待ってる
ほら、次はお前の番だぞ。いい加減何か話せって。
え、僕の番かい? いやいや、だから僕は話せないってば。僕は君たちみたいに秀逸な怖い話を知らないし霊感もないから……。
えぇ……困ったな。そんな顔をされても……。
じゃあ、どうしてもというなら仕方ない。僕がどうして怖い話をしないのか、その話をしてあげよう。
予め言っておくけど、これは全然怖い話じゃないからね?
*
実は僕も昔は怖い話が好きだったんだ。今もこうして聞いてるだけなら楽しいし、当時は色んな怖い話を覚えて君たちみたいに話していたよ。もう随分前だから、全部忘れてしまったけどね。
僕が初めて知った怖い話は、父さんが話してくれた「百物語」の話だった。
これはみんな知ってるよね? 夜な夜な仲間で集まって、真っ暗な中に蝋燭を100本灯す。そしてみんなで怖い話を1つずつして、1つ終わる度に蝋燭を1本消す。最後の蝋燭が消えた時、よからぬ事が起こるという話。
話を聞いた当初は本当に小さかったから、すごく怖かったんだよね。よからぬ事って何が起きるんだろう。もしかしたら死んじゃうのかな。それともおばけに連れ去られちゃうのかも。なんて思ってみたりして。
あまりにも怖かったもんで、それからというものの、僕は怖い話をする時に、必ず回数を数えることにした。友達と怖い話を披露し合う時、家族に聞かせる時、どんな時でも、これまでの人生で何回怖い話をしたか、欠かさずチェックしていたんだ。ついうっかり100個話してしまわないようにね。
数え始めてから何年経った頃だろう。その数は少しずつ、でも確実に増えていき、ついに99回目の怖い話を終えた。
その時僕は、友だちの家にみんなでお泊まりしていた。
お泊まり会をしたことのある人なら分かると思うけど、お泊まり会の夜は長いんだ。
怖い話や恋バナに夢中になって、ついつい夜更かしをしてしまう。
その時も、僕たちは夜更かしをしていた。何人かの友だちは眠ってしまっていたけど、僕を含めたまだ起きている人たちは怖い話で盛り上がっていたんだ。
みんなで1つずつ怖い話をし合って、また僕の番が回ってきた。
つまりこれが、僕が数え始めてから100回目の怖い話だったんだ。
その頃には僕もだいぶ心が成長していたから、実のところあんまりこの数字には意味が無いんじゃないかって思ってた。
そもそも百物語は、一晩でやるものだし、みんなでやるものだろ? 蝋燭だってないし、怖い話を100回することと、百物語は別なんじゃないかって薄々思っていたんだ。
でも僕はそれが何となく不吉に思えて、怖くない話をしてみることにした。僕がネットで怖い話を漁っている時に見つけた話で、途中までは怖い話っぽい導入なんだけど、最後には笑えるオチのついた話だった。
それまで怖い話が続いて独特の緊張感が漂っていただけに、僕のフェイントはとても効果的だった。ピンと糸が弾けるように、大爆笑が巻き起こった。
とは言っても、夜更かしがバレないように、みんな声を潜めて笑っていたのだけどね。
だから僕たちは聞き取れてしまった。大きな舌打ちとため息が、僕のすぐ後ろの辺りから発されたのを。
僕たちはぴたりと凍りついた。お互いに顔を見合わせて、確かに全員に聞こえたらしいことを確認した。
否が応でも、本来僕の話が100回目の怖い話になるはずだったことを意識してしまう。
僕はゆっくりと、振り返った。全身が強ばって、世界がスローモーに回っているかのような緊張感が、僕の鼓動を大きく伝えた。瞬きを忘れる。呼吸が浅くなる。
何も見たくないと思いながら、何かが居たらどうしようという懸念が暴走して止まらない。
ついに完全に後ろを向くとそこには――。
そこには既に眠ってしまった友だちの一人がいた。
彼はごろんと寝返りを打つと、大きく息を吐いた。
そう、つまりあの舌打ちとため息は……なんと、ただの寝言だったのだ。
*
ほらな、だから言っただろ?
怖い話じゃないんだって。僕たちはこの後、再び声を殺して笑った訳だけど、いやあ、君たちも大いに笑ってくれて何よりだよ。こんなゆるいオチでごめんな。
それ以来、僕は怖い話をしないことにしているんだ。
君たちがこれから怖い話をする時は、数を数えてはいけないよ。こんな話しかできなくなっちゃうからね。
俺たちは彼の後ろから聞こえた舌打ちとため息に気がついていないかのように、ただ笑っていることしかできなかった。