思い出の味。―望乃夏
「うーふ………………」
「だ、大丈夫………………………………?文化………………」
「ま、まぁ、なんとか、なっ………………うっ………………」
その場にしゃがみこむ文化を気遣って、背中をさすってあげる。
「あ、ありがと、墨森ちゃん………………あ、なんかまたお腹痛くなってきたし………………」
「だ、大丈夫………………? トイレ、行く………………?」
「お、おう………………………………その、墨森ちゃん………………流石にハズいからさ、その………………………………外出ててくれる?」
「わ、わかった………………………………じゃあその間に、ニアマート行ってくるね………………このままだと干物になっちゃうし………………」
「う、うん………………………………その、できればアイスが食いたいんだけど………………」
「えぇ………………………………もっとお腹壊すよ………………」
「な、なら………………………………おにぎりで、いい………………ぐっ、な、波が………………………………と、とにかく頼んだぞっ!?」
そう言い終わる前に、文化がトイレのドアの向こうに消えていく。慌ててボクもトイレを離れると、階段を駆け下りてニアマートの行列に身を投じた。
(えっと、パウチのスポーツドリンクゼリーと、おにぎり各種とっ………………ココアは流石にアウトとして、そうだなぁ………………)
迷った末にはちみつレモンにして、レジの行列で自分の順番を待つ。
(あ、雪乃に連絡しとかないと………………いや、今は文化を保健室に連れていくのが先か………………)
おつりを受け取るのももどかしく、そのまま校内へとかけ戻る。
「文化、いる?」
混雑したトイレのドアをコンコンとノックすると、中からはカラ元気な文化の声が聞こえてくる。
「な、なんとかまだ生きてるぜっ………………………………今、鍵開ける………………」
しゅるっと衣擦れの音の後に、鍵がするんと開く。さっきよりも青白い顔の文化を連れ出すと、入れ替わりに先頭に並んでいたネコみたいな顔の子が早足で個室に滑り込む。
「………………………………うー………………全部出きったかも………………」
「ほらほら、手ぐらいは洗おうよ?」
ぐでーっとした文化の手を水道にくぐらせると、高等部の保健室へと文化を担いで運んでいった。
「はい、そこのベッド空いてるから寝てなさい。………………………………それにしても去年のおやつを食べるなんて命知らずね。場合によってはあなた、死んでたわよ?」
「へへっ………………………………朝ごはん食べる余裕なかったんで、つい………………」
「食い意地も程々にね?」
「はーい」
それだけ言うと、保健室の先生はまた書き物へと戻っていった。
「………………………………ごめん、ボクのせいなのに………………」
「あーいいっていいって、気にしないでよ。確かに古いモン渡したのは墨森ちゃんだけどさ、それを知っても食べたのはあたしなんだからさ〜。………………ふぅ、ひどい目にあった………………」
文化がお腹をおさえて寝転がる。日焼けしてていつでもうっすらと茶色い顔が、今は青みがさしていて、弱ってるのがひと目でわかった。
「………………で、墨森ちゃんは一体何を買ってきてくれたのかな?かな?」
視線だけこっちに向けてキラキラしたまなざしを送ってくる。………………前言撤回。まだ全然元気じゃんか………………
「ん、とりあえずはスポーツドリンクゼリーと、おにぎり。………………色んなもの流れ出ちゃってるだろうから、塩おにぎりにしたけど………………嫌だった?………………………………文化?」
コンビニの袋からおにぎりを取り出すと、文化の視線が遠くなる。もう一度呼び返すと焦点が戻るけど、どこか焦っているみたいで、
「………………どうしたの?塩おにぎりは、嫌い?」
「………………ああいやっ、そうじゃなくて………………………………いや、塩むすびを見ると、ちょっと昔のことを思い出してね………………………………。ほら、うちは農家だし下の兄弟が多かったって話したことあったろ?」
「う、うん………………」
「………………それでなっ、すぐ下の妹が、これがまた暴れん坊のやんちゃ坊主………………いや、おてんば娘、か?こいつがなっ、学校終わってうち帰ってくるとすぐ『ただいまっ、姉ちゃん腹減った。』って、玄関にランドセルぶん投げて台所まで走ってくるんだよ。『待ってろよ、今作ってやっから』って叫んで、そのランドセルを部屋まで運ぶのがあたしの日課だったんだよ。まぁ作るってもそんな難しい料理はできないし、冷食なんて買い置いてないしねー。つーわけで、中ぐらいの塩むすびを2~3個作ってやるわけよ。一つはあたしが食うんだけどなっ。『またおにぎり?』なんて文句言うくせにちゃんと食うんだからな、あいつ………………」
文化が遠い目で天井をながめる。
「………………へぇ、じゃあ塩おにぎりは思い出の味なんだ。」
「………………ま、そういうことになるな。」
そう言うと、身体を起こしておにぎりにかぶりつく文化。
「なんだよ、塩っけが足りねぇなぁ。」
なんて文句を言いつつも、すぐに平らげてしまう。
「うん、その食べっぷりなら大丈夫だね。」
半ば呆れつつそう言うと、背後で保健室のドアがノックされる。
「はーい、どうぞ〜」
保険医さんの返事にガラガラと開く扉。そして、そっちに目を向けた文化の目が丸くなった。
「おまえ………………」




