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第26話 パラダイムの瓦解

 シエルダル星域においての危機的状況は回避され、国王はようやく緊張から解放された。

 執務室において、国軍最高司令官より中部星域方面軍の造反組の話を聞き、自分の国政の正常化への未来を感じた。

 大きな危機が、むしろ国の膿みをそぎ落とす自浄作用を招いたのである。

 積極的な援軍を拒否した修道会、その方針を決定したラヴィロアに、そこまでの計算があったかどうかは知るよしもないが、修道会が国境線の緩衝域にまで援軍の手をさしのべていたら、軍の造反は無かっただろう。

 国王は、造反者たちの立場を守り、王命に違反しようとした者たちを処分したかったが、宮廷はまだ若輩の国王に対して服従しているわけではなかった。

 むしろ、今回の後から発した援軍の催促は、国王を補佐する任に当たる摂政と、諸大臣をないがしろにする独善として、王太后派の格好の攻撃対象となった。

 まして、中部星域方面軍の指揮権を持つ軍務大臣の頭越しに行われたことは、国軍最高司令官の進言があったにせよ、看過されるべきものではないとして、造反して援軍に向かった者たちに対する処遇に対する配慮も、思うにまかせない状況であった。

 国王は、造反組が軍務大臣によって処分されるのを黙って見ているわけにもいかず、王命違反をした者たちの処分を保留にする代わり、造反組の処分も保留という、宙ぶらりんな状況のままを余儀なくされた。そしてそれは、現実的には、軍務大臣が大人として折れたという形になり、若い王の独断の浅はかさをアピールする格好の材料となった。

 ひとまず、国王にできる事は、修道会が正式に元老議会に介入してくるまで、現状の保留を続けることである。

 だが、長く国政と議会から遠ざかっていた国王にとって、不用意な言葉の運びや、言い方につけ込むような議論の応酬はひどく緊張感と集中力を要するもので、時として逃げ出したいような衝動に駆られないわけではない。

 今は、国軍最高司令官のベリード元帥をはじめとして、王妃の一族に連なる議員など、相談相手として信頼できる者たちがいないわけではないが、ベリード元帥は軍人なので宮廷内での人間関係などについてはともかく、政治そのものに対する相談役にはできず、また、多くの意見を聞いて回るようでは為政者としての威厳を確立する事は難しい。どうもいま一つ有力な片腕とできる人物が居ないことが弱点であった。

 この不利な状況下で、どこまで出来るのかは自分でもわからなかったが、一度開いた扉である。今更、閉めることはできない。

 せめて足場が固まっていたらと思う。

 そして、国王は、忙しさの折々に、父親を失ったギルの事を考えていた。せめて、会って様子を見たかった。

 掛けるべき言葉は、まだ見出せなかったが。

 気がつけば、あの日、最後にラヴィロアに会ってから一週間が経っていた。

 あと数日したら、ギルの公爵位の継承の承認式をする。

 その日に会える。

 その日まで会えない。

 国王は、政争と嫉妬から彼を守るために、ある事を決意した。

 次の王位の継承を現時点で明確にする事。

 ギルに次王としてアストレーデが開示されていない事が明確であれば、彼はこのまま修道会にいることが出来るし、宮廷の政争は開示された者にいくだろう。

 しかし、アストレーデ圏の人の寿命が五、六十年だったとしても、国王はまだ十七才であり、天寿を全う出来ないか、あるいはアストレーデを失う事態に陥らない限り、まだ継承者は明確とはならないだろうが。

 現在、この国の王位の継承の序列は、第一位が王弟のランディラ公爵ガーレン・グレル、第二位が叔父のマルファル公爵グラーノ・カレルナ、そして第三位がギルの順である。

 王太弟のガーレン・グレルは、王太后が宮廷より遠ざけるために自分の領地にいる。そして、叔父マールファール公爵は王太后に追われるように宮廷を去り、現在は帝国大学でラーフェドラス王国史の教授を務めている。

 もし、叔父に降りるものなら、そろそろ聖典は国王にそれを告げるだろう。

 アールシャド皇太子の即位式と同時に、皇后が立つ。

 そのために、叔父は皇帝家の差し向ける妹王女シェラを迎える一行に加わり、王宮に来る。

 その際の一連の儀式には、弟、ガーレンも来るだろう。

 ギルは、当分帝国教会の預かりとなることに決まっていた。その時期がいつからなのかは国王には知らされていないが、一旦帝国に行ってしまえば、簡単に会う事も容易ではないだろう。

 ゆえに、国王は、承認式の日にギルに現状でアストレーデが継承されていない事を確認した上で、他の二人を試すことにした。

 それは、別の意味では、国王としての残りの時間を測る事とも同義である。

 アストレーデの開示の時点は、継承が行われる十年程度前から直前、あるいは国王の死後の場合もある。

 もし、次の者に継承されていたら、国王としての在位は十年が限度ということになる。

 玉座にある時間としては少なくはないが、それが人生の時間だとしたら、少し短いだろう。

 いずれにしろ、政争は当分続く。

 ひとまず今は、目の前の事。

 議会での議論の際に、できるだけ有利に論を展開するためには、より多くの現場の情報を必要とする。

 王太后派に反発し、国王に恭順している議員らがかき集めてきた情報の全てに片っ端から目を通し、それを理解し、議論できるまでに消化することは容易ではない。入力した情報を頭の中で複数と関連づけ、整理する。

 座って、考えている時間も、自分のために割ける時間は少ない。

 敵に囲まれた議会で、玉座に在って涼しい顔で王としての威厳を保つ。

 地道に下準備を積むことがそれの一助になるのなら、努力を惜しんではならない。


 その頃、シエルダル星域に集結した艦隊は、一旦ベルドール星域まで撤退した。

 アギール軍が離脱し、ファーマムール王国との契約を解除した以上、サラディン元帥が個人的に派兵できる事はない。ファーマムール王国とて他国へ国軍を動かすとなれば、議会の承認を得、国王の承認を得るという一連の手続きが必要となるので、こちら側が国境緩衝星域へ過分な配備を敷かない限り、単純に攻め入ってくることは考えられない。

 本来、こちらに来る命令が一切下りていなかった第五艦隊を除き、引き続き他の艦隊はベルドール・ファラード星域での待機となった。

 レムルス伯爵夫人ベリア・エルダ提督は、命令違反を問われ、第五艦隊とともにハバドール星域に帰還後、単身王都に赴き、一連の行動の釈明をせねばならない。

 ハバドール星域に向かう前日、ベリアは第七艦隊ソーラス黒貴爵ファザム・ファンバイア提督の訪問を受けた。

「上手く乗せられてしまったわ。あの男に」

 ベリアが愚痴ると、ファザムは云った。

「姐さんがあそこにいるとみんな知っていたから、造反なんて事ができたんだろう。

 馬鹿な宮廷人らのおかげで、本来重要な国境線の守備軍にまともな補充がなかったんだから、姐さんの通常五連の完全装備の艦隊の存在は、士気の維持には重要だったと思うよ。

 きっと、査問会になったら、中部星域方面軍のノアイユ卿が弁護してくれるよ。

 少なくとも、しばらく降格、謹慎として地上勤務を余儀なくされたとしても、国王陛下が宮廷の膿みを掻き出した後には、きっと立場は回復するさ。

 陛下も、いつまでも子どもではいらっしゃらないし、いままで迷っておられたのだとしても、十七才の男子なら、普通は世の中に反発するか、趣味に傾倒するあまり引きこもりがちな年頃じゃないか。

 大人になる覚悟をなさったのなら、我々は手足として、それにお仕えするのみ。

 降りかかる火の粉をよけるためにかざした手に、多少のやけどを負うくらいなら当たり前だと思うよ」

「そうね、そう思うことにするわ。

 予備学校時代の問題児としては、陛下の若さゆえのご心情も痛いほどに理解できる、と」

 相手を揶揄しながら、ベリアは思った。

 少なくとも、軍内部は、砂上の楼閣ながら安定を保っていた基盤が露わになった。当分は統制を失い、混乱するかもしれないが、いずれは再編されるだろう。

「ところで、今回のことで、貴方の奥様もご心配でしょうから一度お伺いするつもりだけど、お渡しするものはない?」

「そうだね、今はない。

 ただ、ソーラス黒貴爵家としては、現状は中立の立場を保つべきだろうから、社交は考えて行動してほしいと。

 貴族の立場としては、レムルス伯爵家と連携はしたいが」

「私の立場は、今回の件で国王派になってしまう。

 我が夫としても、事態の静観をしたいところでしょうけど、今回の独断の件、我が伯爵に何と釈明しましょうか。

 軍務を拝命した家系なのに、誰も軍人にならなかったので私を嫁にしたのだから、一連託生という事にしていただくしかないかしら」

 今まで、レムルス家の一員としては放任されていただけに、軍事法廷よりもどちらかといえば気が重い。ここ三年ほどは、挨拶以外のまともな言葉も交わしていないのだ。

 軍人としての立場、貴族としての立場。

 守るべきものは多い。

 普段は意識しなくても、お互い貴族の一員である以上、背負っているものは自分個人ではない。

 とりわけ、候、伯爵家は、上に古家の当主である公爵家を戴く。

 レムルス伯爵家は、ルーサザン公爵の下にある。

 単純にルーサザン公爵に従えば問題はないが、当主であったラヴィロアは死んでしまった。

 後を継ぐガルディア・ジャザイルはまだ十五才。

 貴族としても、宮廷内での立場なども確立はされていない。

 誰が後見として付くのか、それ次第である。

 ラヴィロアは、十五の時にはもう後ろ盾など必要はしなかった。

 うかつに私利私欲を持って近づく大人を、持ち前の狡猾さで叩き落とした。

 まだ少年と呼べる年頃で、暇を持て余した上流貴族の貴婦人たちのたちのアイドルになっていたのは伊達ではない。持って生まれた能力のひとつ、その類希なる容姿を利用していたに過ぎない。

 だが、彼は、自分の子にはそういう彼の貴族としての生き方を全く継承させなかった。

 平民の子どもの親としてはまともな行為である。

 ラヴィロアは、それくらい深く我が子を愛していたのだろう。

 彼は、骨の髄まで、最も古家の当主らしい生き方をした。

 だが、それは誰よりも古家の全てを憎んでいることの証でもあった。

 ベリアはそれを見てきた。

 ラヴィロアは、ベリアに対して自分のそんな一面を晒すことによって起きるであろう一つの価値観にさえつけ込んで、利用した。

 そして、それをベリアが赦すと確信している。

「ねえ、ファザム」

 ファザムが席を立ったとき、ベリアは云った。

「ラヴィが、おとなしくお墓で眠るかしら」

「………そうだな、それは無理だ。

 死の王国を制圧するかもしれないね」

 小型高速艇に乗り組むファザムは、その時に浮かべたベリアの複雑な顔に何を感じただろう。

 笑顔を作ろうとしたが、出来なかった。

 去り際にファザムは、ベリアの手の中に真新しいハンカチを押し込んで行った。

 友人として、ベリアの心情を理解しているのだろう。

 王都までの帰路のただ一人の時間のためのプレゼントであった。

 

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