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第8話 王権の所在

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問題の星域はエストリダではなく、シエルダルでございます。他の点も多少在りますが、大筋には関係致しません。


「……今回のファーマムール軍の侵攻は、まだ本国国境には達しておらず、シエルダル緩衝星域に留まっております。現在のところは、陛下の国軍にて国境線の防備を整えられたら充分対応できるのではと考えます。

 よって、国軍最高司令官閣下に派兵の進言は先ほど致してまいりました。

 恐らく、近々に陛下のほうに上奏にお見えだと存じます。

 本来なら、閣下からお耳に入れるべき件ではございますが、僭越を承知でご報告申し上げます」

 マーブリック大司教ラヴィロア・ジャザイルは、国王を訪ね、まずその件について話した。

「情勢はわかった。

 マーブリック大司教のご配慮、感謝する。

 しかし、おかしな事だな。余は、今初めてリアルタイムで情勢を報告された。

 私のところに来るのは、いつも事が終わった後なんだ。艦隊クラスの移動の際には、国璽と王印の両方が必要だが、いつも国璽のみ王太后様のところで押されて、行動が開始されてから、書類が回ってくる。

 余には事後承諾で構わないと思っているんだろう。

 まだ若輩者だから、摂政無しには国事は行えないのだろうが」

 国王は、左中指に嵌められた王印指輪を示した。

 その書斎の、いつもはアーサーの座っていた席に座るラヴィロアは、今日は騎士団の制服ではない。生地こそ上質だが、純白の僧服に徽章ひとつ付けていない。

「一つ、気になる事がある。ファーマムール王国の狙いは、新王の擁立ではないのか」

 国王は率直に云った。

「さて。どうでしょう。

 第一、現状で、ファーマムール王国は、我が国に対して領土緩衝域以外の接点を持たない。テロリスト支援がありますが、それが王家といかなる関係があります。

 それにもし、陛下を廃し、新王の擁立を行うとして、新王にアストレーデが開示されたという証明を行うためには、修道会の承認が必要です。もし、可能性があるとすれば、ファーマムール王国は、自国の王国教会教主にその承認を行わせる以外にはないが、それでは帝国の承認は降りないでしょう。

 現状で、ファーマムール王国教会は騎士団も含め、総教主に恭順しておりません。

 それなりの理由があるので、我々もその件に関して、ファーマムール大司教に責を問うことができないのですが、どちらにせよ、総本山の意向を無視して成立する話でしょうか。 動機はあっても、要件が揃わない。現状で干渉してくる事はありません。

 それに、私がまもなく参ります。

 何か意見があれば、わたしが対応しますから、ご心配無く」

「余は無力で王としては拙い。

 ……これ以上、国がすさむのは辛い……」

 国王は、微かな声で呟いた。

 それは、心の緩む一瞬だった。建前と、演技の日々の中で、ふと緊張の糸が切れてしまったとも云える。本心など、自分の心情など無視してきた。誰の前でも、そう振る舞えるものと思っていた。まあ、ギルに対してだけはある程度仕方がなかったけれど。

 マーブリック大司教は、国王の前に膝を付き云った。

「陛下は誰を手駒にしたと思っておられるのか。

 私がここにこうして参上した以上、何人の命も国政の犠牲にはさせません。

 まず、陛下が、軍務大臣閣下と、宰相閣下をお召し下さい。

 陛下はこの国の王でいらっしゃる。その権利をお持ちです」

 ラヴィロアの厳粛な言葉が、国王の魂を射貫いた。

「侍従長を」

 国王は、控えの侍従に命じた。

「陛下、両閣下が参りますには、相応のお時間もかかりましょう。

 よろしければ、陛下、ともにこの情勢下において命を散じた者のために、追悼の祈りを捧げたいと思いますが、グランヴィル大聖堂を開けては下さいませんか。

 そこに両閣下をお召しください」

「余も、その機会が欲しかった。そのように手配させよう」

 間もなく駆けつけた侍従長は、その白い僧服姿をルーサザン公爵と認めて、顔を青ざめさせた。

 この部屋まで取り次いだ者は、その姿があまりに普通の一修道士姿だったため、あくまで講師役のアーサー・レイノルズと同列ほどの講師とばかり思い込み、その正体まで気づかなかったのである。

「侍従長、まず、グランヴィル大聖堂の鍵を開けよ。

 そして、大聖堂にベリード元帥と、クラレスガラン伯爵を招集し、今回のファーマムール王国への対応措置について至急尋ねたいと申し伝えよ」

 侍従長は跪礼した。

「ですが、王太后様の許可を得ませんと、両名の招集は」

「陛下は、ただ、施政者として対応策について尋ねたいと仰っている」

 ラヴィロアは、口を挟んだ。

「正式な沙汰は、もちろん摂政である王太后リン=ガーレンディラも交えた席で成される問題であるが、私が今日、ご教授する者の立場として参上した以上、国としての対応を臣に問うた上で、講師である私に考察の一助をと望まれている。

 ご考察のみの事に、リン=ガーレンディラに許可を得る必要があるのか」

 その威厳ある態度に、侍従長はただひれ伏し、そして了承の意を表して慌てて駈けて行った。


「……慈悲垂れたもう水の女神ルーリアによって、地に恵みの満ちたることを。

 太陽の神ライドによって、地の明るく照らされたもうことを……」

 マーブリック大司教によって唱えられる祈りの言葉が、壮麗な礼拝堂の天井に響く。

 色ガラスで飾られた天窓から降る光によって美しくきらめく祭壇の前で、大司教は諸々を清める聖句の後に、慰霊の詞を唱えた。

 祭壇の前に頭を垂れ、祈りの姿勢をとる国王は、幾分気持ちが晴れたのか、少し安らいだ表情をしていた。

「陛下。御身は王でございます。

 御身は、この国を統べるに足る教養と見識をお持ちのはずだ。

 あとは、実践なさるだけ。

 御身の王たるを示し、この国の憂いをお払いください」

 礼拝を終えて暫しの後、ベリード元帥とクラレスガラン伯爵が礼拝堂に入ってきた。

「国王陛下には、ご機嫌麗しく」

 二人は並んで王に対する礼を捧げた。

「祝福を差し上げます。こちらに」

 ラヴィロアは、両名を祭壇の前に跪かせた。

「ベリード元帥に戦神タルラの助力のあらんことを。

 クラレスガラン国務大臣に、法の神である天空神アードの助力のあらんことを。

 また、その施政の健やかならんことを」

 祭司の印を切り、祝福を終えた。

「ルーサザン公爵閣下がおいでとは」

 国務大臣が早速云った。

「国務大臣閣下には、こうして対面するのは初めてでございますね。

 マーブリック大司教ラヴィロアでございます。

 レイノルズ修道士を派遣したので、急に誰かを選定するわけにもいかず、上司である私がまいりました。

 元帥閣下には、お久しぶりでございます」

 その時、国王はおもむろに発言した。

「国の大事だ。諸侯らの挨拶はよかろう。

 早速、今回のシエルダル緩衝星域へのファーマムール王国の侵攻の件について尋ねたい。

 まず、国務大臣、この一件について、王太后様には進言してあるのか」

「はい。

 元帥よりの報告を受け、つい先ほど書類にしてお渡し致しました」

「母上は、すぐに書類をご覧に成る性質ではいらっしゃらない。

 伯爵は、その事を了承していよう。なぜ、口頭にて報告をしない」

「王太后陛下は、ただいま午睡中でございましたので」

「国土が侵略の危機に際しているのに、午睡のほうが大事と云うか。

 では、元帥に問う。

 今回のシエルダル緩衝星域において、我が軍が当該星域にできる勢力を述べよ」

「行程半日の至近のベルードル星域に駐留している艦隊数およそ二個艦隊。

 行程一日では併せて七個艦隊であります」

「ならば、敵は半日在れば駐留艦隊を持つ要所に到達できるという事だな。

 即時の派兵行動が必要なのではないか。その手配はどうなっている」

「至近星域には、修道会の駐留艦隊が居りまして、その支援があれば当該星域での防衛ラインは一応確保できるものと思います。

 よって、我が軍は、示威行動として、ベルードル星域の艦隊をシエルダル星域に展開すればよろしいかと」

 国王は、元帥への質問を一旦中断し、ラヴィロアのほうを見た。

「ベルードル・ファラード両星域には、騎士団としてすでに支援のための艦隊を手配しております。

 シエルダル星域に、国軍の当該星域における全勢力を投入なさっても構いませんよ。

 防衛の任をお任せ下さるなら、背後の守りに最善を尽くさせましょう」

 ラヴィロアは云った。

「ですが、敵の勢力は三個艦隊。先ほどは報告するのを失念しておりましたが、勇猛で知られるアギール公爵の麾下の艦隊ですが。

 我が騎士団ですら、正面切って相手をしたくはありません。

 ですから、ベルドール・ファラード星域に敷く防衛ラインに迫って来ない限り、当方は一切相手は致しません。

 僭越ながら、二個艦隊で足りますか」

 その皮肉めいた眼差しに、元帥は憤慨した様子で云った。

「それは、公爵、お言葉が過ぎますぞ」

「そうですか。それは失礼致しました。

 修道騎士団は、神の恵みをうけたる人々の命を守るために存在致します。人の居住せぬ場所まで守るのは、いささか教理に反してしまう。

 だが、国軍の兵士とて、尊いアストレーデの神々の愛したもうた命であります。

 危惧があれば、申し上げるのが修道の徒の使命と思し召し下さい」

 修道士らしい、慈愛あふれる笑みを両名に向ける。

 元帥が、奥歯を噛みしめて感情を抑えているのが見て取れる。

「何をしている、国務大臣。

 元帥とともに直ちに王太后様の居室に赴き、一刻も早く事態を報告するべきではないのか。

 余も、しばらくしたら西宮に赴くこととする。

 派兵の件は即断が肝要。王太后様の寝所であろうと、国の一大事に体裁を繕う必要があろうか。左様に申し伝えよ」

 両名は、国王の命を受けて退出した。

 その瞬間、国王はふーっとため息を漏らした。

「お出来になるじゃないですか。

 出来るのに、なさらないから、リン=アールシャーナがお叱りになるのです」

「ギルが話したのか」

「ええ。あれはあれなりに、お二人のことが気がかりなのです。

 修道会に放り込んだまま、あまりに外の水に触れさせないできたもので、上流貴族の師弟とはとても思えぬほど、純粋に育ってしまった。権謀術数とか、陰謀とか、腹芸とかには無縁な子供です。ご無礼を重ねてきたと存じますが、どうかご容赦を」

「いや、ギルは、私の宝だ。

 この宮廷にあって、最も信頼に足る友だから」

「それは、光栄な事でございます。

 ですが、あれは、もう宮廷には参上致しません。

 近々、帝国教会に預けます」

 その言葉を告げられて、国王は少し寂しい目をした。

「そうか。

 エリンラーデ公爵の実力というものを、こうも見せつけられては、宮廷の者も黙ってはおるまいな」

「おわかり頂けましたか、私を手駒にするという事がどういう意味を持つのか」

「ああ。権威というものの格の違いを理解した。

 今日、余の王権を支えたのは、ルーサザン公爵と、背後にある修道会の権威。

 それを、余自身の権威として、自己の王権を支えるのが当座の目標だな」

「左様でございます。

 さて、ついでですから、リン=ガーレンディラにご挨拶しておきましょう」


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