第23話 シエルダル星域の攻防戦 3
フロベール星域惑星ドリにあるラーフェドラス王国中部星域方面軍において、作戦総参謀長ノアイユ候爵ユーラ・エランドラ准将は、方面軍総司令官カドル・ジェイド中将に対し、猛然と反論していた。
「中将閣下に申し上げる。
これは明らかな王命違反でございます。
いかに軍務大臣の命とはいえ、全軍の最高統帥権は陛下にございます。
現に、国境は突破され、緩衝星域の防衛ラインでは戦闘が開始されておりますのに、なおも宮廷の覇権争いなどのほうが大事だとおっしゃるか。
宮廷の腐敗に対して、最も憤っているのは誰かご存じでいらっしゃるか。
現場で命をさらす兵卒をなんと思っていらっしゃるのか」
二時間ほど前、緩慢に艦隊を進めていたフロベール星域駐留第九艦隊と、マーガット星域駐留第十一艦隊の両艦隊が、カドル・ジェイド中将の命令に違反し、速度を上げてシエルダル星域の防衛ラインへと急行を開始した。
第九艦隊作戦士官セリエル・ファンガラル作戦参謀と、第十一艦隊提督補ジェルガン・ダヴィーダ大佐が呼応して両艦隊の提督を拘束・監禁の後の仕業である。
カドル・ジェイド中将は、当然のごとく両名の拘束と両提督の解放を命じたが、両艦隊の将兵は、その命令に応じず、ことごとく造反者の指揮下に入ったのである。
断固とした処置をとるべく第二、第四艦隊に指示を出そうとした矢先、ノアイユ候爵ユーラ・エランドラ准将が造反者の弁護に回った。
「ノアイユ卿は、この造反者を許すことが、軍としての統率力の低下を招くとは思わぬのか」
「それでしたら、現状がそうでございませんか。
本来、全軍の指揮権は陛下の統帥権を代行する最高司令官閣下が掌握するもの。
前線とは無縁の軍務大臣の下に置くべきではございません。
一つであるはずの国軍に、二系統の指揮系統がある事こそ、すべての混乱の元ではございませんか。
艦艇の補充序列すら付けられない現状を、最も苦慮しているのは、現場の将兵であることをお忘れ無く」
「それ以上は、上司に対する造反とみなし、卿も処罰するぞ」
「では、私は陛下に直訴申し上げるまで。
わが一族が、王妃様の家系に連なる家柄であることをお忘れ無きよう」
ノアイユ候爵ユーラ・エランドラ准将は、ずっと腹にすえかねていた事柄を一気にまくし立て、すっきりした顔でほくそ笑んだ。
それは、宮廷貴族たちの狭い世界の勢力争いに倦んだ若手貴族・エリート軍人たちの本音でもあった。周囲の将校たちも、両名のどちらにつくとも、現すのを避けているようである。
対するカドル・ジェイド中将は当然のごとく苦い顔である。
「さて、両造反者にメールをしてくれ。
両名の造反に対し、作戦総参謀長ノアイユ候爵ユーラ・エランドラ准将が支援すると」
「了解しました、ノアイユ卿。さっそくメールを送ります。
それでは、私も造反組で宜しくお願いします」
副参謀がそれに賛同した。
すると、幾名かが手をあげ、ジェイド中将を取り囲み始めた。
「誠に、恐縮ですが、総司令官室に軟禁されていただきたいのですが」
ノアイユ候爵の言葉を待つまでもなく、ジェイド中将は、作戦司令部から総司令官室へと連れ出された。
「第二、第四艦隊に告ぐ。
当中部星域方面軍の指揮権は、私、作戦総参謀長ノアイユ候爵ユーラ・エランドラ准将が兼任するものとする。なお、これは、総司令官ジェイド中将及び軍務大臣両閣下の賛同を得るものではなく、現状では、あくまで私個人の造反である。
我が指揮下に入るのを良しとせぬなら、強要はしない。
だが、前線の状況は非常に憂慮すべき状況にある。
王国としての将来を真に憂うなら、即刻シエルダル星域に急行して欲しい。
そして、これは王命でもある。
少なくとも、諸卿らが急行し、第五、第七艦隊の援護を行うとしても、それについて処分される事は無いと解釈する。
むしろ、急行せぬ場合、王命違反として軍務大臣閣下以下が処分される際には、罪に問われることもあると覚悟されよ」
強要しないと云いながら、造反の強要であることは明白だ。
シエルダル星域の戦場では、なおも第一派による攪乱作戦が続いていた。
戦場域を投影するスクリーン上に、アギール軍の本隊が捕らえられ始めた。
余計な小型艦を持たないアギール軍先遣隊の速度に、第七艦隊は苦戦を強いられ、波状隊列を乱されつつあった。
ここに火器に重点を置いた敵本隊から、遠距離照射能力をもつファランクス・バースター砲を喰らえば一網打尽になってしまう。
第七艦隊ソーラス黒貴爵ファザム・ファンバイア提督は、各艦に射程距離を計測しつつ、射程に入れば、敵艦隊と混在するように通達した。
ファランクス・バースター砲は、単門で大型重攻撃に主砲として搭載され、それを複数隻並べ、斉射することで連槍射撃を行う。帝国工廠により五年ばかり前に開発された兵器であるが、ファーマムール王国にはまだ一般に配備される状況にはなく、有力貴族の下にある艦隊にのみ飾りとして配置され、本当に必要な辺境星域へは全く未配備であった。
アギール艦隊は、そのそれぞれが民間であり、兵器の購入からメンテナンスまで、部族としての最低限の管理はするが、それ以上は個人の責任によって任されている。そして、その兵器のメンテナンスにかかる費用は、契約する商船主よりいくらかの援助があるので、良い船主に恵まれれば、最高の装備を常に配備していられる。
よって、中・小型艦の費用がかからないアギール公爵は、艦隊の重艦船に惜しみなく投資できる。加えて、宇宙海賊などの実戦遭遇が最も高い事から、ファランクス・バースター砲の半数は、実戦データを取るために帝国工廠から貸与を受けたものだった。
統制のとれた修道騎士団ですら、艦隊形態をとったアギール族との戦闘は避けたい所以である。
それゆえ、第五艦隊の後退速度に、敵本隊が追いついてはいけない。
ここは、第七艦隊がどうしても時間を稼がねばならなかった。
通達はしたが、如何せん、敵艦隊の速度は圧倒的である。混在など出来ないかに思われた。
その時、スクリーン後方より高速度で味方の認識カラーの一団が接近してくる。
『こちら、第十一艦隊ジェルガン・ダヴィーダ大佐であります。
ソーラス黒貴爵ファザム・ファンバイア提督、援軍にあがりました』
その音声に、張り詰めていた艦橋司令室の空気は一変した。
「大佐、提督はどうした」
『王命違反につき、私が軟禁いたしました。
中部星域方面軍は、作戦総参謀長ノアイユ候爵ユーラ・エランドラ准将が掌握なさっています。ノアイユ卿は、国王陛下と、最高司令官閣下のもとに、軍務大臣らに造反したのです。
直に第九艦隊も追いついてきます。
この場は、当艦隊が繋ぎます。
ソーラス卿におかれては、一旦後退して、陣形を立て直してください』
第十一艦隊は、軽編成変則機動攻撃艦隊である。
高速機動母艦を多く有し、小型艦載機による乱戦を得意とする。
素早く戦場に展開された小型艦載機は、敵の高速攻撃艦を取り囲む。
いかに高速艦といえど、速度でいえば艦載機のほうが勝る。
第十一艦隊総数二万六千、第九艦隊総数四万弱。
装備の差はいかんともしがたいが、これで数の上では対等となる。
潜伏している第五艦隊を含めれば、勝機は充分見込める。
ソーラス黒貴爵ファザム・ファンバイア提督は、深く安堵のため息をつき、第七艦隊の全艦を後退させた。