走り出す。―雪乃
なんか色々あったけど、とりあえず私は体育館へとたどり着く。さてとっ、誰か有望な子は来たかしら。
「どう、文化?使えそうな子は来たかしら?」
「おわっ!?………………ゆ、雪乃ぉ、後ろからいきなり声かけんなよ。びっくりすんだろ。」
「こんな所でボーッとしてる文化が悪いのよ。………………それで、どうなの?」
「うーん、お遊びが大半だな。真面目にやろうってのはあんまり居ない。………………こらハズレかもしれないな。」
「………………ふぅん?なら、そういう人たちにはお帰り願いましょうかね。」
文姉がギョッとする。
「ま、まさか雪乃、………………………………一年の群れに向けてスパイクを撃ち込むのか!?」
「やんないわよ、そんなこと。それをやったら有望な子も逃げちゃうわよ。………………とりあえずは即戦力のあぶり出しとやる気の確認ね。みんなトレーニングウェアは持ってきてる?」
「一応、今のメンバーはね。………………ただ今年の一年はまちまちだな。制服もいるし、体操服もいる。あと何を勘違いしたのかレオタードも。」
「その人は即刻お帰りいただいて?」
「いや最後のは冗談だって。バレエボール、なんつって、ぷぷっ」
「………………そういうギャグはいいから。………………そうね、私もそろそろ顔を出そうかしら。」
体育館の鉄扉を開けると、みんなの視線がこちらを向く。………………ふん、見た感じめぼしい子は居な………………いや、素質がありそうな子は何人か居そうね。
「………………初めまして。私がこのバレー部の部長、白峰 雪乃と言います。」
名前を言った途端、一年生の中の何人かが反応する。………………この子達は経験者なようだし、まずは第一選考クリア。集団の中から聞こえてくるひそひそ声を拾い集めると、別のおしゃべりと私のことに関する噂が殆ど。中には「ステキ………………」なんて声も聞こえてくるけどそれは無視する。
「………………色々と噂が出回ってるみたいだけど、私は普通の人間だから。岩を叩き割ったりできないし、よくボールを潰したり………………………………はあんまり否定出来ないけど、とりあえず伝わってる噂は殆ど嘘だから。」
私がそう言うと、噂を聞いていた人達はほっとしたような視線を向けてくる。………………けど、その中には鋭い視線を向けてくる子もいて。ちょっとにらみ返すと、負けじと向かってくる。………………ほう、生意気ね。もう一歩ぐいっと踏み出すと、文化に止められる。
「雪乃、ストップ!!………………あーもう、新入生がビビってるじゃんか。」
そう言われて視線を下ろせば、その場にへたり込む人もちらほら。………………え、私ってそんなに怖いかしら………………?ちなみにさっきの視線の子はその場でじっとにらみ返したまま。
「………………あなた、名前は?」
「………………………………瀬良。」
「ふーん。………………ま、話はそのうち。はいはい、座り込んでる人はそのままでいいから聞いて。今から20分後に校舎玄関前に体操服もしくはトレーニングウェア、ジャージで集合。これから『基礎訓練』するわよ?………………あと、うちは遊びの部活じゃないってことは覚えといてね?」
そう言うと、私は先に体育館を出る。慌てて後から文化が追いすがってくる。
「………………おい雪乃っ、ほ、本気かよっ………………………………新入生にいきなり『基礎訓練』やらせるなんてっ!!」
「あら、あの子達を篩にかけるには丁度いいわ。それに、少しでも遅れたり逃げた場合は、それこそ『お引き取り』願うわよ。……………………見た感じ30人ぐらいは居たわね。さて、玄関に集まるのは何人ぐらいかしらね?」
私は内心わくわくしながら、玄関の所で待ち構えた。
「………………なんで半分以下になってるのよ。」
「そりゃ雪乃があんな顔するからだろっ!?」
文化が頭を抱える。その口からは「今年の予算が………………」なんて聞こえてきて、ちょっとだけ反省する。そう、最初30人ちょい居た新入生が、玄関に集まった時には10人居るか居ないかにまで減っていた。
「おいおい、今年のはこれだけかぁ?」
「黒木先輩まで後輩を威嚇しないでくださいよっ!?もっと減るじゃないですか!!」
「んーっと、実家から通ってる子とかは20分じゃ無理じゃない?」
「でも体操用のジャージとかは教室に置いてあるんじゃない?」
「………………………………いや、流石に下着の上に直にジャージは………………」
そんな話をしているうちに、パラパラと人数が集まってくる。やっぱり20分じゃ無理があったのね………………反省。
「さてと、なら始めましょっか。みんな、付いてきなさい。」
そう言うと私は走り出す。最初は軽めにしておくと、みんな後からついてくる。うん、みんな付いてきてるわね。………………でも、ここにあの子は来てなかったわね。私の睨みをにらみ返したあの茶髪の子。
「雪乃、あいつを探してるのか?」
いつの間にか隣にいた文化が話しかけてくる。
「うん、姿が見えないんだけど………………逃げちゃったのかしら?」
「………………………………だと、いいんだけどな。」
「?」
そんなふうに話しながら走っていると、後ろから走って追い抜いていく影。
「あら、遅刻よ?」
「………………………………どうだっていい。」
あの茶髪が、私のことを煽る。
「文化、ちょっとギア上げても大丈夫?」
「んー、いいんじゃない?」
少しだけ先に行くと、茶髪に追い縋る。
「遅刻したからには最後尾よ。」
「………………………………チッ。」
舌打ちしてスピードを落として、集団に飲み込まれていく。それを見て私もスピードを落として集団にくっつくと、後ろから黒木先輩の茶化すような声が聞こえてくる。
「おいおい、『基礎訓練』だろ?これじゃただのかけっこだぞー?」
「もうそろそろ来ると思うんでっ!!………………あ、来ました。」
後ろから追いかけてくる一団を、道を開けて通す。その先頭にいたのは、
「またお世話になるわ、長木屋さん。」
「うっす。こっちもいいトレーニングになるし助かるっす。」
「ありがと。じゃぁ、先に行って?すぐに『追いつかせる』から。」
「うへぇ、悪い顔。………………あんまり後輩虐めちゃダメッすよ?」
そう言うと、長木屋さんご一行様はとっとこ先に走っていく。
「おーい、まだかぁ?」
「待っててくださいっ。今後ろに説明するんで。………………いい?ちょうど身体も温まったでしょうし、これから本番行くわよ。目標はあの陸上部、いい?」
「雪乃、今回はどうするんだ?軽めモードの3km?」
「何言ってるの文化。………………MAXの10kmで行くつもりよ?」
「なっ!?」
後ろの先輩や同期たちも目を剥いてるのが分かる。………………………………ごめんなさい、後で甘い物に付き合うんで今回は許してくださいね?
「新入生も本気解放していいわよ?今回は『軽めの』10kmだからっ。」
新入生達の表情が固まる。………………でも、その中には好戦的な目が見えて頼もしい。
「じゃあ黒木先輩、行きましょっか。」
「おうよっ。………………………………今度こそ陸上部に特大ステーキ奢らせてやるっ。」
一気に二人………………いや、文化も付いてきて三人で飛び出すと、陸上部の最後尾がぎょっとしたようにペースを上げる。
「雪乃っ、このペースじゃ後ろが潰れるってっ、」
「これで残ったメンバーは全員合格って伝えなさいっ。」
「んなムチャなっ!?」
「ヒャハハハハ、これぐらい出来なきゃカケルとアズミンにゃ勝てないよなぁおいっ。」
「まぁあのお二人は規格外でしたもんね。」
そんな話をしながらも、ぱらぱらと陸上部を追い抜いていく。追い抜く瞬間のぎょっとした顔は見てて楽しいけど、他はどうかしらね。
私たちは後ろを振り返ることなく、ただ走り続けた。