火蓋を落とせ。―雪乃
とりあえず私は、二時ちょっと前に体育館の前で新入生を待つ。………………そうね、無理してでも来る子は居そうだし、そういう子には悪いけど今日のところは帰ってもらわないと。
で、結局新入生13人のうち体育館に時間通りに来たのはなんと10人。ここまでとは思わず私が面食らうと、
「む、無理しなくてもいいのよ………………?」
と、声をかけるけど、
「いえ、疲れは取れたので。」
と、言い張って休もうとしない。………………………………もしかして、採用方針間違えたかしら?
「………………ふぅん、疲れてない、ね。」
もちろん、ウソをついてる子は一目でわかる。とりあえず私は、一番前に居た子の膝をちょんと叩くと、その子は床に尻もちをつく。同じことを何度か繰り返すうちに、残りは6人にまで減った。
「………………………………全く………………今座らされた人はもっと休憩、そこで座って見てなさい。あと文化、全員に麦茶。」
「ほーい。」
文化達がてきぱきと座り込む新入生を片付ける。さて、残った6人は
「離せって!!あたしはまだやれるから!!」
「はいはいこっち来ようね?そんな産まれたての子鹿みたいなあんよじゃ練習にならないよー?」
「うっせぇ!!6人残したってことはよ………………練習試合、やるんだろ?だったらあたしも混ぜろ。」
「それはもうちょい休んでから―――」
「それにっ!!あたしよかバレーのうまいやつがこの中に居るわきゃねぇだろ。だったら模擬戦で力量を図る必要なんかねぇ、とにかくやらせろっ」
「………………何を騒いでるのよ。」
「雪乃、こいつが言う事聞かない。」
文化に首根っこ掴まれてる子を見れば、度々気にしてた茶髪ロン毛っ子。あ、こっち向いた。
「あんたここの部長だろ?だったらあたしを使ってよ。見た感じこの中にゃあたしよか上手いのなんて」
「夢は寝てから見るものって幼稚園で教わらなかったの?茶色猿。」
私がさらりと言い放った言葉に、その場の空気がしぃんとする。 当の茶髪猿ですら、目をぱちぱちさせて困惑している。………………………………あ、怒った。
「アンタ、今あたしのこと何つった!?」
「一人前の口聞くんじゃないわよ茶髪猿。………………『自分より上手いやつは居ない?』どこ見て夢吐いてるの?」
猿は完全にブチ切れたらしい。
「………………あぁもう我慢ならねぇ!!おいアンタ、さっさと模擬戦しろ!!おいそこのヒョロいやつ以外あたしに付いてこい!!」
私の指示すら待たずに、新入生達を顎で使う。心配そうに私の方を見た新入生には、目線で『付き合ってやんなさい。』と伝える。
………………さて、私達もやりましょっか。いい加減、後ろの部員達もこのまま止めとくことは出来なそうだし。
私は、反対側のコートに一人で立つ。それを見て向こう側からは困惑した声と怒鳴り声が帰ってくる。
「………………………………一人で充分とか最強気取りか?」
「雪乃、流石に一人じゃ無理だろ。セッターとレシーバーどうすんだよ。」
「………………確かにそれもそうね。それじゃ、黒木先輩とジュリ入って。」
「ハッ、出番かよ。」
「かほっちやっちゃえー!!」
「かほっち言うなっ、ムードが冷める。」
かほっち―――黒木 果歩先輩が舌なめずりすれば、
「ユキノ、あと3人どうするノー?」
みんなより頭一個抜けた壁――そう、壁役のジュリ―――田村ジュリアス・キリが首を傾げる。
「ハッ、この3人で用は足りんだろ。」
「ダメですヨー。半分の人数に負けたなんて思い知らされたらー、この子達逃げ帰ってママのお膝で泣き叫ぶネ。やるならテッテイテキに、ですよ?」
「ふむ………………それもそうね。なら残りの3人は――」
「あたし達がやるよっ。」
懐かしい声に顔を向ければ、
「………………鷹城先輩に、経堂先輩………………」
「よっ。なんか面白そうだから来てみたわ。」
「全く………………………………そんな様子じゃまだまだ部長の器じゃないぞ?エース。」
一歩足を踏み入れると、新入生達の中からざわめきが生まれる。………………でしょうね、鷹城先輩は中学の時から名前が売れてたし、実際あとを追いかけてた子も多かったしね。………………………………って、サイン貰いに行く子まで………………
「おっし、とりあえずは5人揃ったな。さて、あと一人は………………」
「文化、お願い。」
迷わずに私は文化を、残りの一人に指名する。
「………………へ?あたし?」
「贔屓目抜きに文化のリベロは敵に回したく無いから。………………………………そのことを、向こうに身をもって知ってもらいましょ?」
「確かにこいつのリベロはな………………」
みんなして天を仰ぐ。………………うん、良くはないけど悪くも無い。そんな平凡な性能だけど、絶対敵に回したくない理由はいくつかある。それは………………………………
「………………お前ら落ち着けよっ!!どれだけ名前が売れてようと『死んだエース』にビビっても」
「………………………………何か言ったか貴様?よく聞こえなかったんだが?」
鷹城先輩が目を細める。同時に向こうの6人のうち、気弱そうな2人がその場にへたりこむ。
「………………ひ、久しぶりに出たな。カケルの視線………………」
誰かがゴクリとつばを飲む。………………………………そう、鷹城先輩の感情が昂ると、鋭利なナイフよりも鋭い視線に襲われる。………………これが、『鷹』の二つ名のもう一つの意味。
「へへっ、やっぱカケルはこうじゃねーとなっ。最近のカケルは大人しくて張り合いなくてなー。」
「………………………………アズミうっさい。」
スッと視線が和らいで、雰囲気が一瞬で丸くなる。
「………………………………あんたのせいじゃん。こんなんになったの。」
「………………………………キレたナイフの方も好きだけど、今の飄々とした方も好きだぞ?」
「………………………………先輩達、そう言うのは部屋でお願いします………………」
………………ほらぁ、新入生達ぽかーんっとしてるし………………………………あ、向こうの猿がもうそろそろ暴発しそう。
「あ、せっかくなんで鷹城先輩、一発打ち込んであげてください。」
と、鷹城先輩に最初のサーバーを任せる。
「勝手で悪いが………………行かせてもらうぞ。」
初球が高く上がって、相手のコートへと刺さった。




