうか、そんな異世界空間へと繋がっていたのだ。
「ここは天界の私の部屋なのよ、私の部屋の窓とここを繋いだの」
「お、お前、勝手に」
「大丈夫よ、私の部屋と繋がっていない時は、ちゃんと押し入れとして使えるはずだから」
「それはお前にとって大丈夫って意味な」
「というわけで交友を深めないとね! 普段は夜ご飯、どうしているの?」
「どうしているのって、大体お金が置いてあるから、それで適当にコンビニで」
「あらら、そんな若いうちからコンビニ飯って、それは今後も「大丈夫」ね、私が腕によりをかけて作ってあげるわ」
「……え?」
●
最初は信じられなかった、どうせベタベタに消し炭が出てきて「カレーライス」とかが妥当なオチだろう思ったのだが、それはエプロンをつけた段階で期待を抱かせるもので。
その期待のとおり、手際よく作り始めるのが分かった。
間違いない、料理を普段から作っているものの「手慣れた」感じがする。なんだろう、先ほどまでの適当いい加減なイメージを払しょくするのには十分すぎる程の手際のよさだった。
「はい、お待ちどうさま」
そこだけはいつものと変わらない軽い調子で出してきたのはパスタだった。
俺の好きなペペロンチーノ、ガーリックの香りが鼻孔をくすぐる、それが2皿分あった。
呆然と見る俺にリースレットはクスリと笑う。
「どう?」
「いや、凄い、見直した」
「ふんふん、手料理を作れば男はチョロいって噂は本当だったのね、さあ、食べて!」
「チョロいか、いいよ、チョロくても、ありがとう、いただくよ!」
女の子の手料理だ、それだけで無条件で嬉しいものなのだ。
そんなウキウキしながら席に座り「それじゃ、いただきまーす!」とパスタにフォークを突き刺そうとした瞬間。
ガシっと手を握られた。
「…………」
「…………」
「……おい、なんだよ、俺は今、お前が腕によりをかけて作ってくれたパスタを感謝の念を込めながら食べるところなんだが」
「口じゃないだろぉ?」
これ以上ないほどに、意地悪な微笑みを浮かべるリースレット。
「おいおい、やめろよ、食料を粗末にするってさ、今はほら、PTAとかさ、色々とうるさいんだぜ? 昔は食べ物を爆破させて笑いを取るなんてことは平気でまかり通っていたんだけど、今じゃ食べ物をちょっとでもネタにしたら「この後この食べ物はスタッフが美味しくいただきました」なーんてテロップまで出さないといけない世の中で」
ぎゃあああと、自宅に絶叫が木霊したのであった。