直接対決。―雪乃
「お、怯えんなっ!!打てっ!!」
茶髪猿がそう叫んだのは、私達が一球もサーブ権を向こうに渡さないまま8点目が入った時だった。
「やれやれ、あんなので周りが付いてくると思ってんのかねぇ………………」
次のサーブ役を務める文化が呆れる。
「なんかあいつ雪乃に似てんな、なぁ?」
「………………は?先輩目が悪くなりました?」
「いや、言われてみれば性格なんか雪乃っぽいな、うん。」
「………………鷹城先輩まで………………」
………………………………私のどこがあの茶髪猿と似てるってのよ………………………………
「そうは言っても、最初の雪乃ってあんな感じだったぞ?とにかく周りを威圧して、自分が一番って感じで。」
「あ、あれは………………………………その………………」
「だからさ、案外あいつも叩けば治るかもしれんぞ?」
鷹城先輩がこっそりと耳打ちする。………………………………なるほど、荒療治すれば使い物になるかもって事ですね。
「おいっ!!サーブはまだなのかっ。」
おっと、噂をすれば猿が喚いてるわね。
「んじゃ弱めの行くから、雪乃、………………軽めの見せてやれ。」
「んっ。」
文化が緩めの山なりサーブを投げ入れる。すかさず茶髪猿が周りを押しのけて力を弱め、そばにいた奴にトスさせる。………………さっきから周りを突き飛ばしてばかりね、少しはチームプレーを覚える気は無いのかしら。………………っと、返ってきそうね。
「オラッ!!」
予想以上に強いのが返ってくる。しかも、メンバーが密になったところに。………………分かってるわね、密になりすぎると逆にお見合いや衝突でチャンスを失わせることができるってことを判断できるぐらいには経験を積んでる、ね。でも、この程度でうちが崩れると思ってるの?
「雪乃、頼む。」
その声と同時に床を蹴って飛び上がる。明らかに違う音に反応したのは、コートの中に何人居たか。狙い違わず、粗になったコートの中心に「軽めに」叩きつけよう………………として、滑ってボールの芯がズレる。コートを外れたところの床から聞こえたズドン、という異質な音に、ざわめきが殺される。
「………………すいません、外しました。」
「………………………………雪乃、カッコ悪いぞ。」
「ま、いいんじゃない?………………向こうもやっと、事の重大さが分かったみたいだし?」
向こうのコートはお通夜状態で、茶髪猿を除いてみんなで会議中。
「あ、あんなん………………………………あ、あたしだって!!」
「………………あのさぁ。」
お、会議が終わったみたい。
「………………私達、もうバレー辞める………………あんなの受けたら死んじゃう………………」
3人ほど、ゾロゾロとコートを出ていく。そしてそのまま体育館を出ていって、振り返ることなく一目散に逃げ出していく。
「まーったく、あんだけ走れるなら最初っから本気出しとけっての。………………んで、残りの4人………………と、コートに残った3人はどうする?………………まだやるってんなら、受けて立つけど?」
文化がちょっとドスを効かせると、コートの中の2人が一歩下がる。
「………………………………わ、私は………………バレー、好きなので………………」
右の子が気弱そうにそう言えば、左の子は、
「………………ここなら、全日本だって行けるんスよね………………?だったら、引き下がる気はないっスよ。」
その目に闘志を滾らせる。
「………………この2人は採用。………………さて、残った4人はどうするつもりなの?左から順に聞かせて。」
順に指名していくと、一番左の子が肩を震わせる。
「あ、あたしは………………………………その、ここでバレー、やりたいです」
「私も、ここで勝ちたい。」
「ここなら憧れの鷹城さんに会える………………じゅる………………………………ハッ、の、残ります残りますぅ!!」
「あのスパイクかっこよかったっす!!ぜひ教えてください!!!!」
予想外の反応に私は面食らう。………………………………ってことは、6人揃ったわね、今年のノルマ分。
「うっし、ならこの6人でもう一回練習戦やってみるか?………………あ、誰かそこの『猿の置物』片付けといて。」
文化が雑に命令すると、隣にいた2人が無理やり茶髪猿をコートから引きずり出そうとする。………………………………ふぅ、とりあえずは片付いたかしらね。
私が踵を返すと、突然の悲鳴と鈍い音。
「お前ぇぇぇぇぇぇ!!」
「雪乃、危ない!!」
茶髪猿が床を蹴る音、続いて私より軽いけどそれでも重さを纏った音が、後ろから流れるように聞こえてくる。
「ちぃっ!?」
文化が滑り込んでボールを高く上げる。追い詰めすぎて向こうの頭の線がキレたらしいわね。………………なら、こっちも。さっきからずっと、かちんと来てたから丁度いい。床を全力で蹴って高く飛び上がると、今度はちゃんと芯を捉えて黄色と白の球を茶髪猿へと打ち込む。
「こんんんんのぉっ、わからず屋!!」
向こうは避けなかった。横っ面にまともに食らって吹っ飛ばされる。
「………………………………後で医務室に運んでおきなさい。」
それだけ言うと、私はコートを出た。
………………………………あれのどこが、私と『似てる』のよ………………。ただの、強情なプライド屋じゃないの。
すっかり冷めた感情に、私はタオルで蓋をした。




