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第16話 変わりない毎日の終わり

 少年は、その時、講義中でありながら、退屈な気分で窓の外を見ていた。

 そのうち、廊下を慌ただしく修道士たちが走り回る気配がした。

 講義中の教師が廊下に出ると、総教主棟の服を着た修道士が数名入ってきた。

「ダリルディーン、本日はこれで授業を終え、私たちと共に来るように」

 別の一人が教師に何やら理由を説明すると、教師の顔が呆然とした。

 少年は不安になったが、少年を連れにきた修道士たちは何も云わない。

 学院の敷地を出て、総教主棟に至る中庭の途中で、エドワード・ストレイカー少佐がその一群に加わった。

 そして、少年の肩を抱くと云った。

「今からしばらく非常時になりますよ」

 いつもの調子ではないその言葉と堅い表情に、妙な胸騒ぎを憶えた。

 そして、連れて行かれた先は総教主室であった。

 早速、礼の姿勢を取ろうとした少年に、手でそれを制した総教主は自ら進み出て、少年の手を引き、そして椅子に座らせた。

「ダリルディーン、その真の名、ガルディア・ジャザイルよ、心して聞くがよい」

 総教主の声は静かであったが、緊張を含んでいた。

「先ほど、マーブリック大司教が身罷った。子細は確認中だが、王宮にて爆弾テロに巻き込まれたようだ。即死であった」

 少年の耳には、ちゃんとその意味が入らなかった。

 あまりに、予想だにしない言葉だったので。

「もう一度、云ってください」

 少年は聞き返した。

「もう一度、云おう。

 お前の父親が亡くなった。

 死の王国に召されたのだ」

 少年は、呆然とした顔で周囲を見回した。

「嘘と…」

 少年の小さな声に、誰も応えない。

 総教主は、少年の手を握った。

「いつでも、死は突然来るものだ。

 今は受け入れられないだろう。

 だが、それはいずれ受け入れねばならぬ」

 そして、総教主は、エドワード・ストレイカー少佐に云った。

「この子の事は、あなたに一任する。

 帝国教会に預ける際に、マーブリック大司教は、あなたを当てにしていたようだから。 事はテロだ。

 この子の身の上とて、安全ではない。

 このフロアの控え室を一つ与える。そこで暫し待つがよい」

 総教主は、向かい合った椅子から立ち、少年を抱きしめた。

「心より哀惜する。

 汝の身に、神々の守りと恵みが降るように」

 少年には、まだ信じられなかった。

 それが夢であるようにと、まだ祈っていた。

 エドワードに支えられて、少年は控え室に行った。

「坊や、じきに嫌でも忙しくなる。

 猊下がお呼びになるまで、休め。

 俺は、他の仕事があるから済ませてくる。すぐ戻るよ」

 エドワードは、部屋の外に出て行った。

 少年は、それが現実なのか、と自分に問うた。

 その部屋が、総教主棟であることが、事実と証明する全てであろう。

 普段なら、少年は一般の生徒と同様に、決して総教主棟に足を踏み入れる理由がない。

 ソファに、うつぶせに倒れ込んだが、不思議とまだ悲しみが無い。

 事実として実感できない、したくない。

 廊下を行き交う者たちの音が響いてくる。

 慎み深いはずの修道士たちが、その戒律すら斟酌する余裕もなく動きまわっている。

 その音がたまらなく、煩かった。


 そして、王宮では。

「陛下、どうぞこの場に」

 事件を聞き、その場所に駆けつけようとする国王シーヴァエドナ十二世を、副女官長は必死で押しとどめた。

「事の次第が判りますまで、宮殿は危のうございます。どうか、御在所を動かれませぬように」

 王と王妃の居室のあるフロアに、直ちに近衛隊の者が普段の三倍の人員で警備を強化していた。

 強化ガラス越しに庭を見下ろすが、事件の場所はすぐに幕で覆われて、中をうかがい知ることはできない。

 そのうち、沢山の修道会員が到着し、王宮の職員と多少揉めながら、それでも暫く後には遺体らしきものが運ばれて行った。

 そして、先ほど対面した副教主らが、国王に対面を求めてきた。

 未だに動揺を隠しきれない一同であったが、略式の儀礼にて、修道会の意向を伝えた。

「陛下、事件の現場と遺体の状態の記録を、王宮側と当方で確認しつつ採取致しました。そして、マーブリック大司教の遺体は、このまま、騎士団に収容致したいと存じます。

 その件をどうぞお許しいただきたい」

 その内容を聞きながら、国王の目は呆然と見開かれてゆく。

「亡くなったのか、あの方が」

「はい、陛下。即死でございます。通路に仕掛けられた地雷を踏み、半身が砕けております。上半身は、かろうじて留めておりますが」

 そして語られた、あまりに衝撃的な光景に、国王は両手で口を塞いだ。

「余は、見送らねばならぬ。ひと目、会えぬか」

「恐れながら、マーブリック大司教の生前の矜持を尊重していただけますなら、処置が済むまで、ご対面はお控えいただきますようお願いしたき所存でございますれば」

 副教主の慇懃な態度に、あの端正なラヴィロアの姿を思い出す。

 あの自分のスタイルにこだわる人が、無残な姿を人目に晒すことを許すわけがなかった。

 そして国王は、それ以上、対面も見送りも求めなかった。

「葬儀には参列したい。その旨を猊下に」

「御意、お伝え致します」


 その頃、アーサー・レイノルズ三位修道士は、すでにラヴァンドル星域惑星エリザに到達していた。

「早速惑星上空にて、示威行動を展開する。

 散開して地上よりの可視高度まで降下して維持せよ」

 かつて、連邦最速と云われる運航技術は、単に最も最短距離を進むだけによるものではない。恒星間の重力の狭間で最も安定したワープポイントを、航路算定士の手によらず、瞬時に自分で算定する技術があればこそ成される技であった。

『長いブランクがあったとは思えないですな。初めて指揮する艦隊を、実に見事に掌握しておられる』

 モニターの向こうで、王国軍の駐在司令官が歯の浮くようなお世辞を云う。

「ただ、航路を算定し、艦隊を進めるだけなら大して難しいものではありません。

 これが実戦ともなれば、各人の技量と癖を把握していないと出来ない事ですので、このようには上手くはいかないでしょう。

 それよりも、早急に反乱分子のあぶり出しをお願いします。

 修道会では、人を処罰することはできないので」

『お任せください』

 王都での一連の事は、すでに伝聞しているのだろう、普段なら越権行動だと睨みつけられるのが常であるのに、修道会に取り入る態度を見せる。

 これは協力的というのとは随分とちがう、虫酸の走る行為である。

 マーブリック大司教なら、はたしてどんな毒舌で対応するのだろう。

 普段なら、詰まらない想像などしないアーサーが、ふと、その皮肉を聞いてみたい気分に駆られた。

 航行中にエドワードから受けたメールが二通。

 一つは、本当に取るに足らないことだが、あのマーブリック大司教が、まだ教主用の司教服を仕立てていない事。

 そして、アギール人とおぼしき少数民族がかなり以前から、サラ=オーディンティオスに定住している事などである。

 アーサーは、エドワードが内規監査の任を負っていることを知っている。

 そして、アーサーもまた、エドワードの手に余る時はこれを補佐することができる。

 修道会内部と騎士団に、明らかに不穏分子の影はあるのだろう。

 だが、様々な星々のどんな民族も拒まない修道会にとって、誰が味方で、誰が間者なのか見極めるのは難しい。

 だから、太陽系連邦出身のエドワードに、その役が命じられた。

 宗教と民族にしがらみをもたない、修道宣誓をしていない彼を。

 それにしても、司教服をまだ作っていない事が引っかかる。

 アーサーの制服さえ新調してロッカーに入れておくほどの準備の良さ。

 わざわざ知らせてきたエドワードも、その事が気になったのだろう。

 そして、その意味を、次のメールが知らせてきたのである。



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