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鬼かヒトか、妖か  作者: 雪鞠至
第一章 
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第十話 出雲の望み


 二十一時、ようやく三好山の麓に着き伊澄は車を降りる。


「はぁ、やっと着いたか。それにしても相変わらず胸くそ悪い結界だな」


 伊澄は目の前にそびえ立つ山々を仰ぎ見ながら話す。


「あまりいい気分はしないですね。結界のそばにいるとうまく妖力も使えませんから」


 翠もため息をつきながら山を眺める。顔色はあまり優れない。


「俺はともかく、お前は耐性がないだろ。無理はするなよ」

「いえ、シキ様の側を離れるわけにはいきません。道山が何か良からぬことをしないとも限りません」


 翠の言葉に伊澄は鼻で笑ってから、手を掲げて大仰に言い放った。


「霊山を治める坊主とはいえ、この俺が人間ごときに遅れをとるとでも?」


 伊澄の目は蒼白く冷たく光る。

 翠は伊澄の挑戦的な目を見て、慌てたように頭を下げる。


「いえ、決してそのようなことは。ただ、私の役目は貴方様の身を守ることでもあります故」

「ふん、分かっている。からかっただけだ」


 伊澄は翠から目を話す。もうその目に鋭い光はない。


「それよりも、道山! いるんだろ! さっさと出て来い!」


 伊澄は暗闇に向かって言い放つ。

 すると、暗闇がゆらりと揺れ、その中から人の形が浮かび上がる。


「ふん、相変わらず生意気そうなガキじゃな、伊澄」


 人型は外灯に照らされた所まで歩を進める。現れたのは法衣を纏った老人だ。


「お前に言われたくないんだよ、頑固ジジイ。わざわざこんな所まで来てやったのに出迎えが遅い」

「仮にも師匠に、口の利き方に気をつけろ。お前が出雲のことを聞きたいと言うから、わざわざ睡眠時間を削って来てやったんじゃ」

「おうおう、そりゃあご苦労なことだな」


 翠は二人の言い合いを見かねて仲裁に入る。


「シキ様、話が逸れていますよ。道山、シキ様にこれ以上失礼な物言いをすれば許しませんよ」


 翠の言葉に、道山はニヤリと笑いながら答える。


「知るか。お前ら鬼の事情などわしら人間の知るところではないわ。しかしまさか、本当にお前が鬼の一族の頭首になるとはな。せいぜい紫の鬼を束ねられる程度の力しかないと思っていたが。なぁ、紫鬼しきよ」


 道山が言い終えると、伊澄は気分悪そうに道山を睨む。


「俺が紅鬼あかおにに遅れをとって鬼の頭首の座を譲るとでも?」


 伊澄の言葉に道山は鼻で笑う。


「はっ……。まあ紅鬼はわしも好かんから、どうでも良いがな。それより、出雲のことが知りたいんだろ? なんであの子のことを知っている?」


 伊澄は「そうだった」と言いながら出雲の話題に入る。


とぼけるな、ジジイ。あそこは俺の領地だって分かってんだろ。あいつ、出雲はヒトオチだろ。なんであいつを俺の土地に寄越した?」


 道山はため息をついてから伊澄の質問に答える。


「知っていたか。そうだ、あの子はヒトオチ……それも人にしては強い妖力を持って生まれてきた子だ。理由はわからんが、そのせいで多くの妖怪にその血肉を狙われている」

「出雲には何か術がかかっているな。それがあいつの身を守っている。お前がかけたのか?」

「それは違う。あれは……あの子の母親がかけたものだ」


 道山の説明に、翠が声を上げる。

「しかし、宇城様の両親は生まれてすぐに亡くなられたのでは?」

「その理由は調べたか?」

「それは、事故死と……」


 道山は「やはりそうか」と言い、伊澄に向き直る。


「いいか、時間もないから必要なことだけ説明するぞ。あの子の両親は不慮の事故でなくなったんじゃない。……殺されたんじゃ」

「‼」


 伊澄は驚き何か言おうと口を開くが、何も言わずに口を閉じる。


「犯人が人外であることは確かじゃ。巧みに事故死に見せかけたようだが、わしの目は誤魔化せん。確かに妖力の痕跡があった」

「……それで」


 伊澄は道山を睨んだまま話の先を促す。


「母親は出雲を守るため、死の間際にあの術を使ったようだ。あれは人間なら命を差し出さなければ使えないような術だ。そのおかげか、出雲はこれまで妖怪に襲われても大きな怪我をするようなことはなかった。それどころか、自分で自分の身を守れるまでになった」

「そのようだな」


 伊澄は思い出すように頷く。


「だが、あの術には大きな問題がある」

「大きな問題?」

「そうだ。あの術は……十八歳を迎えると解けてしまう」

「なんだと⁉」


 伊澄は道山に掴みかかり、怒りをぶつけるように言い放つ。


「だったらなんであいつをここから出した⁉ この結界の中でならあいつも少なからず安全に暮らせたはずだろ‼ それをなんで危険に晒すようなことをした⁉」


 道山は掴みかかってきた伊澄に動じることなく答える。


「あの子がそれを望んだからだ」

「望む? 望みを叶えないくらいなら、あいつが死んだ方がいいとでも言うのか⁉」

「そんなわけあるか馬鹿者‼」


 今にも殴り合いそうな二人の間に翠が入り、二人を引き離した。

 道山は伊澄を睨み、悔しそうに唇を噛んでいる。


「わしだってな、大事な孫が妖怪に襲われる所なんか見たくない‼ だが、この結界の中にいてもあの子は幸せにはなれないんじゃ。わしはあの子を助けるためにできる限りのことをした。だが、何もできなかった‼」

「……どういうことだ?」


 伊澄は道山のただならぬ様子に事情を聞く。


「あの子は、両親を殺した妖怪に復讐するつもりじゃ。そのために、妖怪が出やすいというお前のいる土地に行った。十八歳になれば大量の妖怪が寄ってくる。その中から自分の両親を殺した妖怪を見つけ出し、刺し違えてでも倒すつもりだ」

「そんなこと……なんの意味がある⁉ なんで止めなかった⁉」


 道山は俯き、「わかっている」と消えそうな声で続ける。


「分かっているんだ。それでも、それだけがあの子の望みだった。だったら命がある限り、あの子の望むように生きて欲しいだけじゃ」

「命、ある限り……」


 道山は顔を上げ、まっすぐ伊澄を見た。


「あの子は、生きることをもう諦めてしまっている。呪いのせいで」


 道山はそのまま地面に膝をつき、伊澄に向かって土下座する。


「頼む、あの子を、出雲を救ってくれ‼ あの子はいつ死んでも良いとさえ思っている。下手をすれば誕生日を迎えた瞬間死にに行くかもしれん‼」

「どういうことだ、なぜ出雲はそんな自暴自棄になる? 呪いとはなんだ⁉」


 道山はゆっくり顔を上げ、苦しそうに口を開いた。


「出雲は、あの子はーー」


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