新しい日に。―雪乃
一日と開けずに新章です。
『感動を返せ』←返品交換は受け付けてませんので悪しからず。
「................んっ................」
肌寒さを感じて体を起こすと、布団がパサリと落ちる。その下にあるのはもちろん裸体なんかじゃ無くて。
「................あいたたた................」
節々に響く鈍い痛みに顔をしかめる。................ここの所練習量少なかったから、身体がなまらないようにってちょっとオーバーワークしたけど................少しやりすぎちゃったみたいね。今度から気をつけないと。
「................んっ................」
「................あら、望乃夏。起こしちゃった?」
「んー................ゆきの?」
望乃夏は半身を起こした後も、きょろきょろと周りを見回していて。
「もう、寝ぼけてるの?私はこっちよ。」
望乃夏の正面に立って、目の焦点が合うのを待つ。
「................あ、おはよ。雪乃。」
「おはよう、望乃夏。」
いつものように顔を近づけて、望乃夏と『おはようのキス』をしようとするけど、途中で足がもつれてベッドの上に倒れ込む。望乃夏の「ぐえっ」という、よく分からない声が聞こえてくる。................あ、いつの間にか望乃夏をクッションにしてた................。
「ご、ごめん................望乃夏、大丈夫?」
「もうダメかもしれない................ガクッ」
「................そのギャグが出来るなら大丈夫そうね。」
呆れて自分のベッドに戻ると、太ももをマッサージし始める。................うーん、やっぱり『ここ』が一番疲れてるわね。最近走り込んでなかったツケが回ってきたみたい。................今度、長木屋さんの横について走らせてもらおうかな?
「なに、雪乃足攣ったの?」
望乃夏が寝転びながらこっちを見る。
「攣ってはいないわ。ただ疲れが溜まってるだけ。................昨日オーバーワークしたから、そのツケが回ってきたみたい。」
やっぱりダメね、ちゃんとメニュー組まないと。
「ふぅん................あれ、雪乃。ボク達は何時に行けばいいんだっけ?」
「そうねぇ................出来れば八時半前に入ってた方が良いみたい。」
「今は、................六時半ぐらいか。それなら雪乃、こっち来て寝転びなよ。ボクがマッサージしてあげる。」
「い、いいの................?あ、でもちょうどベッドにいるから、こっちでやって。」
「えー、そっちは昨日使ってないから冷たいじゃん。こっちなら温かいよ?」
望乃夏がそっと手招きする。................うぐぐ、しょうがないわねっ。手招きに負けて望乃夏のベッドに横たわると、望乃夏の香りがふわっと舞い上がって、仰向けになった私の鼻がくすぐられる。................だ、だからこのベッドでするのは嫌なのよっ................私が、とろけちゃいそうで。
「じゃあいくよー。................ここかな?」
望乃夏がアキレス腱のあたりを揉み始める。
「ん、もっと上................ううん、そこより上。膝の上の、太もものとこ。」
私の指示に合わせて望乃夏の手が動く。................あ、そこ気持ちいい。疲れがほぐれてくぅ................っ!?
「望乃夏っ!!」
慌てて振り返って睨むと、望乃夏が顔の前で手を振る。
「ボクなんにもやってないよ。」
「うそつき。私のお尻触ったくせに。」
「え、あそこも太ももじゃないの?」
「白々しいウソはやめなさい。さもないと................」
左手で拳を作ると、慌てて望乃夏が足のマッサージを再開する。................もう、ちょっと気を許すとこれなんだから。................でも、そこは気持ちいいかも。
「雪乃のここ、柔らかいね。もっと引き締まってるのかと思った。」
「................最近走ってないからね。それに................最近ご飯が美味しくて。」
「なるほど、お肉か。」
「ののかっ!?................わ、分かってるわよ、それぐらい................言われなくても................」
................だって期間限定の春セット、すごく美味しいし豆ご飯お代わりし放題だから................
「................お風呂入った時にお腹周りもチェックしないとね。」
「し、しなくていいからっ!!」
思わず後ろ足で蹴りあげそうになる。................の、望乃夏ったら、人が気にしてることを的確に言うんだから................
「................いやぁ、雪乃が今の服着れなくなったら、また買いに行くのかと思って。................そしたらボクも春服欲しいし、その................ご一緒出来たらな、って。」
遠まわしに望乃夏が言う。................最初っから素直に『デートしよ』って言えないのは、私も望乃夏もどっちも。私たちの仲はもはや公然の秘密だから堂々としてても別に良いんだけど、やっぱりまだ................ストレートなのは苦手。
「................今日早めに終わったら、一緒に行く?」
「い、行く行くっ!!」
望乃夏が身を乗り出す。と、同時に私の足に望乃夏の全体重がかかって、
「い、痛いたいたいっ、の、望乃夏っ、早く降りてっ................」
ジタバタして望乃夏に降りてもらうと、足の倦怠感はもう抜けていた。
「................何とかなったわね。望乃夏、ありがと。」
「どういたしまして。................じゃあ報酬の方、貰おっかな?」
望乃夏が何のためらいもなく顔を寄せてくる。................そう言えば『おはようのキス』、してなかったっけ。
「................んっ、ちゅっ................」
今は口先だけにしておいて、望乃夏を離す。
「................今のは『おはよう』の分。報酬の方は、一緒のお買い物。それでいいでしょ?」
「大満足だよっ。むしろお釣りが来るね。」
「そう、なら良かった。」
心持ち軽くなった足で床に降りると、
「................さ、朝ご飯食べに行きましょ。今日は数量限定でタケノコご飯らしいから、早く行かないと。」
「ふふっ。やっぱり雪乃はご飯のことばっかりだねっ。」
「むぅー................」
................ご飯のこともだけど、それ以上に望乃夏のことも考えてるんだからね?................言葉にはしないけれど、いつだって私は望乃夏が............。
「よーし、なら食堂まで競走しよっか。」
「望むところよ。」
廊下をよーいどんで並んで走り出す。
私達は、二度目の春を迎えた。
多分前作よりもカオスになるかと。