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第11話 ファーマムール王国元帥の悔恨

 いつも、一緒にいた。

 鏡を見るように、お互いの宮廷装束の曲がったところを直しあい、そして共に遊び、抱き合うようにして眠った。

 大きな寝台の上で、寝返りを打って転がってくる弟を鬱陶しく思い蹴飛ばした。

 その事でいつも喧嘩した。そして、おまえと一緒なんて嫌だと云ったのに、気がつけば十分もしないうちに一緒に遊んでいる。

 引き離される日、弟はだぶだぶの修道服を着せられて、宮殿を去って行った。

 もう蹴らない。だから、行くなと叫んだ。

 お前は、オレじゃないのか。オレは、お前じゃないのか。

 同じ顔で、同じ身長と体重で、同じものを食べ、同じベッドで眠る。

 離れたくない、と王に訴えた。

 弟が行かなければならないのなら、オレも行くから、王宮を出るから。


『殿下、恒星間通信が入っております』

 秘書官が内線で呼びかけた。

 執務室で、椅子に掛けたまま暫しウトウトしていたようだった。

「アギール公爵か」

『いえ、サラ=オーディンティオス星、修道会本院からでございます』

「相手は」

『殿下のご友人だと名乗っておりますが』

 悪い夢は、その告知だったのか。

「繋げ。暗号コードを。傍受されないようにな」

 しばらくして、モニターに、高慢な笑みを浮かべたマーブリック大司教の姿が映った。

『お久しぶりだね、サラディン閣下』

「貴様は、なぜ私を殿下と呼ばない」

 憎々しげに返した。

『決まってるじゃないか。

 私は、神と皇帝と王にしか跪礼を捧げたりはしないんだ。

 アストレーデの開示を決して受けない者に、殿下と呼んでやる義理はない。

 ところで、ファーマムール王国教会の教主様と貴国の国王陛下に、猊下の名前でメールを送付致したのだが、まだお返事を頂いていない。

 そちらの陛下は、一切を閣下に任せてしまっているから、閣下に直接尋ねるのが早いと思ったんだよ』

「ラーフェドラス王国教会設立の件か。

 こちらは今、その国に攻めようとしているのに、それに答えてやる義理があるのか」

『一応、回答する意志があるのか無いのか尋ねておかないと、事務的な問題があるだろう。

 了承した。回答する意志がない、だな』

「だが、一応、聞いておく。新教主は誰だ」

『知っているから、あんなところに攻めてくるんだろう』

「この、欲の権化が」

『ボードゲームのいかさまを人のせいにして、謝らない奴よりはマシさ。

 まだ、謝罪してくれないのかな』

「それは、貴様が私を王弟として処遇してからだ」

『繰り返して云うが、私はあの時、すでに現役の公爵位を持ち、その責務を果たしていた。

 だが、閣下は、王太子の弟君にすぎない。エプタプラム公爵位に任ぜられるより前のことだ。

 だから、あの時の序列は私が上だ。閣下に礼を捧げる事はできない』

 この二人は、かれこれ二十年ばかり、この喧嘩を続けていた。

 たった十五歳の時の、帝国教会での半日の出来事のために。

 ユルジサンドは、帝国教会の学院に寄宿していた。

 ちょうど帝国の祝賀の行事のためにサラディンも帝国を訪れており、その場に、騎士団長として祝賀に臨むラヴィロアも居た。

 ラヴィロアは、ユルジサンドと修道会の関係で親しく交流をもっていた。式典までの半日ほどの空き時間があり、サラディンは久しぶりに、ユルジサンドと水入らずで過ごす時間を楽しみにしていた。

 だが、待ち合わせの場所にはラヴィロアも居て、ユルジサンドと非常に仲の良い様子に、つい意地悪をしたくなった。

 だから、ボードゲームでズルをして、ラヴィロアを負けさせようと思ったのだ。

 自国内に居る感覚であったから、サラディンは自分が王族であるので、当然それに気づかれても、相手が指摘できないと思った。

 だが、ラヴィロアはこの時、正式に公爵であり、継承位は振られていたが妾妃の子供であるサラディンのほうがその場では現実に序列は下であったので、場は大もめになった。

 たまたまその場を、騎士団総司令官が通りかかり、上司の権限でラヴィロアに頭を下げさせたが、その件が未だにしこりになっていた。

 謝らないからと、ラヴィロアはサラディンから様々なものを奪った。

 まず、一番大きなもの。

 それは、すでにファーマムール王妃に決定していたラーフェドラス王女フェイレンリーリアを奪っていった。

 次に、継承権の明確化のために、継承権を廃し終身修道宣誓をして修道会に送られた双子の弟、ユルジサンドをエストリダ内戦利用して奪って行った。

 ファーマムール王国の、王家としての面子を潰され、それに畳みかけるように、サラディンの精神的なよりどころであった半身を失わせた。

 思えば、ほんの些細な事の理不尽を被っているのは、サラディンのほうであった。

「いつまでも、古い話にこだわるんじゃない。

 私は貴様ほど暇じゃないんだ」

『もう一つ、大事な要件がある』

 ラヴィロアの表情は、これまでの軽口を叩く様子から切り替わった。

『ユーリに、大気変成弾の後遺症が出ている。

 自然戒律により、高位にある修道士は、事故の場合を除き積極的な治療を行うことができない。

 もし、彼がきみに会う事を許すなら、即刻会う機会を設けるが、きみにその気はあるかい、サラ』

「貴様は、自分が何を云っているのか解ってるのか」

 サラディンの声が震えた。

『私は、ユーリの親友として、伝えるべき事を伝え、やるべき事をやるだけだ。

 他意はない」

「だが、今、オレと貴様は戦争をしているのだぞ。

 貴様はラーフェドラス王国の政治の一翼を担う身となるのに、それは背反行為ではないのか」

『ラーフェドラス王国とファーマムール王国間の戦争に、ユーリとサラ、そしてユーリと私のことは関係はない。

 ユーリは帝国領内のタリアンファットに住んでいる。

 会う席を設けるのは私でなくてもかまわないだろう。

 帝国側にも、連邦国内にも、私が秘密裏に使える伝はある』

「この場で即答はできない。

 余命は、いかほどだ」

『長くて、二年』

 サラディンは落胆していた。

『もし、私を介さずに会う機会を持ちたければ、このアドレスにメールを。

 ユーリの身辺の世話とボディーガードを務めているジョーイという男のアドレスです。 あなたの事は大体知っています。ユーリが会う事を拒否しても、機会を作ってくれるでしょう』

 モニターの向こうで、動揺を隠せぬサラディンに、ラヴィロアは冷たい眼差しを向けた。

『あの時、貴方が使用した兵器が、あなたの最も大切な者の命を奪う。

 それは、ご自身の死を覚悟するよりもさらに痛いでしょう。

 肉親の命を惜しむなら、いま手になさっている『龍卵』は手放しなさい。

 それも、余命幾ばくもないでしょう。

 それを人質に、アギールの兵力を動かしたとて、『龍卵』が砕ければ、アギールは去る。 自らの手を汚さずに、何かを得ようとは思わぬことだ。

 もし、これ以上非道を行うなら、その時は、私はエプタプラムから国を奪うよ』

「黙れ、この悪魔が」

 叫びと同時に回線は切れた。

 サラディンの身の内に、激しい憤りが湧き起こる。

 それが、過去の自らの過ちから生じた、大きな代償を悔いてなのか、それとも、図星を突かれたせいなのかはもう解らなかった。

 ただ、弟を惜しむ。

 あの時、弟なんかいらない、と叫んだ事が痛かった。


 回線が突然切れ、モニターが乱れた。

 その向こうの、サラディンの表情が目に焼き付いている。

「ラヴィ、サラも非道いが、あなたも非道い。

 あれでは、サラは余計に意固地になる」

 カメラの範囲の外れた場所から、車椅子のユルジサンが云った。

「個人的事情で、冷静な判断を失うような奴ではないよ。

 じきに頭を冷やすさ」

 ユルジサンドに背を向けたまま、何も映さぬもモニターを眺めていた。

「どうしたのです、貴方らしくない。

 ラヴィ、あなたは本来、もっと沈着な性質のはず。

 今日は行く先々で挑発的な行動ばかりのようだ」

 目を閉じると、疲労感が眼窩の奥に淀むのを感じる。

「今日は早朝から休み無しだったから、いい加減疲れたんですよ。

 いずれにしろ、明日は家で謹慎しろとの総教主のお達しですから、明日の礼拝後、私はホージュオン島に帰ります。

 そろそろ、夕べの祈りの時刻だ。

 礼拝堂に行きましょうか」

 振り返り、立ち上がる。

 明け方の時と同じように、親友の車椅子を押し、礼拝堂に向かう。

「ユーリ、私は、」

 言い残す言葉があるような気がした。

 だが、胸の奥にあるその言葉を口に出すことができなかった。

 言葉は人を縛る。

 サラディンと、ラヴィ自身が、お互いの立場に固執することによって、お互いがお互いを縛り、それで傷つけあっているに過ぎないこと。

 気づいていないわけではないと、言い残しておきたかったのかもしれない。

 張り巡らした奇計は、誰にも真相を気づかれず発動するだろうか。

 それを発動させれば、ラヴィはサラが行ったと同じように、非道を行うことになる。

 いや、もっと非道いことなのだろう。

 恐らく、サラディンでも出来ない事だ。

 家名を捨てた弟を失うことを、あれほど怖れているのだから。

 

 





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