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第18話 冷たい空の月


 父親が騎士団に帰還したとの知らせが入り、少年はエドワードに伴われて騎士団長室に案内された。

 最後に会った時よりも、整然と整頓された部屋はよそよそしい。常に仕事に追われていた頃も机上はそれなりにきちんとしていたのに、まだ人の気配があった。

 騎士団長室は、ルーサザン家当主の専用室の意味もあるので、異動のためとはいえ、全てを引き払うわけではない。

 寒々としていると感じるのは、父を失った事実のせいなのだろうか。

 ふと気がつくと、ザリムが控えていた。

「亡き公爵様におかれましては、神々の御許にて安らかなる日々を過ごされますことを」

 死は解放である。

 そうアストレーデは説いている。

 家令であるザリムは、太陽系連邦の出身であり、アストレーデ教徒ではないし、その思想も持たない。その彼が、少年に対して、アストレーデの流儀に従い、そのように弔意を述べる。

「ホージュオン島より、ガルディア様の身辺をお手伝いするために参りました」

 薄暗いように感じていた部屋は、普通に照明もついていた。

 少年は、ザリムにねぎらいの言葉を掛けるべきだと思ったが、適当な言葉が思いつかず、呆然と立ち尽くしていた。

「先ほど、バゥトミス元帥がおいでになり、現在、エンバーミング処置を行っているそうでございます。ガルディア様には、このお部屋で待機するようにと」

 少年の母親フェイレンリーリア王女の死後、父、ルーサザン公爵は、家令もろとも屋敷内の全ての使用人を解任した。

 自分の休暇中に王女を暗殺された身にとって、その時以降、近侍の誰もが信頼できないと思われたのは無理からぬことで、その後、明らかにラーフェドラス王家とは縁もゆかりもない帝国領内から新しい使用人を募り、そして家令に太陽系連邦から移籍してきたザリムを据えた。

 ザリムは、家令そのものの職務よりは、公爵家の企業としての側面でその技量を発揮するべく据えたのであろうが、ザリムは、家令としても公爵家の立場を理解し、騎士団の仕事に没頭するラヴィロアを支えてきた。

「そして、ガルディア様。

 あなたが、今から、ルーサザン公爵であらせられます」

 ザリムは、少年に深く立礼した。

 そして床を見下ろして気づく。その部屋の絨毯には、公爵家の紋が織り込まれていることを。

「同時に、この部屋の主にもなられる。

 折りを見て、私が総教主猊下にラヴィロア様のご遺志をお伝えに行きます。

 その後で、正式な辞令をお受けください。

 儀礼的な手続きは、その後になります」

 そしてザリムは、立ち尽くす少年を控えの間に連れて行った。

「猊下からのご伝言がありました。今のうちにお休みなさいと。

 弔問客が参りましたら、休む暇はありません。それには私も同意です」

 少年は睡眠導入剤を与えられ、ベッドに座った。

 心の芯が落ち着かず、とても横になる気分ではない。

 ベッドの上をよく見ると、先日父親に会った時に、靴のまま寝ていた時の汚れが微かに残っていた。

 それが、妙に嬉しかった。その場に父がいた事実はそこに残っている。

 その事が、よけいに艦隊勤務か遠い星への出張に出ているぐらいの感覚でいる事に気づかされる。

 全てが何か手違いで、本当はどこかに黙って出かけてしまっただけなんだよ。

 そう信じている自分を持て余す。

 遺体と対面したら変わるのだろうか。

 照明を落として窓を見上げると、月が出ていた。

 青く照らされる部屋は寒々しい。

 それでも、薬の作用で少しずつ何かが解かれていく感じがして、その寒々しさにベッドに潜り込んだ。

 大丈夫だよ、と父は云った。

 長期休暇でホージュオン島の家に戻った時に、寮ではない部屋の広さに、いつも戸惑って泣いた。

 泣いたらすぐ来てくれた。

 そして、結局、書斎のソファで寝付いてから、部屋に運ばれるのが常だった。

 一人で広い部屋で眠るのは、未だになんとなく馴れない。


 早朝、目覚めてから、エンバーミングの済んだ父親に対面した。

 その綺麗に処理された遺体は、まるで作り物のようで、生きていた頃の父親とはまったく違う印象で、それが『死』であることを初めて知った。

 その瞬間、周囲の音が遠くに思えて何も意識に入って来ない。

 入れ替わり、立ち替わり、大礼拝堂にいる間、少年に弔意を述べる者たちが次々とやって来たが、下を向いて頭を下げるのがやっとだった。

 慰霊の礼拝が行われる前に、少年の周囲はやっと静けさを取り戻した。

 皆が席に着いたからだ。

 そして、式が始まって暫くしてから、少年の周囲の将校や上位修道士達の間に紙片が回され、数人が中座して出て行った。

 この騎士団の主の死を悼む僅か一時間程度の時間を邪魔する者が居る。

 そして、礼拝の直後、その事態は公表された。

 



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