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第21話 シエルダル星域の攻防戦 2


 アギール艦隊の国境緩衝域突破より二時間が経過していた。

 第三艦隊は、散開して迎撃する体勢を整えていた。

 第七艦隊は、その前方に位置する。

 その時、第七艦隊ソーラス黒貴爵ファザム・ファンバイア提督の端末に個人メールが入った。

 極めて濃厚なラブ・メールに偽装されたそれを、ファザムはお互いに取り決めた解読法で変換した。

『ベリアより、ファザムへ。

 アギールを騎士団の敷くベルドール・ファラード防衛ラインまで誘い込みなさい。

 修道会は、人の生活のないところは守らないのが教理。

 なら、いっそ巻き込んでしまいましょう。

 当艦隊は、シエルダル緩衝域R2200地点に居ます。

 第五艦隊にはそのまま散開布陣で囮を。

 騎士団との防衛ラインに達した時点で、私が側面から包囲します。

 その気になれば後背も突くことはできるけれど、この戦いは相手を撃退することであって、殲滅することではない。

 ラヴィはそうさせる為に、修道会をあの位置に布陣させたと考えるのが妥当だわね』

 ファザム・ファンバイアも、学年は違ったが予備学校ではラヴィロアとそれなりに交流を持った一人である。

「どうしてベリア姐さんがあそこに居るのかは知らないが、確かにここで無駄死によりはマシだな」

 ファザムは、第三艦隊サリュー提督に通信回線を開いた。


 再度王命を前線に発信してから、国軍最高司令官ベリード元帥は再度思案した。

 間に合わないとしても、自軍を失うことは極力避けたい。それは、軍人としてというよりは、人としての感情である。

 シエルダルに援軍として派遣を命じられたのは、第二、第四、第九、第十一艦隊であった。いずれも、本来は国軍として最高司令官たるベリード元帥の麾下におかれているはずであるが、実権はラーフェドラス王国の古家、ダール公爵家に連なる軍務大臣ガールベル伯爵の支配下にあった。

 ダール公爵家は、ミスチア王太后の婚姻に関わり、以後、王太后の権勢を支えてきた一門であるが、六年前に先代の当主を失ってから家督を継いだ当主は、王太后の権勢を傘に、軍部の勢力を握るべく、ガールベル伯爵を軍務大臣として送り込んだ。

 国軍最高司令官ベリード元帥は、軍として国政のうえでダール公爵家の影響力からは中庸を守り抜きたい気持ちが強く、宮廷内の派閥争いにはやや引いた観はあったが、むしろ軍を守る者という立場を守るためにも、自分の立ち位置には非常に気を遣わなければならなかった。

 よって、ベルドール・ファラード星域から王都までの途上の、ダール公爵領のあるフロベール星域、マーガット星域、ルシドラ星系の付近の方面軍を中部星域方面軍として、ダール一族の一人を総司令として立て、それを軍務大臣直下に置いたのは、宮廷工作上の妥協の産物である。

 今回、派兵をわざと遅らせているのは、先に国軍直下にある第三、第七艦隊が総崩れとなった後、圧倒的な戦力をもって応戦し、手柄を軍務大臣の側で独占する意図があったからで、このままでは、当然、軍務大臣の思惑通りに事が運ぶことは必至。

 最高司令官ベリード元帥は、苦い思いで王命を前線に送った。

 国軍としては、騎士団に援助を断られた以上、建前として、防衛ラインを死守せねばならない。

 しかし、防衛ラインが瓦解して、後退し、騎士団の防衛するラインまで敵の侵入を許したとしたら、その時は当然、騎士団の戦力を頼ることができる。

 本来は、後者の意図で、ルーサザン公爵はあの時、わざわざ強調したのではないか。

 出来るなら、ベリード元帥は、中央星域方面軍に手柄を立てさせることは避けたかった。

 そうなれば、軍務大臣の前線への発言権が拡大し、軍が軍として機能しなくなる。

 現状、各艦隊への編成の適正化も行えず、変則的な編成の状態で、その機能にあった配置さえ難しくなっている。

 国としての建前上、騎士団への助力をおおっぴらに乞うことは難しいが、実質、そのほうがずっとましである。今後、修道会が国政に介入することを鑑みれば、その助力はむしろ軍規の粛正につながる。

 防衛の任はお任せ下さいと、たしかにあの時、彼は云った。

 幾度、考慮しても、最善の策というか、苦肉の策というか、自軍の損害を最小にするとしたら、手は一つしかない。

 元帥は、開戦間近いであろう第五艦隊と第七艦隊に向けて、メールを送った。

「緩衝域防衛ラインは死守するに及ばず。

 そこで援軍の到着を待ちながら戦力を温存しつつ深部へ誘導せよ」

 建前上は、作戦司令書に騎士団と打つことはできない。だが、その意図を汲んでほしかった。

 どの道、その時間稼ぎで援軍が間に合えば、軍内部の勢力関係はともかく、国防という用は果たす。

「太陽の神ライドと、戦の神タルラの恵みのあらんことを。

 いや、タルラはアギールの神であるな。せめて、水の神、慈愛深きルーリアのお情けにおすがりしよう」

 ベリード元帥には、あと祈るしかするべき事がない。


 第三艦隊は散開陣形にて、アギール軍の第一派を迎えた。

 敵は高速中型攻撃艦を中心とする軽編成遊撃艦隊であり、散開した陣形を波状攻撃によって攪乱しはじめた。

 アギール艦隊は、本来はアギール族として商船を護衛する傭兵であり、通常は高速中型艦数隻による船団を組み、商船を護衛することを生業としており、艦隊規模で行動することは希である。

 しかし、ひとたび族長であるアギール公爵の命が下れば、このように艦隊を組織し、公爵とその息子たちの指揮下に入り、民族の誇りをかけて戦う。

 第七艦隊ソーラス黒貴爵ファザム・ファンバイア提督は、麾下の軽編成高速攻撃編成の特性を生かし、敵の先陣艦隊に対応する。

 どちらも高速運用に特化した艦隊同士の戦闘である。

 この間を利用して、ロルム・サリュー提督は、小型機動母艦を展開し、戦術機動編隊により壁を作りつつ、第三艦隊全体を徐々に後退させてゆく。

 第一派の攻撃のあと、後続には十万の通常編成艦隊が控えている。

 いかに、第七艦隊が機動性に優れていようと、敵の能力はそれを上回る速度で攻撃してくる。一撃離脱の鉄則で対応しても、無傷でいられるわけがなかった。

「姐さん、待ち合わせ場所まで行くの、俺、無理かもしれない」

 ソーラス黒貴爵ファザム・ファンバイア提督の呟きは、戦闘の轟音にかき消された。

 こうして、シエルダル星域の攻防戦は幕を開けた。


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