第19話 シエルダル星域の攻防戦 1
第19話 シエルダル星域の攻防戦 1
ラヴィロアの死は、ファーマムール王国サラディン・エプタプラム元帥の知るところとなった。
政敵としての彼の死。いかに自分が命じたことであるにせよ、故知の者の死が現実になったことに対して、気持ちが動揺しないわけがなかった。
彼なら、半分は自分の計略からいつものようにするりと体をかわして、いつものように不敵な態度で報復を企むことを半ば期待していたのかもしれない。
いずれにしろ、始まってしまったことである。
修道会、及び騎士団の動揺は相当なものだろう。
この機に乗じない理由はない。
サラディンは、アギール公爵を通じてシエルダル派遣艦隊に対し、ベルドール星域への進軍を命じた。
アギール公爵リダルは、サラディンの命を受け、ラヴィロアの死より二十四時間後、シエルダル星域国境線に展開している長男ルーディージ候爵麾下の艦隊をラーフェドラス国境緩衝域を超えて侵攻を開始した。
軽編成高速艦隊一個、通常編成艦隊二個からなるこの艦隊は、総戦力十三万五千、小型機動母艦を含めた総艦艇数千五百、大型重攻撃艦六十隻を有する重火器制圧を得意とする。
通常編成艦隊とは、旗艦とその直属の二十隻前後の大・中型攻撃迎撃艦大隊を中心に、先鋒、上翼、下翼、左翼、右翼の五方面に主力母艦を中心とする大隊をそれぞれ配置する基本的形態であり、軽編成高速艦隊は、速度重視の軽編成大隊三個で旗艦を中心とする五方面をカバーする機動性重視の形態である。
ベルドール星域駐留第三艦隊と、ファラード星域駐留第七艦隊は、国王の命令書に従って、すでにシエルダル星域最終防衛ラインに展開していたが、第三艦隊は通常五連編成総兵力五万五千から成るべきところ、四連編成四万足らずの兵力しかない。機動攻撃艇中心の艦隊構成であり、重火器に乏しい。そして第七艦隊は、総兵力二万五千の三連編成からなる軽編成高速艦隊であり、併せて八万。
重火器戦に対応するには、拡散陣形をもって対応し、軽編成艦隊による一撃離脱の波状攻撃が最も有効であるが、壁となるべき通常編成艦隊が四万では対応できない。
そして、援軍となるべき、近隣の七個艦隊の内、四個艦隊が援軍に来るはずであるが、指揮権の乱れのせいか、まだ到着していなかった。
第三艦隊サリュー提督は第七艦隊と連携しながら、定石に従い一応の布陣したが、本星の指揮系統の乱れの影響はいかんともしがたく、また、また、自分もつまらぬ宮廷の派閥争いに巻き込まれていた事が疎ましかった。
その頃、シエルダル星域に三日の位置にありながら、ルーサザン公爵領の至近であることで、比較的安定しているハバドール星域駐留第五艦隊の提督レムルス伯爵夫人ベリア・エルダは、ワープホールNN3Bに待機していた。
ワープホールNN3Bは、百二十年ほど前より出口の座標が定まらず、八十年前より使われていない。だが、このワープホールの出口が現在、シエルダル星域付近にあると云う。
一ヶ月ほど前、ラヴィロアはたまたま星域に公爵家の所用で訪れた。ベリアはその際にラヴィロアから彼の城に食事の招きを受けた。
ラヴィロアは、修道騎士団長ではあったが、修道会の学院寮の息苦しさを嫌い、王国軍士官予備学校に十五歳まで居た。その頃、平民の身分ながらベリア・エルダも入学を許され、クラスメートの関係だった。
作戦士官科で同じ研究グループだった者たちは、今でもお互いに交流があり、ラヴィロアからの食事の誘いは、そういった流れでは、ごく当たり前のものだった。とりわけ、現在の提督としての地位は、ラヴィロアが遠縁の貴族を取り持ってくれたおかげで手に入ったものだ。単なる身分を手に入れるための政略結婚なので、実際は挨拶をする程度の関係でしかない。
ラヴィロアとは、彼が王女様と結婚する事を決めるまでは、挨拶がわりにディープキスを交わす仲であったが、それ以上ではなかった。それは、思春期の暴走として、ありがちな思い出である。
その食事の席で、ラヴィロアは珍しく仕事の話をした。
いずれファーマムール王国が、エストリダ緩衝域か、シエルダル星域かのどちらかに侵攻して来るはずであると。
侵攻をはじめた段階で、すべての命令を無視して、エストリダ緩衝域なら直接急行し、シエルダル星域なら、ハバドール星域から二日の距離にあるNN3Bワープホールを使い、敵が国境線を越えたらタイミングを計って敵の側面に出ろと、正確な座標データのメモを手渡してきた。
「不確定な情報で、私の首をかけろというの」
と抗議すると、
「命令如何より実績だよ。実績は、今のファーマムールにおいては何よりも武器になる。
国境線に侵攻を許したという事は、派閥争いで指揮系統が一元化できていない事の現れだ。いくら敵でも、侵略戦において、こちらが有利な立場で防壁を敷くことができたなら、侵入はして来ない。
今、ファーマムール王国は孤立している。本来は、自国軍で侵略戦を行うだろうが、体面というものがあるだろう。傭兵組織を使うはずだ。
そして、彼らは勝てる戦争しかしない。圧倒的に強いけどね、消耗戦は絶対やらない。
だから、指揮系統さえ整っているなら、キミの出る幕はない。
だが、侵攻を許したのであれば別だ。
その局面において、五連編成の完全体のキミの艦隊がどれだけ有効か。
そして、この瓦解した指揮系統において、戦局を優位にした者に、軍規の適用も何もないだろう。
以上のことはキミの判断次第。
別に動かなくても、本来この件に関してはまったくキミには無関係だ。
その代わり、成功したら最大のパフォーマンスになる。
国軍にもカリスマは必要だ。
上層部の腐敗に、最も失望しているのは現場の将兵だから、彼らの求心力となる者が必要だとは思わないか」
その言葉は、発せられた時に、すでに叶うべく運命付けられている。
言葉にした時に、すでに勝算があるのだ。
死の報告を受けた時、若いのに、やたらキスの上手い男だったことを思い出した。
恋心を、意識しなかったわけではなかった。何しろ、相手が悪すぎた。
男女になってしまったら、それ以上にはなれない。
その背中を追おうとしても、女では騎士団には入れない。
こうして、立ち位置を異にすることで対等を得るしかなかった。
むろん、ラヴィロアの圧倒的な権力に並ぶ事などは出来はしないが、対等に変わらぬ友情を示してくれる。
ラヴィロアの良いところは、一度、友人と見なした相手には、とことん誠意を尽くすところである。だから、その悪巧みをみんな許してしまう。
そして、死してなお、人を動かす。
目を閉じて、彼の姿を胸に描く。
「そうね、これは死の王国への餞別として受け取って。
それにしても、うちの艦隊は通常五連編成重火器艦隊。兵力五万五千はクリアしているけれど、これで限りなく互角に近づいた程度。
軽編成高速艦隊がもう一個艦隊あればようやく互角かもしれない。
総司令官閣下と軍務大臣の仲の悪さで指揮系統が混乱しているし、相手はアギールなのだから、数合わせだけで勝ちってことはないでしょうけど」
ベリア・エルダ提督は艦隊にワープホールへの突入命令を下した。