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鬼かヒトか、妖か  作者: 雪鞠至
序章
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序章

 未来を望んだことなんてない。

 私にはそんなもの必要なかった。

 復讐を果たすために、ここまで生きてきた。

 自分を守れるのは自分だけ。


 一人で復讐を果たし、一人で死んでいく。

 それが私の生まれた意味だと思っていた。


  彼に出会うまでは……



 暗い夜道を一人で歩く。民家が並んでいるにも関わらず、人通りはほとんどなく、静かである。

 時々風が強く吹き、植物の揺れる音だけが耳に届く。


 右肩にスクールバック、左肩に風呂敷で包んだ長い筒を掛け、ゆっくりとした足取りで歩く。

 今日は転校前日の手続きのために、これから通うことになる新しい高校に行っていた。今はその帰りであった。

 

 明日は始業式があり忙しくなるということで、教員に学校の案内と、活動していた部活の見学をしていた。

 とはいえ、三年の新学期から転校してきて今更新しい部活に入っても馴染むことはできないだろう。そのため、部活の見学は流しながら行っていた。


 歩いていると、日本家屋が中にあるであろう、塀が長々と続いていた。塀の上からは桜が外まで満開に咲き誇っている。

 お金持ちの家だろうか、ふとそんなことを思う。


 風が吹くと、桜が散り、街灯に照らされ、夜の闇によく映える。


「ここは、山より静かね」


 普通は山の方がこの都会より静かだと思うだろう。普通の人ならそれが当たり前だ。しかし、私は普通ではない。

 私は……。


 その時、背後に迫る嫌な気配を感じる。今までもよく感じてきた、獲物に食らいつこうとする獣のような気配。


「はぁ……。やっぱりここにもいるのね」


 後ろに向かって回し蹴りをする。宙を蹴った足は近くの電柱にあたり、ドカッと嫌な音がする。

 足と電柱の間には黒い小さい化け物が苦しそうにもがき、黒い煙となって空中に消えていく。


 山にいるものより弱いけど、急に襲ってくるなんて……。


 あれはいわゆる妖怪だ。山にはもっと多くの妖怪がいたが、人の言葉を理解できないような低級のものはいなかった。ある意味都会の妖怪の方が質が悪いとは祖父から言われていた。


 私は物心ついた時から妖怪が見えていた。普通の人には見えないものだが、稀に私のような妖力持ちには見えるらしい。そう祖父から教わった。


 他には嫌な気配はない。どうやらよってきたのはあの小妖怪だけだったようだ。警戒態勢を解き、帰路につこうとすると、風が強く吹いた。


  髪が乱れ、桜が視界を塞ぐ。目を閉じ、風が止むのを待ってから目をゆっくり開けると、先ほどまではなかったものが視界に入る。暗くてわかりにくいが、街灯に照らされて見えたのは群青色の着物だった。


 顔を上げると、着物を着た青年が腕を組みながら立っていた。

 端正な顔立ちに艶のある銀色の髪が似合い、妖しい雰囲気が漂う。後ろに夜桜を背負うその姿は、一枚の肖像画を見ているようだ。


 思わず見とれていると、目が合い、見つめ合うような形になる。


「……赤の水玉か」


 青年は急に口を開いたかと思うと、意味のわからないことを言う。

 一方青年は顎に手を当てながら考えるような仕草をしている。


「あ、あの……」


戸惑って声をかけてみると、青年はこちらを見たまま、真顔で答えた。


「悪くはないけど、もっと色っぽい方が好みかな」


 初めは何のことかわからなかったが、青年が下の方を指差したため、ようやく何のことかわかり、顔が暑くなるのがわかる。

 赤の水玉……。それは私が今日着ている下着の色だ。


「な、な、なんで……」

「さっきの、とても綺麗な回し蹴りだった」


青年は口角を上げて言う。つまり、さっきの回し蹴りの時にスカートの下が見えてしまったのだろう。

顔が熱い。きっと今顔が真っ赤になっているだろう。


 恥ずかしくて顔を上げられず、踵を返して立ち去ろうとしたところで、後ろから腕を掴まれた。

振り返ると間近に青年の綺麗な顔があり、一瞬どきりとする。

伏せがちな白い睫毛の下からは藤紫色の薄い瞳がまっすぐこちらを見ている。


綺麗な人……。まるで、人ではないような……。


「いい匂いがするな、お前」


 その時、危険を知らせるように全身に鳥肌が立つような感覚を感じ、気づけば青年の頬を叩いて逃げていた。

 後ろを振り返ることなく、必死に走る。


 今まで何回か妖怪に命を狙われたことがあるが、あんなに危険を感じたことはない。

 命以上に、何か大切なものを奪われそうな、漠然とした危険だった。



「シキ様、如何なさいましたか。四月と言えど、まだ夜は冷えます。中にお戻りください」


 屋敷の門から男が出てくる。白い着物に紺の袴を着た、青年と同い年くらいに見える男だ。


すい……。ちょっと出てただけだよ。雑魚が騒がしいから」


 翠と呼ばれた男は青年の背後で腰を低くしながら話す。


「つい先日から、この土地に強い妖力の気が流れていますね。原因は明日から血族に捜索させる手はずになっておりますが……」

「もうその必要はない。原因はわかった、取りやめろ」


 翠は驚いた顔を一瞬したが、すぐに冷静な顔に戻る。


「かしこまりました、至急伝達します。しかし、理由は話さなくて良いのですか?」

「理由はあいつらに言う必要はない。俺の命令は絶対だ。それだけ行っておけば従う」

「かしこまりました」


 青年は翠に向き合い、落ち着いた表情で続けた。


「原因は〝ヒトオチ〟だ。それも成人が近いな」

「ヒトオチ⁉ 誠ですか? 成人まで生きていられるヒトオチなど聞いたことがありません……」


 〝ヒトオチ〟という言葉に翠は驚愕の表情を浮かべる。


「俺もヒトオチなんて書物でしか読んだことないけど、見た瞬間わかった。さっきそこにいた」


 翠の狼狽する様子など気にもとめず、青年は淡々と語る。


「え、それは、何故このような所に……」

「偶然だろう。学校帰りか、俺と同じ学校の制服を着た女だった」

「女のヒトオチとは……。人間でしかも女など、よく生きていられましたね」


 翠の言葉に青年も頷く。


「さっき自分で小物を退治していた。しかも回し蹴りで」

「は⁉ そんなことができるのですか?」

「俺は見たぞ。パンツも見た」

「シキ様……流石にそれは、女子に失礼です。怒られても知りませんよ」

「ああ、頬をたれた」


 翠は「え‼」と驚きつつも、笑いを堪えきれずに吹き出した。


「おい、翠。女に打たれた俺がそんなに面白いか」

「申し訳ありません……。しかし、ヒトオチというだけでも興味深いですが、今まで生きてこられた理由はその強さにあるのかもしれませんね」

「そうだな。なんにしても、放っておいて雑魚どもに捕られるのは惜しい。俺のものにする」


 翠はゆっくりと青年に礼をする。


「貴方様の御心のままに。明日から学校が始まりますね。会えるのでは?」

「ああ、そうだな。お前は情報を集めておけ。血族には言うな。あいつらにも捕られたくないからな」


 翠はまた礼をしながら「かしこまりました」と返事をした。


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