第30話 リバーサー(再生者)
アーサー・レイノルズ三位修道士は新型指揮専用艦シンラのシステムを稼働させた。
シンラは旗艦ではない。
中型高速攻撃艦を特別な目的だけに改造したものである。
この艦はアーサーのみの為にある。
アーサーは、指揮専用ポッドの中に身体を沈め横たわった。
視神経がロックされ、シンラのサーバーに接続する。
四肢の運動神経も同時に別の感覚に切り替わる。
電脳神経の接続を感じると、麾下の第八番艦隊の全ての艦のシステムに侵入し、それを四肢の運動神経とリンクさせる。
今回の派遣のもう一つの目的。
それは、修道騎士団においてただ一つの無人化艦隊のテストである。
連邦においては、この手の無人化艦隊は通常配備されている。
だが、自然戒律の縛りがあるアストレーデ諸国においては、いまのところこれが唯一であろう。
アーサーは、電脳を持っていながら、自然戒律のある修道会において修道士となった。
修道会として、その電脳をどのような形でメンテナンスするのかは、アーサーが電脳を保持している事を知る上級修道士の間で議論がかわされた。
そして、結論は長いこと先送りされていたが、五年ほど前に電脳の本格的なメンテナンスを要する段階に来て、ラヴィロアが無人化艦隊の組織を提案、その部品の一部がとりついているのがたまたま人間であった、という事にして、無理矢理メンテナンスを受けられるようにしてしまった。それで、修道宣誓を認可されることが出来、それから正式に修道士となった。
アーサーは、再生体の生活年齢が十五歳になった時に、オリジナルの記憶の注入を受けた。
だが、再生体の持つ意識と、注入された記憶内の人格が乖離を起こし、その人格を統合するために支援電脳を備えた。
太陽系連邦も、特殊なケースを除き、再生人も含め、完全電脳化はあまり用いられない。
アンドロイドとの区別の問題もあり、そして何より、完全な電脳化では『心』が維持できないのだ。よって、事故などで損傷を負っても補助電脳を埋め込む程度で、完全電脳化はなく、また補助電脳さえも特殊なケースである。
再生は記憶も再生されるが、データとしての記憶だけでは、『心』および『人格』は形成されない。それは生体が生活年齢を経ることによって育成されるものである。
アーサーとしての人格の本体は再生体としての人格である。
だが、記憶の集積として行動を選択し、支配するのは、後から注入された記憶である。
エドワードは、どちらの人格も近かった、あるいは、後からの記憶が若い人格を取り込んでしまったというのが正しいのかもしれないが、意識の統合が上手くいった成功例だ。
だから、外部に意識を統制し、行動の選択の指針となるものが必要ない。
しかし、アーサーは、二つの人格が拮抗するがゆえに、多くの事柄においての選択肢のトラブルを抱えてしまう。
その意味で、神と宗教、そしてそれが統制する修道会という組織に身を置く事自体に、一定の行動基準が生ずるので、意識内での葛藤が減る。
いうなれば、行動の指針を自分の内部に設定することを放棄できる。
それが、アーサーとエドワードの、修道会における立場の相違である。
現実に、エドワードはかつての人格とほぼ同じ人格を得て、アーサーは別人になった。
だから、エドワードは本来の意味での再生体といえるが、アーサーはそうではない。
いや、どちらの場合にせよ、現実の肉体の死は、それは死である。
アーサーにこの場を与えた男は、それを理解して、『死んだ』のだろうか。
有事には、戦略・戦術思考システムに占有される意識の空間で、そんなことを思う。
そしてアーサーは、全てのテストを終え、艦隊の運用システムと自分とのリンクに問題が無いことをチェックした。
データを保持し、そして、艦隊の上位指揮官にしか知らされていない演習を終える。
広大な宇宙空間に広がる感覚が切断され、アーサーは意識を浮上させ、目を開けた。
感覚が正常に戻るまで数分かかる。
その間、短い夢の断片が意識の中に広がる。
電脳から強制接続されたシナプスが遮断される際に起こる現象で、昔はいい感じのものではなかったが、今はそれほど悪くないと思う。
情報システムにリンクしていた記憶野から、雑多な情報とともに、宮廷でのいくつかの噂やニュースが飛び込んでくる。その中に苦心する国王の姿が垣間見え、それが気になる自分を不思議にすら思う。
エドワードからの恒星間通信が入ってきた。
アーサーは、通信士官が気づく前に、回線を電脳に直結した。
内容は、いくつかの噂話。
そして、修道会、および騎士団の中に張り巡らされた、いくつかの秘密の集団。
それらは、出身も組織もまちまちで、誰がどの組織なのか判別するのも難しいほど。
これまで、修道会としての組織が安定していたから、そういった者たちも判明しがたかったのだろうが、このところの急激な変化が、彼らの活動をやや表立たせることになったのだろう。
本来の調査の指示者であったラヴィロアが居なくなったので、エドワードはこの件を総教主に報告したという。
来る者は拒まぬ修道会であれば、こういった事は仕方のないことなのだろう。
要は、その中の者たちの中で、害をなすものをあぶり出し、監視する事だ。
回線を遮断し、そして、意識を平常に戻し、目を開ける。
そして身体を起こして、ポッドから出る。
何も異常はない。
アールシャド帝国領内の辺境にあるタリアンファット自由交易惑星。
アギールのギルド・オフィスにおいて、アギール公爵の次男、サルファ伯爵ロアイユが艦艇の修理のスケジュールと、仕事依頼の割り振りに忙しく働いていた。
一方で、暇そうにしている長男ルーディジー候爵バレルは 話しかけた。
「で、どうなの、修理のほうは」
「帝国工廠のサントアグネス星の新工場で一手に引き受けてくれるよ。
新しいスタッフの研修も兼ねているから、割安にしてくれるそうだ。
支社長が、ローランド家のエリア嬢らしいよ」
「エリア嬢は兵器関係やらないんじゃなかったのか」
「本来は、商船のメンテナンス工場だよ。オレらのはオマケみたいなもんだ」
「で、護衛船団のスケジュールは」
バレルは、袋入りのスナック菓子を開け、雑誌を広げながら尋ねた。
「大規模船団は当分無い。だから、兄さんの仕事も無い。
小船団の注文なら引く手あまただから、兄さんも高速船で行ってくれば」
兄の態度に怪訝な視線を送りつつ、指はキーボードの上を高速で動く。
「あー、ジェアばあさんちのアレックスの艦が全壊したから、オレ手伝いに行くって云っちゃったよ。
ところで、シドに連絡ついたか」
バレルは、視線を上げた
「いや、もう何度も帰還命令のメール打ってるけど、返事が無い」
「オレもおんなじ。
なんでシド、帰ってこないんだよ。ババアにたぶらかされたか」
「もう三年潜入しているからな。情が移っても仕方ないだろうな。
兄さんみたいに単純に生まれてきたら、苦労しなかったのに」
「オヤジは行くなって云ったんだよな。あいつはなんで潜入なんかしたんだ」
「養子として引き取ってもらった義理立てだろう。
自分がサラディン殿下の命を受ける事で、少しでもファーマムール王国に対してアギールの立場を良くしようという浅はかな配慮」
「毎日オレたちとポテチでも食いながらこうして駄弁ってりゃ、それでオヤジは満足だったのにな」
「だから、兄さん、ここはオレの仕事場だと何度云えばわかる。
いい年をして、どうして、ここで駄菓子なんかかじって雑誌読んでるんだよ」
「だって、ほら、オレ、暇だし」
「オヤジと営業行くんじゃなかったのかよ」
「オヤジは、リン=ルーレンシア様のところに、お見舞い。
クラウサリ様も大分良くなってきたし」
「で、本物のほうは」
「本物のトランザール大公は、現在就職活動中。
デビー・マイヤー社の二級商船あたりにめでたく見習いで決まるんじゃないだろうか」
「デビー・マイヤーというと、客船だな。妥当な線だな。
それじゃ兄さん、三名ばかり、うちの若手を押し込んどいてくれ」
「ああ。オヤジが手配済みじゃないのか」
「だから、そこんとこ確認するのが兄さんの仕事。
あんまり役立たずだと、本気でルーディジー候爵の地位から降りてもらうよ」
ファーマムール王国によるラーフェドラス王国への侵攻にまつわる一連の出来事は、こうしてひとまず幕を下ろした。
アールシャド帝国に正式に即位する新皇帝、そして皇后を送り出すラーフェドラス王国、さらに頑なになってゆくファーマムール王国は、その他の国々を巻き込みながら、波乱の時代を迎えるのである。
第一幕、終了でございます。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
第1話、改稿しました。(2月5日)アールシャド帝国は二幕で絡むことになりましたので、下げました。
代わりにミスチア王太后のあの性格の原因をはっきりさせてみました。
諸悪の根源は、ルーサザン公爵とその嫁でした☆ってことで。
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この人が一番悪い人
いくつか作品世界についての設定を明示しておきます。
この宇宙、太陽系連邦は不明ですが、アストレーデ教圏の全人口を併せても、現在の地球と同等、あるいは若干少ない程度です。
地球と同じように、防護装置無しで生活できるのは各王国の首都やら、主だった星のみです。大半の人の住む星は、閉鎖型ドーム、あるいは地下都市などの形で、住める人口に限りがあります。
なので、テロリズムなど起き、それがライフラインを直撃すると、多くの場合、ドームごと、死あるのみです。
また、星と星との移動は、艦船が自分で行う小ワープの他に、ワープポイントと呼ばれる自然にできたブラックホールのようなもので行うので、(高速道路、というか、地下鉄、というか、そういうもの。穴を通る間は時間が流れないので、瞬時)距離と実際に移動する時間は比例するものではありません。