走っていると。―雪乃
………………はぁ、もう。望乃夏ったらいっつもこうなんだから。
私は、いい加減ざらつく口の中をどうしようかと思い悩みながら校舎を出る。………………………………望乃夏は実験のことになると、周りのことなんてほとんど目に入らない。だから私が支えてあげなきゃいけないんだけど………………………………今は私も手一杯で、とてもじゃないけどそんな余裕はない。
………………………………私は、やることが沢山ある。宿題に、望乃夏のお世話に、部員集め。どれもこれも大切なことだから疎かにはできない。………………今頃部員集めは文化がやってる頃だと思うけど………………そうね、部長不在じゃビシッと決まらないだろうし、ちょっとだけ顔を出してみようかしら?
とりあえず飲み物を買ってから向かうことにして、ニアマートにより込む。えっと、散々甘い物食べさせられたから………………今日は烏龍茶にしとこうかしらね。
他にも何本かドリンクのペットボトルを抱えてレジに並ぶと、パンコーナーのとこに見慣れた背中を見つける。なにやら真剣に見つめるその先には、デニッシュパンが並んでいて。
「………………………………砂塚さん?」
………………な、なにも飛び上がる程驚かなくても………………
「………………………………な、なによ、白峰さんじゃないの………………」
胸を押さえてほっと息をつく。
「………………ごめんなさい、なにか真剣に悩んでるみたいだったから。」
「………………べ、別に悩んでなんて………………」
砂塚さんが咄嗟に後ろ手に何かを隠したのを、私は見逃さなかった。
「………………ふぅん?ところで今何を隠したのかしら?」
「べ、別になにも………………」
「………………あら、そう。私はてっきりデニッシュを前に体重のことでも考えてるのかと思ったわ。」
「………………ぶつわよ?」
半分は図星だったみたい。私よりもスタイルは良さそうなのに、それでも思い悩むのね。なんて変なことで感心していると、砂塚さんがぐいっと近づいてくる。
「………………絶対、内緒にしといてくれる?私が、ここで難しい顔してたこと。」
「あら、どうして?」
「………………どうしても、よ。どうも私は強面のお硬い人だと思われてるみたいだから、変な噂を立てられてもそれはそれで困るもの。…………………………あなたもそうじゃないの?」
「私?………………………………そうね、確かに望乃夏と付き合い始めてからは周りの評判とか気にするようにはなったけど、今はどうだっていいわ。僻むなら勝手にどうぞ、ってね。」
「………………………………強いのね、白峰さんは。」
そう言うと、砂塚さんは踵を返してすたすたとレジに歩いていく。その手に持っていたのは、私の手のひらサイズのアップルパイで。
「………………アップルパイで悩んでたのね。」
ぎくり、という擬音がぴったりな程に砂塚さんが動揺する。そして私の方に詰め寄ると、
「………………………………好きなのよ、林檎のお菓子。だから新発売のとどっちがいいかなって悩んでたの。………………で、白峰さん。これも………………」
私は肩をすくめる。
「………………黙ってればいいんでしょ?………………それにしても、好きなものぐらい堂々と買いなさいよ。」
「それが出来れば苦労しないのよ………………」
げんなりした様子でレジへと歩いていく。………………私ももうそろそろ行かないとね。
ニアマートを出ると、まずは烏龍茶で口の中をさっぱりさせる。それから、そういえばまだ制服のままだったことに気がついて急いで寮の自室へと戻る。当然ながら望乃夏は戻ってなくて、今朝に部屋を出た時のまま散らかっていた。とりあえず片付けるのは後回しにして、いつものジャージとトレーニングウェアに着替える。流石にトレーニングウェアの方はスカートと違ってキツいなんてことはなくて、すんなりと着ることができた。さてと、急がないとね。
軽いアップ代わりに寮の廊下を小走りに走っていると、曲がり角のところで向こうから来た人とぶつかりそうになる。
「あら失礼。」
するんとかわしてそのまま行こうとしたけど、なんと向こうは身体をこっちに倒してわざわざぶつかってくる。流石にちょっとカチンときた私は、その手首を掴んで引き寄せる。
「わぁお、ダイタン。」
ちょっとスカしたふわふわの茶髪が私のことを見てニヤニヤする。
「あなた、一体どういうつもりかしら?」
「いやぁ、お姉さんみたいないい人とすれ違うだけってのはなんか味気ないじゃないっすか。どうです?走って喉かわいてるでしょうしこのままお茶でも?」
「あら、ナンパ?………………………………お生憎様。私はもう捕まってるのよ。」
そう言って薬指を見せつけようとして、そういえば指輪を部屋に置いてきたことを思い出す。
「なーに見栄はってるんですか、まだフリーなんでしょ?」
ぐいぐいと来るナンパ野郎(?)にむっとして、ひとまず右手で押し返す。意外と軽かった。
「………………もし次もこういうことしたら………………………………タダじゃおかないわよ?」
冷たくそう言い放つと、また廊下でアップを再開する。………………それにしてもさっきの人、見ない顔ね。新入生かしら?
寮を抜けて体育館の方へ走っていると、後ろから走ってくる一団があった。陸上部ね、お疲れ様。
「あっ、雪乃ちゃん。」
「白峰さんじゃん………………」
その中に見知った顔がいて、声をかけてくる。
「あら、長木屋さん。それに………………犬飼先輩。」
「今は一人?他のみんなは?」
「あー、私だけ別メニューで調整してます。………………ちょっと、ウェイトの問題で。」
「ほえ?雪乃ちゃんはそこまで変わってないけど………………足もちゃんとしてるし、問題はないんじゃないの?」
………………そういえばこの人、お風呂で会う度に私の足に目線を送ってくるのよね。やっぱり陸上部のクセなのかしら?
「先輩、ウェイトが増えても足にはひびかないっスよ。………………どうする?私達と走る?これから長短別れて走るから丁度ペースメーカーが欲しかったとこなんだ。」
「せっかくだけど遠慮しとくわね。これから部活の様子も見に行かないと行けないし。」
「そうなんだ、………………じゃあまた今度にでも。………………はいクール終わり!!ラスト行くよっ。」
いつの間に取り込んだのか、陸上部の集団にはちらほら新入生らしき顔ぶれも見える。………………向こうも頑張ってるみたいね、こっちも頑張らないと。
私もまた、スタートを切った。