第十四話 御影と伊澄
いったいどれくらいの間泣いていたのだろう。
「ごめん伊澄。もう大丈夫だから」
落ち着いた私はゆっくり伊澄から離れる。恥ずかしくて顔を上げられない。
しかし伊澄に顎を掴まれ、顔をあげさせられてしまう。
「ふっ……ひどい顔」
伊澄に笑われ、恥ずかしくなって顔を背ける。
「わ、悪かったわね……」
私の様子を見て、伊澄が私の腕を掴み、引き寄せる。そのまま伊澄の腕の中に閉じ込められ、逃げられなくなる。
「なんだ、拗ねたのか? ひどい顔だが、俺は嫌いじゃないぞ」
伊澄に耳元で囁かれ、恥ずかしくなり伊澄を押し返そうとするがビクともしない。
「も、もうわかったから‼ 離して‼」
しかし伊澄が私の願いを聞き入れるはずもなく、伊澄は私を抱きしめたままゆっくり口を開いた。
「お前の呪いは俺がどうにかする。だからお前は何も心配しなくていい」
「え? でも、おじいちゃんが調べて見つからなかったのに、どうするの?」
「お前、俺は鬼の一族のトップなんだぞ。道山よりも顔が広いからまだ手立てはある。だから、もう諦めたりすんな」
「う、うん……」
絶対に大丈夫だという根拠はないはずなのに、伊澄がそう言うなら本当に大丈夫なように感じるから不思議だ。
「そういえばお前、どうやって家から抜け出したんだ? 従姉妹と暮らしてるんだろ?」
「そうなんだけど……瑞樹さんは急に仕事が入っちゃって、今は私しか家にいなかったから」
それを聞くと伊澄は「は⁉」と言いながら私の体を引き離し、顔を覗き込んだ。
「お前、家に帰っても一人なのか⁉」
「え、うん。仕事が忙しいみたいで、昼には帰って来るって……」
伊澄は深いため息をついてから、私を抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこだ。
「な、なに⁉ 下ろして‼」
私は驚き、足をジタバタさせるが伊澄は下ろしてはくれない。
「おい、危ないだろ! お前貧血でフラフラしてんだから大人しくしてろ!」
伊澄はそれだけ言うと、私の言うことなど聞かずに私の家とは反対方向に歩き出した。
「伊澄、私の家は反対だよ?」
単純に間違えたものと思い、伊澄に声をかけるが伊澄は全く方向を変えようとしない。
「ねぇ、伊澄。そっちは伊澄の家がある方だよ」
「だから、俺の家に行くんだよ」
「え⁉」
驚いて伊澄の顔を覗き込むが、飄々としている。
「お前今日はうちに泊まれ。家に一人だとこっちも心配で休めないんだよ」
「……私、もうあんなことしないよ?」
伊澄はまたため息をつくが、私を見る目は優しい。
「わかってるよ。それでもまた妖怪が襲ってきたら困るだろ。あいつら自分の欲望でしか動かないからな。お前が襲われないように色々準備してやるから、今日は諦めろ」
伊澄が私の身を心配して言ってくれているため、今日はお言葉に甘えて家にお邪魔した方が良さそうだ。
「何から何まで、ごめん」
「別に、俺が好きでしてるから気にするな。そこは礼を言え、礼を」
「……ありがとう」
伊澄は「それでいい」とだけ言って、歩き続ける。伊澄にこれ以上負担をかけまいと大人しくするが、この状態で黙っていると恥ずかしいため、話題を探す。
「そ、そういえば、どうして学校の制服着てるの? それ、御影さんの?」
問いかけると、伊澄は何を言っているんだと言わんばかりの顔で私を見る。
「お前……まだ気づいてないのか?」
「え? 気づいてないって?」
伊澄は深いため息をついてから呆れ顔で答える。
「お前、頭良さそうなのにな……。御影紫季は俺が人間として生活している時の仮の姿だ。双子っていうのは嘘」
「え、えぇ⁉」
突然のことで状況がうまく飲み込めず、伊澄の言ったことを整理する。
「え、み、御影さんは伊澄で、えっと、双子じゃない……?」
「そうだよ」
「で、でも、性格が……」
伊澄はばつが悪そうに苦笑いする。
「それは……学校だとあんな風に振る舞ったほうが楽だからだ」
私は未だ御影さんの正体が伊澄であることに納得できず、じっと伊澄の顔を見る。
今の伊澄は髪と目以外はどこからどう見ても御影さんだ。それは二人が双子だからだと信じていたが、学校で初めて会った時も妖怪を倒した時も、それは伊澄本人だったのだ。
「そっか……じゃぁ、御影さんはいないんだね……」
私は御影さんがいた学校生活が懐かしいような感覚になり、ポツリとつぶやく。
伊澄は私のその姿が落ち込んでいるように見えたのか、少し焦ったような口調になる。
「な、なんだよ。御影は俺なんだから、別に落ち込むことないだろ?」
「うん……。でも、まだ実感がないっていうか……」
「…………」
伊澄は黙り込んでしまい、どうしたのだろうかと顔を上げると、拗ねたような顔をしていた。
小さい子供のような反応に、私は心の中で「しまった」と思った。
「い、伊澄! 御影さんだった伊澄がいいとかじゃなくて! ただまだ伊澄の言っている事が整理できていないだけだから! 私は、今こうして一緒にいてくれる伊澄がいいと思ってるから!」
伊澄は私の言葉に足を止め、驚いたような顔で私を見つめる。
私も勢いに任せてかなり恥ずかしいことを言った事に今更気づき、顔が熱くなる。
「お前……」
「い、伊澄……?」
伊澄は私をまっすぐ見つめ、私も伊澄の澄んだ瞳から目が離せないでいると、伊澄が急に吹き出した。
「くっ……くく……お前、顔真っ赤……」
「……‼」
伊澄が私の顔を見て笑いを堪えている。これ以上真っ赤な顔を見られたくなくて私は顔を伏せる。
「もう、焦って損した!」
私がむくれると、伊澄はニヤリとしながらいたずらっぽく言う。
「ま、御影にはまた学校で会えるから楽しみにしてろよ」
「……その意地悪な性格、バレちゃえばいいのに」
伊澄は「お前も言うようになったな」と笑う。
私はずっとこの笑顔を見ていたいと感じながら、伊澄に寄りかかった。