さて、と。―望乃夏
雪乃達の試合のビデオを見終わると、ボクはほっと一息つく。
「………………なんか雪乃って、すごいね。」
思わずそう呟くと、隣にいた雪乃が自慢げに無い胸を張る。………………いや、ひょっとすると最近はボクよりもあるかも………………?
「あんまり望乃夏に見られたくはなかったんだけど………………そう言ってもらえると嬉しいわ。」
雪乃の仏頂面がほんの少しほころびたのを、ボクは見逃さなかった。
「へへっ………………こんな雪乃も居るんだなぁ、って。こう見ると、ボクが知ってる雪乃のことなんて、ほんの一部しかないんだなぁって思い知らされたよ。………………あーあ、こんな事ならボクもバレー部の試合、見に行ってればよかったかな………………」
「ちょっ、望乃夏っ………………………………く、来るなら事前に言っておい………………いやそしたら緊張しちゃうし………………あわわ………………ど、どうしよ………………」
雪乃が頭を抱えてあわあわする。………………あ、この雪乃も見たことないかも。
「いーんじゃない?雪乃に知らせない方が。それで見つからないように覗いとけば。………………事前にバラしちゃうとさ、雪乃は絶対キンチョーしてかっちんこっちんになっちゃうだろーし。それで試合終わったあとにこっそり混ざっとけば………………」
「いや、流石にそれはちょっと………………………………ねぇ雪乃。………………………………ボクに応援されるの、嫌?」
「ひうっ!?………………の、望乃夏の応援………………そ、そんなの………………………………………………きゅう。」
雪乃が一声鳴いてぱたっと倒れる。
「ゆ、ゆきの………………………………?」
倒れた雪乃に恐る恐る近づくと、
「あちゃー………………こりゃ完全にオーバーヒートしてやがる………………おーい、雪乃ー?」
文化が雪乃のことをぺしぺしと叩く。ーーーへんじがない、ただのゆきののようだ。
「なんかさっき、頭から湯気出てませんでした………………?」
「顔とかすごい真っ赤ですし………………」
「あー、うん………………………………ここまでオーバーヒートしたの初めてじゃないから、多分大丈夫………………。しばらくしたらお腹がすいて元に戻ると思うし。」
「なんか扱い雑じゃないですか!?」
「はいはい、それじゃあ雪乃がギブアップしたことだし外野は退散しましょっかー。………………大丈夫だって。雪乃の取り扱いにかけては世界一な墨森ちゃんがこう言ってるんだ。明日になればちゃーんと元通りさっ。」
そう言うと、襟首を掴んで新入生二人をずるずると引きずっていく。
「きゃっ!?」
「わっ、ちょっ………………………………あ、あのっ、失礼しましたっ!!」
慌ただしく3人が去っていったあと、ひとまずボクは冷蔵庫から冷えたお茶を取り出して雪乃のおでこに載せた。
「ひゃっ!?………………………………あ、あれ………………?」
「あ、雪乃が生き返った。」
「………………………………のの、か………………?」
きょとんとする雪乃に、まずはペットボトルのお茶を持たせた。
「ボクが試合見に行くって言った途端に雪乃がオーバーヒートしちゃって………………それでみんな帰っちゃった。」
「そ、そう………………………………」
んく、んくっ、と、雪乃がペットボトルの中身を一気に飲み干した。
「………………だいぶ落ち着いたわ………………。そうね、望乃夏が応援してくれるのはうれしいけど………………………………変に力入っちゃいそうだから、私に気づかれないようにで、いい?」
「ん、分かった。………………会場には来るけど、遠くから見てることにするね。」
「………………ごめんね、私のワガママ聞いてもらっちゃって………………」
「ん、いいのいいの。………………………………こっちこそ、ワガママだし。」
「………………ありがと、望乃夏。」
自然な流れで雪乃が身体を寄せてくる。たった一本のコールドドリンクじゃ到底覚ましきれなかった雪乃の微熱が、ほんのりと肌を伝ってボクの中に伝わってくる。
「…………………望乃夏、………………電気、消して。」
「………………………………わかった。」
はやる気持ちを抑えて部屋の明かりを落とす。今夜は月も雲隠れしてるせいで、一瞬で部屋の中が闇に包まれる。
「………………はは、これじゃ雪乃がどこにいるのか分かんないや。」
「………………………………うそつき。『どこにいたって見つけてあげる』って言ってたのは、どの口よ。」
「あれ、そんな事言ったっけ?」
首をかしげながら、雪乃の声を頼りにベッドまで歩いていく。途中でパジャマのボタンは全部外して、仄かな熱を少しずつ部屋の空気に馴染ませていく。
「望乃夏、早く………………」
暗がりに慣れてきた目が、雪乃の輪郭を映し出す。雪乃は既に準備万端で………………脱ぎ散らかされたパジャマが足にまとわりつく。
「雪乃………………」
「のの、か………………」
甘い声に誘われて雪乃の肩に手をかけた時、背後で物音がするのが聞こえた。
「………………雪乃。」
足元のパジャマを手早く雪乃に投げて、ボクもパジャマを整える。
「………………………………望乃夏、まさかこれだけその気にさせておいて、イザとなったら『やーめた』なんて言うんじゃ………………」
「雪乃、早くそれ着て?………………さてと、どうやらpeeping・tomが居るようだね。」
くるりとUターンして、入口のドアに手をかける。そして鍵を開けるとすぐさま戸を内側に引っ張る。
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
「うわぁっ!?」
正体は何となく分かってるけど、一応電気をつけて確かめる。部屋になだれ込んできたのは、
「………………………………一応聞くよ?………………何してんの?」
「わ、私たちは、安栗先輩に言われて仕方なくっ」
「ギルティ。………………んで、主犯の文化は何か言い分ある?」
「い、いやぁ………………仲睦まじいっていいねぇ、うん。」
「そんなんで誤魔化せると思ったの!?………………………………あーもう、雪乃、やっちゃって。………………って、雪乃?」
あれ?と振り向くと、雪乃はもう、噴火するまで秒読み状態で、
「………………うわーーーん!!出てけー!!」
枕やら目覚ましやら、手についたものをほんとに手当り次第投げつけ始めた。
「み、みんなにげっ、がっ!?」
頭の後ろに何かがぶつかる音がして、そこでボクの意識は途切れた。




