保健室の姉妹会議。―文化
「………………………………なぁ、」
「………………………………」
(………………………………ちっ、ほんとに寝ちまったのか………………)
墨森ちゃんと雪乃が保健室を慌てて出ていったあと、あたしはずっと天井を眺めていた。………………………………なーんか、暇だなぁ………………相変わらず腹はぐーきゅるるなんて変な音立ててるけどさ。
「………………………………なぁ、明梨………………」
ダメもとで、もう一度カーテンの向こうにいる明梨――私の妹に声をかけてみる。
「………………………………なーに………………?」
ごろんと寝返りをうつ気配の後に、なんだかだるそうな明梨の声。………………まぁ、いつもこんな感じなんだけどさ。
「………………ん、いや………………具合の方はどうかなって。」
「………………相変わらず。身体もなんか熱いし、近いうちに………………『始まり』そう。」
「………………そっか。用意はしてあるのか?」
「一応、一週間分は。………………でも、最近は文姉からもらったの一錠でも効かなくなってきた。」
「マジかよ。あたしなんか半錠でぴたっと止まるのに。…………………………やっぱり今度ちゃんとしたとこで診てもらった方がいいかもな。何かの病気かもしれないし………………」
「………………ん、やっぱり………………?」
「当たり前だろ、半月もそんなにぐでーっとしてる方が不味いだろ………………」
「………………あー、多分このぐでーっは、副作用だと思う………………それにしても、………………痛みで転げ回るのと、痛くないけどぼーっとして何も出来ないのの二択とか………………………………こんなんなら、女の子に『ならなきゃ』よかったかなぁ、って………………」
明梨の言葉に、ふと昔のことを思い出す。『女の子になる』、か。………………ふふっ、明梨は確かに、中身は完全に男だったよなぁ。
「………………文姉、もしかしなくても笑ってるでしょ。」
カーテンの向こうからはむくれた明梨の声。げっ、どうしてバレたんだよおい………………
「………………それはどうでもいいか。………………っ!?」
明梨が急に息を呑む。
「………………来たか?」
「………………かも、しれない………………一応、付けてきたから、大丈夫………………」
「いつもの薬は?持ってるか?」
「………………寝る前の強めのと、一時しのぎのやつ………………」
「貸せっ」
明梨からポーチをひったくると、迷わず強めな方をシートから押し出して明梨の口に落とし込む。
「あたしの飲みかけで悪いけど、そら飲めっ。」
さっき墨森ちゃんが買ってきてくれたスポーツドリンクを明梨に手渡すと、既に頭が回ってないのかぼーっとペットボトルを両手で握ったまま固まっていて。
「ああもうっ、口開けろ。」
半開きになった口に無理やりスポーツドリンクを押し込む。こくり、と喉がなったのを確かめてから、ボトルを引き離す。それからゆっくりと寝かせると、少しだけ明梨のことを端に動かして空いたスペースにあたしも横になる。
「………………ほら、昔みたいに姉ちゃんが添い寝してやる。眠くなるまで付き合ってやるよ。」
「………………ふ、ふみ、ねぇ………………いいよ、もう………………高校生、だし………………」
「ばかやろう。明梨、いくら大きくなって、いつまで経ったとしてもお前はあたしの妹に変わりはないんだ。姉貴の言うことは素直に聞けってんだよ。」
布団を剥がすと、熱を持った明梨の身体からブレザーを丁寧に脱がす。ついでにワイシャツのボタンを何個か外して楽にすると、相変わらず平らな胸を覆う、これまた変わり映えのしないピンクのジュニアブラの隙間から汗が流れる。………………流石にこれは脱がせるわけにはいかねぇよなぁ………………
「ふみ、ねっ………………」
眠たげだけどそれでも咎めるような視線に、優しく布団をかけ直す。
「………………なぁ明梨、少しだけ昔の話をしようか。」
「いい、けど………………」
「………………ん、なら………………そうだな、明梨がまだやんちゃだった頃のことでいいか。」
「………………………………それは、やめて。」
「………………あ、ダメなん?」
「………………もっと、熱が上がりそう、だし………………」
ほんのりどころかオーバーヒートしかかっているほっぺたを軽く拭ってやる。………………………………うん、このネタでいじるのはまた今度にしようか。
「………………なら、小6の中頃のことにしようか。………………休みの日にふと見たら、あたしの制服が無くなってて、よくよく探してみたら………………明梨が着てたことあったよな。『もうそろそろスカートにも慣れとかないといけないし』って言ってたけど………………………………その頃からだよな、明梨が『女の子』になろうとし始めたの。」
「………………そんな、ことも、あった、ね………………」
少し恥ずかしそうな明梨にちょっとだけ罪悪感を覚える。
「………………『初めて』のことにあたしに泣きついてきたのがその3ヶ月前、そして言葉遣いが変わったのがそれから間もなく………………………………なんて言うんだろな、当時のあたしは『やっと明梨も落ち着いてくれたか』って思うだけだったけど………………今になってみると、無理やり今までの自分から逃げ出そうとしてたように思えてな………………なんだか、寂しくなってよぉ……………… 」
「………………いいじゃない、そんなの………………」
「………………よくねぇんだよ、それが。………………あたしが明梨のことを無理やり変えちまったんじゃないかって、未だにそう考えてるんだよ。………………中学に上がって、それまでよりも時間が取れなくなって、それで明梨にも苦しいとこ見せちゃったしな。………………………………そのせいで、すきにできてた明梨にまで負担をかけちまったからな。ごめんな、あたしがもうちょっと強い姉ちゃんだったら………………」
「そ、そんなこと言わないでよっ!!ふ、文姉は………………………………あ、あたしの憧れ、なんだからっ………………」
「………………………………へ?」
「………………………………あっ………………」
いきなり起き上がったかと思えば、また布団にぺしゃーんと倒れ込む。
「………………へぇ?ふーん?なるほどなるほど?………………要するに、明梨はあたしのこと好きになって、それで女の子らしくなろうとした、と。」
「………………………………ふ、文姉の、バカ………………」
更に熱が上がったっぽい明梨の背中をつんつんと指でつつく。
「そーかそーか、だから帰省する度にあたしについてまわってたんだな?明梨はシスコンだったのかー、ふーん?そんなんじゃ好きな子できないぞ?」
「す、好きな子ぐらい、いっ………………」
「お?」
「………………な、何でもないっ、寝るっ!!」
ばさりと布団をひっかぶって向こうを向く明梨。………………ちぇ、素直じゃねーの。
「………………………………文姉、やっぱり添い寝して。」
「………………この甘えんぼが。」
あたしもブレザーを脱いでメガネを外す。………………ちょっと暑そうだし、ワイシャツのボタンも何個か外して胸のところを涼しくする。
「ほらよ。………………………………何年ぶりか分かんないけど、こっち来い。………………………………って、なんだよ、もう寝てんのかよ。」
………………………………ちぇ、気まぐれなんだから………………
あたしは、かわいい妹の背中にそっと胸を押し付けて、そっとまぶたを閉じた。




