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第22話 アギール公爵の事情

 その頃、ファーマムール王国の宮廷では、アギール公爵が長男ルーディージ候爵バレルによるシエルダル攻略の報告に、自らの君主の許に足を運んだ。

 一人の貴婦人がこれを迎えるが、アシャの中からわずかに見える顔にやつれは隠せない。

 アギール族君主トランザール大公の母、ルーリアである。

「バレルにシエルダル緩衝域に突入する命を下しましたので、報告に上がりました。

 リン=ルーレンシア」

 アギール公爵は、君主に対する跪礼を捧げた。

「族長、サラディン殿下は、また不幸な星の民を産もうとしておられるのか」

 ルーリアは、立つことを許し、自分は椅子に掛けた。

「シエルダル星域には人は居りません、が、サラディン殿下は、ベルドール星域の攻略を望んでおられる。

 もし、騎士団が介入せねば不幸は免れませぬが、食えぬ男がラーフェドラスの愚王に付いたとなれば、我が軍に容易に明け渡しはしないでしょう」

 アギール公爵の地位は、実際はアギールという部族の長である。

 アギール族は、龍の卵とも呼ばれるトランザール大公を君主とし、国土を持たず流浪する民として生きる。

 帝国三百年の連邦支配の時期に、エストリダ緩衝星域に自治星域を許され、アギール族の長をアギール公爵として古家を構え、一時そこに定住していたが、エストリダ内乱によって、また国土を失い、傭兵組織として流浪の暮らしへと戻っていた。

 そして、七年前、内乱で命を落とした前トランザール大公の妹、ルーリアを半ば拉致する形でファーマムール王国に招き、そしてその息子である現トランザール大公を、建前は保護、その実は人質として、アギール族の傭兵組織の勢力を我が物とした。

「食えぬ男などと、不遜なもの云いはお止しください。

 あの方がおられなければ、エストリダはもっと悲惨な事になっていた。

 我々は、あの方に戦を仕掛けてはなりません」

「ですが、トランザール大公がサラディン殿下の手元にある以上、我々はその意志に逆らうことはできません。

 騎士団がルーサザン公爵の死によって混乱するものなら、今がラーフェドラス領内への侵出を図る好機である事には、私も同意致せざるを得ない。

 もし、騎士団が、それほど脆弱な組織であり、そしてルーサザン公爵が、狡猾な策略家でなければの話ですが。

 あの策略家が現在存命であれば、我が軍の損失は計り知れない。

 リン=ルーレンシアのお言葉がなくとも、その時は正面切って戦うなどあり得ません」

 アギール公爵は云った。

「存命であれば、と申しましたか」

 ルーリアは問い返した。

「ルーサザン公爵は、自ら命を絶たれたようです。

 エル・シドが、サラディン殿下より暗殺の命を下されたのですが、その罠を知りつつ、自ら踏み込んだと」

「何と。それは本当ですか」

「リン=ルーレンシアには、サラディン殿下からのお話はありませんでしたか。

 最も、自ら命を絶たれた件については、エル・シドには殿下に口止めしてあります。

 殿下はご存じありません。

 あの男のする事です。それなりの意図あっての事でしょう。

 ルーサザン公爵とサラディン殿下の間の抗争に、我々は関わる必要はありません。

 ですが、今の状況下で、サラディン殿下にシッポを振る云われもない。

 それより、クラウサリ様のご容体はいかがです」

 おもむろに、アギール公爵は問うた。

 ルーリアは、奥の部屋への扉を見ながら応えた。

「大公は、痛みに耐えかねておられる。

 族長、私は、もう不憫で見てはおれませぬ。

 青龍の名を名乗らせんがために、大公には自然戒律が掛けられておる。

 青龍の卵に、シェル=ダル=シャハールの聖典が揃えば、すべての国のアストレーデは、青龍帝の名のもとに支配される。

 その権勢を求める野心の許に、我が子クラウサリは、トランザール大公としての身分を引き継いだ。元気な子なら、それで良かった」

 エストリダ内乱の最後、大気変成弾から命からがら生き延びたルーリアであったが、内乱中に使用された特殊兵器の影響からか、内乱の後に産まれた息子には、先天性の疾患があり、そして、現在はかなり危険な状態であった。

 アストレーデ諸国には、自然戒律という、延命に対する厳しい掟がある。

 それは、人は自然にあるがままの寿命を神々から与えられており、その寿命の期間を曲げてはならないという掟である。

 現在、外傷に関する医事行為は全面的に解禁されているが、延命そのものに関わる補助装置の体内への埋め込みは禁止されている。

 そして、疾病に対する医療活動も、古家の血が多く入り、そして王族に近くなるほどその戒律は厳しくなるが、民間に対しては、現在、極端な延命でない限りの医療行為は施される。

 ルーリアの息子クラウサリは、産まれると同時にトランザール大公として、龍の卵の名乗りを上げた。その後に疾患が発見され、医療行為が制限されたまま、現在に至る。

「十にも満たぬ子どもに、この苦しみはいかな試練であろう。

 痛み止めすらもう効かず、それでも日の半日を薬の作用で意識がもうろうとして過ごす日々。本を見て楽しむ事も、子どもらしい遊びで笑う事も何も出来ぬのに。

 私には、もうそれが辛い」

 嗚咽混じりの声である。

「帝国領内より、艦艇のエンジニアに偽装して連邦医を連れてきておりますが、ご決断なさいますか」

「決断しては、いけませんか」

「龍の卵としての価値と、トランザール大公の身分を失います。

 そうなれば、サラディン殿下は、貴方と、クラウサリ様をご処断なさるかもしれません」

 ルーリアは、いくぶん安らいだ声で応えた。

「この苦しみに比べれば、身分など、命など、いかほどの値打ちがあろう。

 私はただ、苦しみに歪まぬ、我が子の安らいだ笑顔が欲しいだけ」

 沈痛な女主人の痛みを知るアギール公爵は、再び跪礼した。

「一族の存亡をかけて、お命はお守り致します」

 アギール公爵は、控えの間に待たせた従者を呼んだ。


 



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