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From The Sky  作者: オオイカリナマコ
第一章
5/6

「少尉、離陸1時間前です」

ふいに、ズビンの声が耳元で響いた。

「むっ……」

唸りつつ身体を起こすと、昼寝後特有の倦怠感と生ぬるい空気が身体を包んだ。どうやら、昼食後に宿舎に戻るなり、ソファーで寝てしまったようだ。

「寝不足ですか」

目を擦るクラに、ズビンが問う。確かに、今朝は早く起きすぎたかもしれない……。

「はい……早起きしすぎました」

クラはそう言って苦笑し、パイロットスーツのファスナーを締めた。この格好のまま寝てしまったせいで、しわしわである。

机に置いたままでぬるくなった食後の紅茶をあおり、よいしょと立ち上がる。ポケットから煙草を取り出すと、ズビンがすかさずライターを擦って、火をつけてくれた。

「変わったライターですね」

クラは、煙を吐き出して言った。昨夜から気になっていたのだ。

「ああ……これですか。そうですね、これは……」

ズビンが首から下げたライターを眺めつつ話し出した時、玄関の扉が開いた。

「あ、小隊長と少尉。こんなところに居たんですね。そろそろ上がりましょう。たった今隊長から言われたんですが、早めに上がってほしいんだそうです。なんでも、レーダーに怪しい航跡がたびたび映るとかで……」

扉を開けたのはリースだった。ずいぶんと自分たちを探し回ったようで、息が荒い。

「本当か、すまん。……すぐに上がりましょう。ライターの話は帰ってきてからで」

ズビンはそう言いながら革のパイロットジャンバーを着込み、目でクラを促した。

クラも頷きつつ、パイロットジャンバーを羽織った。

靴に足を突っ込み、飛び込むようにして外へ出た。凍てつくような空気は、朝と変わらずである。

上はもっと寒いだろうな……そんなことを考えつつ、宿舎を振り返る。

帰ってくるぞ。 そう心で叫び、クラは駆け出した。



列線に走る途中、所々道が凍っており、あやうく転ぶところだった。後ろを走るリースが、大丈夫ですかと笑った。

列線に出ると、既に機体は駐機されていた。

そのまま自分の機に走り、整備員に敬礼する。

「少尉。もう準備は終わっています」

機付長の……名前は何と言ったか忘れてしまったが、答礼をしながら威勢よく言った。

有難うと返しながら、機体の周りをぐるりと一周した。

垂直尾翼には、いつの間にか260の数字が赤いペンキで書かれている。

異常の無いことを確認し、翼をポンポンと叩いた。


―頼むぞ……


音ならない声で呟き、機首後方の点検用ハッチに足をかけ、主翼に飛び乗った。

そのまま操縦席横のキックステップを蹴り、操縦席に飛び込む。すぐに計器盤のバッテリースイッチを軽快に上げた。パチンと音がし、そよ風の様な冷却装置の音と燃料ポンプの音が操縦席に静かに響いた。


よし、次は……


緊張のあまり頭が回らない。

飛行学校時代に叩きこまれた手順を思い出しつつ、ボソボソと呟く。

その時、隣のズビンの機体から甲高い音が鳴り響いた。慣性起動機の回転音だ。


そうだ。次はエンジン始動だ。


クラは大きく息を吸い込み、「エンジン始動用意!」と叫んだ。緊張で乾いた口が上手く回らない……。

すぐに機付長の……そうだ、スーザー兵長だ。胸の名札にそう書いてある。

スーザー兵長は操縦席前の慣性起動機ハッチを開くと、重そうなハンドルを差し込んで「起動機、準備完了!」と叫んだ。

クラは拳を掲げ、ぐるぐると回した。同時に、「起動機回せ!」と叫ぶ。今度は、上手く声が出た。

「整備員退避!」とスーザー兵長が手信号を送り、整備員二人が両主翼端まで走った。それを確認し、スーザー兵長が慣性起動機を回し始めた。

唸るような音が風防を震わせ、すぐに甲高い音に変わった。もう声は通じない。

クラは飛行帽を被りつつ、エンジン回転計を睨んだ。ズビンの機がエンジン始動を完了したらしく、慣性起動機の比ではない爆音が聞こえた。

エンジン回転計の針はみるみる回転し、すぐに所定の回転数に達した。

「コンタクト!」 そう叫び、クラはエンジン点火ボタンを勢いよく押した。


ブルッ・・・ブルッ・・・ブウゥーン!


象の雄叫びのように機体を震わせ、プロペラが勢いよく回った。機首の排気管が吐く白煙が操縦席にも流れ込む。

スーザー兵長は慣性起動機のハッチを閉め、操縦席横に取り付いた。

クラは、そのまま油圧等を点検しつつ、肩のシートベルトを締めようとした。

だが、手が震えてなかなか繋げない。すぐに、スーザー兵長が金具を手際良く接続してくれた。

「どうも……」軽く頭を下げると、彼は「帰ってきてくださいね。待ってます」と言い残して、機体から飛び降りた。

帰ってきます。必ず……。機体から離れる彼に親指を立てつつ、クラは呟いた。

無線機のスイッチを入れると、軽いノイズが耳に飛び込んできた。

すぐに周波数を所定のものに設定し、マイクのの位置を正しつつ口を開いた。

≪こちら第二小隊(ショットガン)、二番機クラ。離陸準備完了≫

ショットガンは、昼食時にズビンから教えられた第二小隊の識別名だ。

他の小隊は、

第一小隊「アイスブレーカー」

第三小隊「マタドール」

第四小隊「ストローハット」

第五小隊「サンライズ」

第六小隊「マルガリータ」

となっているそうだ。全て、テキーラを使ったカクテルの名前だ。

260飛行隊の識別名が「テキーラ」のため、こうなっているらしい。

ちなみに、ホーブ基地のレーダー隊や管制の識別名は、必ず「ライム」と付くそうで、これは正統な方法でテキーラを飲む際、ライムを口に絞るからだそうだ。根っこまで酒好きである。

≪こちら一番機(リーダー)、了解。第二小隊(ショットガン)、タキシング準備≫

ズビンの声が返ってきた。今気がついたが、彼の声はどこか心地よい。

ホーブ基地管制(ライム・コントロール)、こちら第二小隊隊長ショットガン・リーダー、タキシング許可要請≫

ズビンが一息置いて続けた。

≪了解!こちら、ライム・コントロール。第二小隊(ショットガン)、タキシング許可。幸運を(グッド・ラック)

管制が威勢よく返した。この声は……昨日の着任の際、クラの無線に応じた隊員だ。

ありがとう(サンクス)、ライム・コントロール。行ってくるよ≫

ズビンがふと、明るい声で言う。管制の隊員がへへ、と笑うのが聞こえた。

第二小隊(ショットガン)全機へ。タキシング開始≫

その声を合図に、列線に甲高いエンジン音がこだました。ズビンの機体がタキシングを開始したのだ。

クラは「車輪止め、外せ!」と整備員に叫び、スロットルを強く握った。いよいよだ。

ズビンの機が自機の前を通過すると同時に、クラはスロットルを押し出した。

拍車をかけられた馬の鳴き声のように、エンジンの爆音のトーンが上がる。

機体はゆっくりと動き出した。ラダーを踏みこみ、ズビンの機に続く。

彼の機体の排気管近くは、陽炎ができている。クラは、この瞬間が好きだった。本当に美しいと思う。

そのまま第二小隊の列は滑走路へ進入し、一旦停止した。

≪ライム・コントロール、こちら第二小隊隊長ショットガン・リーダー、離陸許可を≫

第二小隊(ショットガン)、離陸許可。……クラ少尉、行ってらっしゃい!≫

突然呼びかけられ戸惑う。すぐに操縦桿の送話ボタンを押した。

≪ありがとうございます。行ってきます≫

≪よし。第二小隊(ショットガン)離陸(テイク・オフ)

ズビンの機の風防が閉まり、ゆっくりと滑走しだした。

すぐに機体の尻が上がり、雪を舞いあげながらふわりと宙に浮いた。

≪行きましょう、少尉≫

リースが、落ち着いた声で言った。了解と返しつつ風防を閉める。

≪二番機、離陸(テイクオフ)!≫

叫ぶと同時に、スロットルを思い切り前へ突き出した。

機体が震え、滑走を始めた。車輪越しに地面を感じる。

外の景色が勢いよく流れる。離陸速度だ。操縦桿をゆっくりと引く。

瞬時に振動が消え、クラの機体は、滑走路を蹴って寒空へ舞った。






《そろそろですかね》

飛行帽の中に、リースの声が響く。

《ああ》

ズビンが短く返し、機体を軽くロールさせて、下方を確認したのが見えた。

基地を飛び立って二十分弱。そろそろ、「がぶ飲み横丁」に差し掛かる。

ホーブ基地のレーダー隊、"ライム・レーダー" は、刻々と敵機と思われる航跡の位置を連絡して来る。

ただ、あまり大気の状態が良くないらしく、機数などを確認するのは難しいとのことだ。

確かに、さっきから機体がガタガタと揺れる。

ズビンはライム・レーダーからの情報を頼りに、少し回り込んで「がぶ飲み横丁」へ侵入するように編隊を導いている。

《ライム・レーダーより260戦隊第二小隊テキーラ・ショットガンへ。十一時方向に敵機が見えるはずだ。確認できるか》

ライム・レーダーが問いかけて来た。クラも、すぐに目線を十一時の方向に移した。

鉛色の雲がぽつぽつと浮いているだけで、敵機らしきものは見えない。

《確認できない。 このまま直進する》

ズビンも確認できないようで、少し間を置いて答えた。

《了解。警戒をー》

《敵機視認!十一時の方向、下方!》

ライム・レーダーの声を、リースが遮った。 もう一度目を凝らす。今度は、クラの目にも黒点がぽつぽつと映った。

《こちらも確認した。|第260戦隊飛行指揮所テキーラ・オペラ第二小隊(ショットガン)、会敵!交戦(エンゲージ)》!

ズビンが翼を振りながら叫んだ。そのまま、敵機の方向へと急降下した。


鳥肌が、足元から一気に全身へ広がった。

交戦(エンゲージ)

もう、命の保証はない。どこにも。

死ぬかもしれない。殺すかもしれない。一分後、ここにいる保証はないのだ。ここにいる誰もが。


ーくそっ…!


震える手を力ずくで抑え、操縦桿を倒した。

荒ぶる息と鼓動を制御しようと息を大きく吐くが、さらに身体の震えを誘うだけだった。

高度計の針が猛烈な勢いで回転し、エンジンが悲鳴を上げる。

敵機はもう、黒い粒ではない。飛行機としての形がはっきりと見える。

≪すれ違うぞ!≫

ズビンが叫んだ。

ほぼ同時に、鈍い銃声が響いた。

ズビンが撃ったのだ。

曳光弾が細い煙を曳いて敵機編隊に吸い込まれていく。

敵機編隊がバレルロールするのが見えた。

≪クソっ、躱された!≫

ズビンが吐き捨てるように言った。

その瞬間だ。

クラの視界に映る全てが、時間の流れが歪んでしまったかのように、ゆっくりと動き始めた。

バレルロールを終えた敵機が、白い雲を翼端から曳きながら、クラの方へ飛んできた。

歪む時間に逆らうように、操縦桿を横に倒す。

同時に、敵機が上に覆いかぶさった。


エンジン排気の陽炎、

胴体のパネルライン、

主翼のマーキング、

胴体後方の所属部隊マーク。

すべてが、はっきりと、猛烈な威圧感と共に。

クラの全身を震わせた。


≪少尉、離れないで!≫


ズビンの怒鳴り声で我に返る。

前を向くと、ズビンの機体が宙返りを始めていた。

≪り、了解!≫

クラは、歪みの消えた世界で叫んだ。

操縦桿を思い切り引き、ズビンに追従する。

激しいGが身体を座席に押しつける。

宙返りの頂点で、Gに耐えつつ頭を回して敵機を探した。

≪右だ!≫

リースの叫び声が響く。

≪了解!≫

ズビンがくぐもった声で放った。

ズビンの機が左に鋭く倒れ、主翼面から綿のような雲を出しながら敵機に襲いかかる。

クラも、慌てて追従した。激しい横Gが身体を襲う。

≪堕ちろッ!≫

ズビンがそう吐き捨て、機関銃と機関砲を一連射した。

旋回中の敵機編隊の三番機に命中し、火花が上がる。

ふらりと編隊から逸れた瞬間、主翼から激しく火を噴いた。

一機撃墜(スプラッシュ・ワン)!≫

ズビンが叫んだ。


クラは、火を噴いた敵機を目で追った。

主翼の炎は操縦席を覆い、錐揉み状態となって雲に突き刺さり、敵機は黒煙だけを残して姿を消した。


今、人間が一人死んだ。

あっけないと思った。こんな一瞬で……。


≪少尉、右の機を!≫


ズビンの無線で再び我に帰る。

即座に「右の機」を確認した。

我々の攻撃を回避しようと、必死に旋回している。

≪……了解!≫

震える声でそう叫び、照準器に敵機を収めた。


今、敵機の操縦士は猛烈な恐怖感に襲われているはずだ。

動きがそう伝えている。

必死に左右に機体を揺さぶり、ラダーを滅茶苦茶に動かしている。


≪少尉、早く!≫


ズビンが叫んだ。

クラは、何度も指先に力を込めた。しかし、指がそれを拒否するかのように、頑なに動かない。

そして、激しい躊躇を頭に返してきた。

撃てない!

殺せない……!

きっと、敵機の操縦士も、自分と同じだ。

酒を飲み、恐怖に身体を震わせ、

親がいて、今までの、これからの人生があって、楽しみなことがあって。


≪撃て!少尉!≫

ズビンが怒鳴った。

くそっ!

≪嫌だ!俺には殺せない!≫

抑え込もうとする意識に反して、声が飛び出した。

≪少尉!≫

リースも、悲痛な声を上げる。

このまま敵を撃たなければ、自分が危ない。

そう考えているのだろう。


―それで、いいじゃないか。


一瞬そんな考えが頭をよぎる。

無理だ。撃てない、誰にそんな資格がある?

故郷の美しい景色を守るため、大切な人を守るため。

そんな思いで、軍に入った。

だが、人を殺すなんてできない。

矛盾していると思う。敵を殺すための訓練を受け、ここに来たのだから。

ここで死んだ方がマシなのかもしれない。

連鎖して、そんな考えが脳裏をかすめた。


≪危ない!≫


リースが叫んだ。

同時に、黒い影が自機の目の前に躍り出た。

ズビンの機だ。

ズビンは、クラを振り切って攻撃に転じようとする敵機を撃った。

敵機の胴体が折れ、太い黒煙を噴きながら自機の下方を通過する。

今度は、ズビンは撃墜の報告をしなかった。

≪少尉、次は……撃てますね≫

代わりにそう呟き、≪集合しろ≫と続けた。

クラは、何も返せなかった。

編隊が整うと、ライム・レーダーが口を開いた。

≪ライムリーダーだ。新たなる航跡。オーリサ大陸方面から、「がぶ飲み横町」へと西進中。多い……≫

明らかに焦っているのが伝わってくる。

≪爆撃か……?≫

ズビンが低い声を出した。

≪分からない……警戒してくれ。先ほど、第260戦隊(テキーラ)の緊急待機当直を除く全機を上げた。現在そちらに向かっている≫

ライム・レーダーはそう言うと、無線を切った。

しばらく、小隊内が沈黙に包まれた。

クラは、現実として感じられない世界から、なにかおぞましい恐怖を感じていた。


―なにかが、来る……


視線を、右の雲に注ぐ。

何かが来る。 本能がそう伝えている。

身体の震えが大きくなる。歯がかたかたと音を鳴らす。

震える手が、操縦桿の送話ボタンを何度も押した。

≪少尉?≫

異変に気がついたリースが、心配そうな声を上げた。

≪……≫

何も言えない。言ってしまったら、何かが終わる気がする。

≪どうした?≫

ズビンが問いかける。

≪く、く……≫

震える口が、言葉にならない声を発した。

≪少尉?≫

リースが深刻そうに呼びかけた。

≪来る!≫

恐怖が絶頂に達し、思わず叫んだ。

それと同時だった。

視線の先の雲から、無数の戦闘機が飛び出した。

≪うわっ!≫

リースが叫んだ。

≪……! 敵機だ!ライム・レーダー!会敵した!敵機多数!≫

敵機の群れは、こちらを見つけたらしく、増槽を捨てて、物凄い勢いで襲いかかってきた。


≪散開、散開だ!≫

ズビンが叫ぶ。クラは、恐怖に突き動かされ、操縦桿を折れんばかりの勢いで横に倒した。

≪ライム・レーダーだ。ズビン、どうした!≫

突然の出来事に、ライム・レーダーが焦った声を上げた。

≪敵機に……襲われた……!≫

ズビンが、絞り出すように叫んだ。

≪了解した。数は≫

ライム・レーダーが再び問いかける。

≪多すぎる……!≫

≪了解。すぐに増援を送る、耐えてくれ!≫

≪了……解!≫

旋回をしつつ、頭を振った。

ズビンの機が、敵機を引き寄せているのが見えた。

≪小隊長が危ない!≫

リースが叫んだ。

≪大丈夫だ、少尉を守れ、リース!≫

ズビンが叫び返した。ぴくり、と身体が動く。


どうして……


クラは、疑問に思うとともに、虚しさを感じた。

敵を殺せないなどと言う自分は、邪魔な存在じゃないのか?

≪了解。……少尉、後ろだ!振り切って!≫

リースが叫んだ。

後ろ?

風防の枠に取り付けられた鏡を見る。

≪うわっ!≫

そこには、クラの後ろに張り付いた敵機が映っていた。

≪うわぁぁぁ!≫

全身の毛が逆立ち、汗が噴き出る。

操縦桿を振り回す。

激しいGが身体を揺する。

空が何度も裏返った。

雲の切れ間から見える大地が降ってくる。

敵機の曳光弾が、唸りを上げて何度も横を掠めた。

殺気が全身を突き刺す。

殺す事が正しいのか?この場所は……!

くそっ、くそっ……!

恐怖が憎しみに変わり、その憎しみがさらに恐怖を誘う。

朝見たアルバムの写真が、影となって何度も脳裏に浮かぶ。

少尉!

リースの声が、意識の外で響いた。

≪くそぉぉぉぉ!≫

クラは、心の底から憎しみの声を上げた。

敵機はどんどん距離を詰め、狂ったように射撃してくる。

その度に、激しく機体を旋回させた。

猛烈なGに、敵機の圧力に、何度も意識を失いかけた。

何分経ったのだろうか……。

灰色にぼやけた視界の中で、惰性的に激しい機動を繰り返しながらぼんやりと考えた。

≪救援は……まだ、ですか……≫

雲の中に入った短い時間の中で、掠れた声で呟いた。

≪少尉!大丈夫ですか、すぐです、もうすぐ着きます!≫

イカミヤが叫ぶのが旋回中、微かに聞こえた。

≪……≫

クラは、送話ボタンを押して返事を試みたが声が出なかった。

≪全機へ……少尉を先に!≫

ズビンの叫び声が響いた。今度は、申し訳ないと強く思った。

≪わかってる!ズビン、待ってろ!≫

レインタルトが喚く。

≪ああ……帰ったら一杯奢らせてもらうぜ!≫

ズビンが笑みを含んだ声で返した。

≪少尉、機首を西へ!≫

イカミヤが鋭く言った。

西……?と呟きながら西へと旋回した。

もはや、理由を考える余裕はない。

敵機は、まだ殺気を全身から発して追ってきている。

ひたすら西へ、西へと機首を振りながら飛んだ。雲に突っ込み、上昇した。視界が開ける。


ああ!


機体を回しつつ降下しようとした途端、複数の黒い点が目に飛び込んだ。

≪見えた!少尉、見えましたよ!≫

イカミヤが、嬉しそうに叫んだ。

第一小隊(アイス・ブレーカー)、行くぞ!≫

レインタルトが威勢よく叫んだ。

≪少尉、上昇して!≫

レインタルトが続けた。

唸り声を上げながら、機首を思い切り引く。

レインタルトたちが、すぐ下を猛烈な勢いで飛んで行った。

背面飛行に移りながら下を見下ろす。

レインタルトたちの編隊が、クラを追っていた敵機を叩き堕とすのが見えた。

敵機は上昇した姿勢のまま弾丸の雨を浴び、破片を撒き散らして爆発した。

≪ありがとう……ございます≫

さっきまであれほど殺しを嫌悪していたのに、感謝の言葉が口をついて出た。

≪大丈夫ですか。離脱していてください≫

レインタルトが冷静に言った。

≪はい……≫

クラは、機体を水平に戻し、大きく息を吸った。

目を閉じ、座席に深くもたれかかる。

≪ライム・レーダーだ。第二小隊(ショットガン)は戦闘空域から離脱次第、帰還せよ。繰り返す、帰還せよ≫

ふいに、無線が響いた。ライム・レーダーの落ち着いた声だった。

了解……と呟こうとしたが、声が出なかった。

もう一度口を開くと、今度は熱い何かがグッとこみ上げた。


何で……


口だけを動かす。同時に、頬を妙にぬるい液体が伝った。



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