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鬼かヒトか、妖か  作者: 雪鞠至
第一章 
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第十八話 誕生日の朝


 目を覚ますと、知らない天井が目に入った。

 働かない頭のまま周囲を見回すと自分の部屋ではない。徐々に意識がはっきりしてきて、昨晩のことを思い出す。


「そっか。伊澄の屋敷……」


 意識せずに周囲を確認していると、カーテンの隙間から日差しがあることに気づき、徐々に頭が冴えていった。


「……‼ い、今何時⁉」


 私は飛び起き、時計を探して部屋を見回すが壁には時計はかかっていなかった。

 私は昨夜どうやって眠りについたのかを思い出そうとすると、伊澄と縁側で話したあとの記憶がなくなっていることに気づいた。


「と、とにかく家に帰らないと‼」


 私は着崩れた着物のままでは外に出られないと思い、着替えはないか周囲を見回すと、机の上に紙袋がおいてあるのが見える。

 服かどうかはわからなかったが、とりあえず存在が気になったため中身を見てみる。中身のものはさらに紙に包まれていたため、テープを剥がしながら中を確認する。

 紙に包まれていたのは女性用の服だった。ラベンダー色の厚すぎない柔らかい手触りのニットに、春らしい小花柄のロングスカートだった。さらには靴下やネックレスなどの小物も入っていて、とても品の良い、私好みの服だった。

 この家には私が知る限り女性はいない上に、この部屋においてあったということは私のために用意されたものと考えて間違いないだろう。

 昨夜から散々お世話になっておいて、これ以上お世話になるのもとても申し訳ないと思った。

 しかし昨夜私が来ていたジャージは妖怪との戦いで切れている上に血だらけだったはずだ。流石にもう着れないだろうし着たいとも思わない。

 さらに、あんな服を家に持ち帰れば瑞樹さんが心配するだろう。

 ここは伊澄と翠さんの好意に素直に甘えて、服代は後日絶対に返そう。

 そう思い、私は着替え始める。



 着替えを終え、とりあえず一階に降りる。

 伊澄の屋敷は広すぎるため、とりあえず夜に伊澄が晩酌をしていた縁側のあった部屋を目指した。


 部屋には期待した通りの人物の姿があった。


「お、やっと起きてきたか。もう昼だぞ」


 私は「おはよう」の挨拶も忘れ、伊澄の言葉に食い付いた。


「え、嘘でしょ⁉ どうしよう、もう瑞樹さん帰って来ちゃってるかも! 私すぐに帰らないと!」

 

 私はパニックになり、玄関に向かって走り出そうとするが、伊澄に腕を掴まれ引き止められる。


「あー、待て待て。冗談だ。まだ朝の九時くらいだから安心しろ」


 私は伊澄の顔を凝視し、「本当に?」と無言で訴えかける。

 伊澄は私の言いたいことを察してくれたのか、テレビをつけて私に「ほら」と見せる。


「時刻が書いてあるだろ。これでまだゆっくりできるな」

 

 伊澄はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 伊澄の様子に苛立ちを感じるが、それよりもよかったという気持ちが勝り、ほっと一息つく。


「もう……びっくりさせないでよ……」


 伊澄のイタズラにも徐々に慣れてきた気がする。


「そろそろ起こそうと思ってたからちょうど良い。とりあえず座ってろ。今翠が飯作ってる」


 伊澄は私の腕を掴んだまま部屋の中を進み、私を自分の隣に座らせた。

 ここは普通伊澄の向かい側に座れば良いのでは? と思ったが、おそらく伊澄にそんなことを言っても聞き入れないだろう。


「その服、割と良いんじゃないか? やっぱ翠は今時の着こなしっていうのを理解しているんだな」


 服について触れられ、お礼を言っていないことに気づいた。


「あ、そうだ! 服本当にありがとう! 昨日の服は着られなくなっちゃったから助かったよ。服代はちゃんと払うから!」


 私が捲し立てるように言うと、伊澄は私の頭を小突いた。


「良いんだよ、服代なんか。似合ってんだからそれで良いだろ。あえて言うなら、そうだな……誕生日プレゼントとでも思っとけ」

「え、でも……」


 私が遠慮しようとすると、伊澄は今度は私の頬を伸ばした。


「い、いふみ(いすみ)……、にゃにふんの(なにすんの)……?」

「ごちゃごちゃ言わなくて良いから。やるっつったらもらっとけ。ここは俺と翠を立てろ。わかったか?」


 おそらく頷かないと伊澄はこの手を離してはくれないだろう。

 私はありがたくいただくことにして、またお礼を言おうと思う。

 私が頷くと、伊澄は「よし」と言いながら頬を解放してくれた。


「ありがとう、伊澄。素敵なプレゼント嬉しいよ」

 

 私は感謝を気持ち良く伝えたくて、ニッコリと笑った。

 そんな私を見て伊澄も嬉しそうに見えたのは、私の思い込みかもしれない。



 しばらく待っていると、翠さんが朝ごはんを持ってきてくれた。


「あ、翠さん。私に何か手伝えることはありますか?」


 昨日からずっとお世話になりっぱなしのため、少しでも恩返しができないかと申し出る。

 翠さんは優しく微笑む。


「気を遣っていただきありがとうございます、宇城様。ですが、宇城様はお客様なのでどうかお気になさらず」


 あっさり断られてしまった。

 伊澄にも「翠の仕事だからいいんだよ」と言われてしまう。

 あまりしつこくすることもできないため、大人しく座っていることしかできなかった。


 いただきます、と伊澄と揃って手を合わせてから朝食をいただく。

 一汁三菜にデザート付き、まるで高級旅館の朝食のように豪華だ。

 一口一口味わいながら、こうしてまた美味しいご飯を食べられる幸せを噛み締めていると、伊澄が不意に言い放った。


「そういえば、前に言ったこと考えたか?」

「前に言ったこと? 何だっけ?」


 前と言われても、何があっただろうか。

 思い出そうとする前に伊澄が口を開いた。


「この家に住めばいいって言っただろ」

「あ……」


 そうだった。数日前のことなのにすっかり忘れていた。

 さすがに会ったばかりの知り合いの家に住むなど、申し訳なくてできないためアパートで暮らすことしか考えていなかった。


「完全に忘れてたって顔だな」

「うん……ごめん。やっぱりそれは……」

 

 断ろうとするが、伊澄が先手を打つ。


「だがお前に決定権はない。お前にここに住む以外の選択肢はない」


 なんとなくそんな予感がしていたため、あまり驚かない。

 しかし、これは私一人で決められる問題ではない。瑞樹さんや祖父からも了承が必要だ。


「でも、伊澄……。これ以上迷惑は……」

「お前、もう庇護はないんだぞ。特殊な結界でもない限りアパートにだって侵入してくる。結界だって万能じゃない。近くにいれば守れる」


 伊澄は一息つくようにお茶をすする。

 翠さんは私の様子を見て、伊澄の説明に付け足す。


「実は、宇城様と従姉妹のお姉様が暮らしていらっしゃるアパートは、宇城様が紫鬼様にお会いになられた日に買い取って、特殊な結界を張らせていただきました」

「え、そうだったんですか⁉」

 

 買い取って……、と言われてはさすがに驚く。


「はい。現在は応急的に暮らせるようにしていますが、三好山のような霊山の結界と違い術で張ったものなので、信頼はできません」

 

 翠さんが話し終わると、伊澄が「安心しろ」と話す。


「お前が来た方が俺たちも少しは楽できるってことだ。あと、道山には俺から話を通すし、従姉妹の姉さんにも必要なら会いにいくし、ここに連れてきてもいい」

 

 そういえば、祖父と伊澄は知り合いのようだった。

 伊澄が祖父に話を聞いたということは、祖父がずっと私のことを心配していることを知っているだろう。

 祖父が知り合いの伊澄の元に身を寄せるなら、少しは祖父を安心させることができるかもしれない。


 伊澄と翠さんは私を見つめ、返事を待つ。

 私はゆっくりと頷き、二人を交互に見つめる。


「ありがとう伊澄、翠さん。私をここにおいてください!」

 

 私は伊澄に言われたからではなく、自分の意思でお世話になることを伝えようと居住まいを正し、ゆっくり礼をした。


「それでいいんだよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 伊澄も翠さんも快く受け入れてくれる。

 私はゆっくり頭を上げ、「でも」と続ける。


「祖父と瑞樹さんの説得は、私にさせてください!」


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