お風呂上がりは。―望乃夏
「………………ぷんすこ」
「ゆ、雪乃ぉ………………」
「………………なぁに?『猛獣使い』さん。」
「ゆ、雪乃………………やっぱり根に持って………………」
「あら、何のことかしら?」
ゆ、雪乃ぉ………………め、目が笑ってないよ!?しかも後ろの子達ビビってるし………………
その気まずい流れに割って入ったのは、文化だった。
「はいはいはいっ、そんな睨まないのっと!雪乃は墨森ちゃんが大好きってことで、それでいいじゃんかさ〜」
「ふ、文化っ………………」
雪乃が一瞬でゆでダコになる。………………あ、あはは………………ほかの人に改めてそう言われると、なんか恥ずかしいな………………
「はいっ、それじゃあこの話はここでおーわりっと。………………てなわけで、そろそろ飯食いに行かないか?さっきからお腹ペッコペコでさぁ。」
文化が自分のお腹を何度もさする。………………そういえば雪乃と違って、文化のお腹はそんなに筋肉っぽいものが見当たらない。………………いや、逆に脂肪の塊なら目立つほどおっきいのが付いてるんだけどね?小憎らしいことに。
「………………そうね、私もお腹空いちゃったし………………望乃夏もそろそろ上がった方がいいんじゃない?貧血の長風呂は体に毒よ?」
「そうだねっ。………………あ、君たちも来る?」
「は、はいっ!!お供させてもらいますっ。」
直立不動になって月夜ちゃんが答える。
「もうっ、そんなに固くならなくてもいいんだよ?………………んで、そっちの子………………あー、うん………………こう呼ぶのも面倒だし、キミの名前も教えてよ。………………そうだ、月夜ちゃんにもボクの名前も教えてなかったよね。」
改めて二人の前に向き直る。
「ボクの名前は、墨森 望乃夏。………………そこにいるもうじゅ………………じゃなかった、雪乃のルームメイト、兼………………こ、恋人、なんだ。」
最後の方は尻すぼみになる。ギュッと太ももをつねられる感覚に振り向くと、雪乃が不機嫌な顔で、
「………………最後までもっと堂々と言いなさいよ。………………どうせみんなにはバレてるんだし、………………私たちのこと。」
「だ、だって………………………………やっぱり堂々と言うのは恥ずかしいって………………」
思わず内股でモジモジする。………………そ、そう言う雪乃だって………………
「あ、あのっ………………………………私はっ、灰谷 月夜と申しますっ!!………………ポ、ポジションは………………特には………………」
「私は………………中田 美鳥と、申します………………そ、その………………そこの先輩は………………」
「ん、あれ?あれは雪乃の下っ端その1だよ?」
「説明がひどいなっ!?………………あーもう、あたしは副部長の安栗 文化だよ………………」
文化と目があった途端、美鳥ちゃんが「ひっ」と声を漏らして後ずさる。あーあー、心に傷つけちゃって。
「………………と、とにかく上がるぞっ。さっさと飯にしようかっ!!」
文化が焦ったようにそう言う。………………ありゃりゃ、その反応は想定外だったみたいね………………
「んーっと、これは想定外だなぁ………………」
「ほんとだね………………人がそんなにいないや。お風呂満杯だったから、てっきりこっちも混んでると思ったのに………………」
「ま、いいんじゃない?これはこれで落ち着いて食べられるし。」
「雪乃の場合は『おかわりのライバルが居なさそうだから』ってのもあるよね?」
「そ、そんなわけ………………………………ある、かも。」
「あるんだ。」
「やっぱり雪乃だわ。」
「う、うるさいわねっ!!………………ほ、ほら、今日のメニューはこの三種類よっ。」
雪乃が話を誤魔化して、大きめのイーゼルに立てかけられたプレートを指さす。………………………………ふぅん、今日のメインはカツカレーかぁ。………………………………あ。
「ふふん、やっぱりここはみんなカツカレー、だよな?」
文化が意地悪な笑みを浮かべる。
「お、いいですねっ。私カレー大好きですっ。」
月夜ちゃんももれなくうきうきする。美鳥ちゃんも嫌いではないらしく、どことなくそわそわしていて。………………横に目を向けると、雪乃はこっそりと目を逸らしていた。
(雪乃、どうするの?)
(………………こっちのカツ丼にするわ。)
(………………分かった。)
雪乃と小声で『打ち合わせ』をすると、二人で並んで食券を発行していく。
「………………あれ?どうだったっけ………………」
「月夜ちゃん大丈夫?………………ここを、こう、ね。」
「あっ、ありがとうございます………………」
「ふふっ、この自販機って手順が難しいからねぇ、慣れないうちは戸惑うと思うよ。」
「そ、そうですね………………」
そんな話をしつつ、ボクも食券を発行する。雪乃もちょうど終わったようで、5人で配膳の列に並ぼうとすると、食券機の方が騒がしくなる。
「えいっ、このっ………………意地でも私にカツカレーを食べさせない気なの?」
私の後ろに並んでいた子が、食券機を蹴飛ばしていた。
「あれ、こうだったかしら?(がんっ、ごすっ)」
「………………あれ、止めた方がいいよね?」
「いや、もう止められたみたいです。」
食堂の人が目の色を変えてすっ飛んできて、その子を羽交い締めにしていた。
「………………確かあの子、入学式の時に見たような………………」
「………………なんか今年の一年生は変わった子が多いみたいね………………」
雪乃が他人事のように言う。
「………………っと、あたし達の番か。すいませーん、これお願いしますっ。」
トレーを持って待っていると、てきぱきとお皿が載せられていく。雪乃とボクのトレーには丼が、ほかの3人のトレーにはサラダやカツカレーが載せられていく。
「………………………………あれ?先輩たちはカツカレーじゃないんですか?」
「ああ、えっとね………………」
「ふふふ、実はな………………」
「文化、何か言った?」
「いえ何も〜?別に『雪乃は辛いものが苦手だから、カレーは甘口じゃないと食べられない』なんてこれっぽっちも言ってませんよ〜?」
「今盛大にバラしたよねっ!?」
ボクの渾身のツッコミが入る。その様子を、月夜ちゃんと美鳥ちゃんが目を丸くしてみていた。




