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第12話 ラーフェドラス王国の聖典

 アストレーデの国々において、王権の継承の最も重要なものがアストレーデ聖典である。

 現存するアストレーデ聖典は、アールシャド・アストレーデ、ラーフェドラス・アストレーデ、ファーマムール・アストレーデ、ラジサンドラ・アストレーデがあり、これらとは別に、至高三神の一柱である時の神シェルの魂の入れ物である、シェル=ダル=シャハールが持つ「時の書」が存在する。

 それらは、書物の形をしていながら、変幻自在の形態を持ち、王それぞれに異なる言葉、異なる意味を持って内容を開示する。

 その正体が何であるのか、なぜ、古家よりのみ継承者を選ぶのか、それは誰にも解らない。

 聖アムルテパン修道会が、この世に出現した時には、すでにアストレーデはこの世に存在していたのだとする説もあり、また、聖アムルテパン修道会を組織した、古代のシェル=ダル=シャハールがもたらしたものだとする説もある。

 だが、あまりに古い事は、アストレーデの諸国がトレアという最初の星に居た頃、宇宙に人々が船出した時に失われてしまい、口頭による伝承を纏めたアストレーデ神話集と諸王譚に依るしかない。

 そして、これらの事は、あまりに人の暮らしが、神々のもたらす奇跡より離れてしまった今となっては、伝承の域を出ず、聖典を『見る』ことが叶うのが皇帝と王のみである事が、その不思議が真相なのか異なるのか、聖典の継承を承認する修道会すら不詳である。

 その継承を知る者、承認する者はシェル=ダル=シャハールである。

 シェル=ダル=シャハールは古来より聖典魔術師と呼ばれ、聖アムルテパン修道会の内、あるいは外に、その正体を隠されて存在する。

 アストレーデの神々は、人の世に与えられた神々であり、そして至高三神は、その上位に位置し、人の世の生業とはかけ離れた性質をもつダーリ=ティザールの神々である。

 至高三神、最も至厳とされる神々の皇帝の座にある神は、人の口をしてその本来の名をかたるを禁じられた闇の君主、類い希なる黒き龍として呼び習わす。

 そしてその皇后の座にあるは、気紛れなる糸紡ぎ娘の名で呼ばれる三つの顔と六本の腕を持つ鬼神アーヤキである。

 アーヤキの姿は、ある者は老婆であるといい、ある者は美しい少女であるという。また

別の者は精悍なる青年の姿であるといい、あるいは、醜悪なる異形の者であるとも語る。

 至高三神の最後の者は、永遠の童子の姿を持って、全ての宇宙の過去と未来の全ての記憶と叡智を持つ時の神シェルである。

 シェルは神々と人の世、星の世界と虚無の世界を行き巡り、その全ての命の見る物を見、思うところを思うと伝えられる。

 黒き龍は鬼神に人のための宇宙の創生を命じ、鬼神は作り出した宇宙に人の業を置く。

 そして人とその業を慈しむために、時の神シェルは人のための神々と神話を与える。

 人の世に置かれた神話など、黒き龍の関知するところではなく、そしてその人の世は、鬼神の気紛れによって豊穣も厄災も招来する。


 ラーフェドラス国王カーレルは、グランヴィル大聖堂の外壁と内壁の間の細い階段を上がる。

 その階段に至る道は、東宮の庭の一角に隠され、何者もその場所を知ることはできない。

 ただ、王のみに許された通路。

 長い年月、ただ歴代の王のみがその通路を進み、アールシャド・アストレーデ聖典の隠された部屋に至ることができる。

 グランヴィル大聖堂の尖塔の屋根裏に、王権の象徴たるアストレーデ聖典が隠されていた。

 まだ早朝。

 早番の女官、侍従らは支度にかかっているが、まだそれぞれの主は起きる時間ではない。

 窓のないその隠された部屋は、照明はない。

 だが、聖典を許された王は、その部屋の中が青白い光を帯びて、闇の暗さを感じる事がない。聖典が開示されるとは、つまり、その部屋の光を見る事にある。

 聖典との同調の具合というのがあるらしく、ある王はほの暗い部屋と、そしてまたある王は、美しい光に満たされた部屋と呼んだ。

 現在の国王カーレルには、そのどちらとも呼べないほどの明るさ、壁を見るにはやや暗く、それでも部屋を歩き回るには充分な明るさであった。

 その真実を、王たちは隠してきた。

 表紙の字が読める事、として、人々には伝えた。

 それは、表紙の文字が読める明るさを意味する。

 カーレルにとって、その部屋の明るさは、国の悲鳴を聞くには充分な程度であったが、道を知るには暗すぎた。

 そして、古びた机上にある聖典が青く輝く。

 聖典が、カーレルに命じている。

 我を連れ出せと。

 聖典は、その形を一冊の祝祭書へと姿を変えていた。

 それは、王が儀式の際に使用するものである。

 例えば、新しい元老議員に辞令を下す時、あるいは、新しい貴族を任じる時。

 聖典は、その場に立ち会いたいのだと望んでいる。

「ルーサザン公爵の辞令の席に立ち会うつもりですか」

 聖典は答えない。

 聖典は書であって書ではない。

 巻物であって、巻物ではない。

 物であって、物ではない。

 伝える言葉を持つが、伝えられるとは限らない。

 王位を継承して暫くして、心細いと思ったとき、カーレルはここに来て、母の姿を垣間見ようと思った。

 国の中にある思ったものを見せる書だから、母の姿を見せてくれると思ったのだ。

 そして、母の姿を見た。

 見てはいけない姿を見た。

 両眼からこぼれるものが頬を伝う時、優しい手が王の両眼に添えられ、そして眼を閉じさせた。

 その手は父王の手の感触に似ていた。

 王たちの魂は、聖典に閉じられ、その中にある。

 そのとき、カーレルはその事を知った。

 だが、王たちは、カーレルに何も語らぬ。

 ただ痛みだけを伝えるが、その痛みは、すべての王たちのものでもある。

 カーレルは書を取り、上着の内側に大切に抱えた。


 妹に意見された日から、薬物は取っていない。

 もう逃げないと云ったから。

 二週間も経ったので、だいぶ依存は覚めて、イライラもなくなってきた。

 だが、時々、あのユラユラとした感覚が欲しくなってしまうのは、当面仕方のないことなのだろう。

 そういった気分の時は、これからは王妃と一緒にいる事にした。

 王妃だけの公務の時でも、暇な時はついて行こうと思った。

 逃げていた時間、その眼を閉ざして見なかった、真実の外の光景を、一つでも多く見聞しようと心に決めた。

 昨日、パーティの前に病院を訪問して、病床にあった子供たちの内で抱きしめられる状態の子供は、全員抱きしめてやった。生命維持装置に繋がれた子供には、手袋越しに手を握った。

 その子らを胸に抱きしめながら、王は国を抱きしめているのだと感じた。

 王妃と王女はずっと、そうやってこの国を抱きしめていたのだ。

 今日は久しぶりに、元老議会に臨席する。

 ルーサザン公爵が居ないので、どれほど王らしくいられるかは解らないが、自己保身に長けた宮廷人たちの事だ。現在の主流派より零れた者たちで、さほど隠蔽するほどの痛みも持たぬ者たちが、これを機会に巻き返しを狙うこともあるだろう。当面は、彼らを利用すればいい。


 臨時に招集された元老議会は、玉座の間にて執り行われた。

 玉座に正統な主を迎え、大臣、元老議員らがその前に会する。

 たったそれだけの事に、どれほどの月日がかかったのか。

「本日は、陛下の臨席を賜り、一同、慶祝の極みでございます。我々は、臣として気持ちを改めまして、これに臨む所存でございます」

 議長が進み出で祝辞を述べた。

「余は本日より、王の職務として、元老議会に臨むものである。

 廷臣らの発言は重要なものであるが、詭弁を弄する者は容赦く処断する。よって心して施政にあたれ」

 儀礼としての祝辞に、国王はそう宣した。

 王妃は、玉座の空席である左の摂政の席とは対象の位置に座を置き、国王を見守った。

 政と隔てられ、幽閉されてより後、元老議員に王の頼りとする者は皆無である。

 王妃のみが、この席のただ一人の味方であり、恐らく助言者。

 王の宣する間、王妃も含め、一同は跪礼にてそれを聞いた。

「王太后が未だおいでにならない。

 摂政の抜きで議会は始められないな。

 王妃、母上に議会の開催時刻であるとお知らせしておいで」

「御意」

 王妃は膝を落として礼をし、その言葉に従った。

 暫くの後、議員らの間を秘書官らが小走りに動き回り、自分たちの主に何事か耳打ちした。

 そして、数名の者たちが、議長の前に進み出て、何事かを告げると次々に玉座の間から去ってゆく。

「退出する前に聞け」

 国王の声が、ざわめきたった室内を恫喝した。

「国政の安定は急務である。

 急務であるからこそ、余は臨時の元老議会の招集を命じた。

 この場において、修道会よりの申し出を審議するは王命である。

 王命を正統なる理由無く拒否する者は、遠慮なく処分する。

 そう心得よ。

 覚悟して、去るがよい。

 それから、面従腹背の臣もいらぬ。

 余の王としての裁量に不服がある者も去るがよい。

 もっとも、まだ余は何もしてはおらぬが」

 国王は、玉座の傍らに聖典の変化した祝祭書を置いていた。

 その助けかは判らないが、云うべき事、王らしい態度、その全てを自然に行うことができた。

 身の処し方に戸惑う元老議員らは仕方なく席に戻るが、何人かは戻って来なかった。

 程なくして、王妃が玉座の前に進み出た。

「陛下、リン=ガーレンディラはお加減が宜しくなく、本日は臨席を辞退したいそうでございます」

「それでは、仕方あるまい。

 議長、本日退席した者の氏名と理由をあとで報告せよ。

 本人に問いただした上で、処分を下す。

 それでは、始めよう」

 それまで、王太后にいっさい政治の場に出されなかった国王シーヴァエドナ十二世の事を、議席を占める多くの元老議員は凡愚の王として軽んじてこの場に伺候した。

 前日のルーサザン公爵による王権の回復の事も、背後に公爵があっての事と思い、後ろ盾のないこの場で、よもや一同を恫喝し、自己の意志を明確に表明できるほどの権威を纏って来ようとは、思いもよらなかったのである。

 相手の怯んだ隙をついて、自分の目的を進めていく昨日のお手本を頼りに、議長の進める議事に適度に意見と質問を繰り返しながら、グランヴィル大聖堂に王国教会を置くことは決議させた。

 そして、その後、退席者の氏名を報告させ、正当な理由の無い者は謹慎、病を理由にしたものは休職の処分を行い、五席ほどの空席を作った。

 そして、以前の処分によって解任された者のリストを持ってこさせ、王太后の政策に反論して免職となった者の罪状の確認と、謹慎すべき期間についての再検討を命じ、閉会とした。

「ご立派でございます、陛下」

 退出する時、前を通る一瞬、立礼にて控えた王妃が云った。



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