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From The Sky  作者: オオイカリナマコ
第一章
2/6

雲の下では、雨が降っていた。

風防を叩く雨粒は弾け、幾筋にもなってガラスを伝い後ろに流れていく。

眼下の針葉樹林では、もう春だというのに、雪が冬のように地面を覆っている。

内陸の航空戦技学校のある基地から出発し二日目、最後に着陸した基地を出発してから既に三時間が経った。

戦技学校のある基地を出発した時は八名の同期全員と編隊を組んでいたのだが、三時間前の基地で最後の一人と別れてから一人で飛んでいる。


燃料計を確認しながら、そろそろ基地が見えるだろうとぼんやり考えていると、今まで黙りこんでいた無線ががなりたてた。

一応、指示された周波数に設定してあったのだ。

≪ホーブ基地レーダー管制より、地図座標“Bの3”を飛行中の機体へ!応答されたし!≫

クラ・オーザン少尉は慌てて腰のポーチから地図を取り出し、座標を確認した。

確かに、今“Bの3”を飛んでいる。

≪こちら、“Bの3”を飛行中のクラ・オーザン少尉。どうぞ≫

≪了解・・・新任の少尉さんですね?≫

≪そうです、どうぞ≫

≪了解!実は、貴方をお迎えするための機ですが、たった今全機、緊急発進で飛んで行ってしまったんです。進路そのまま、基地に向かってください。終わり≫

無線の相手は一方的に早口で話し終えると、交信を終了した。

やれやれ、どうなることかと一瞬不安になったが、すぐかき消した。

最前線基地なんだから、そんなこともあるだろう。

クラは地図を畳んでポーチに押し込み、風防の上の空を見た。

灰色に染まった空に、青空は無かった。





先ほどの無線から三十分程飛んでいると、前方にうすらぼんやりと基地らしきものが見えた。

地図で確認すると、確かに配属先の「ホーブ基地」だったので、無線で基地を視認したことを管制に報告すると、そのまま着陸しろと言われた。

基地の管制員たちは、どうやら忙しく、新任の少尉になど構っていられない様子だ。

しばらくすると、霞んでいた基地の全景がしっかりと見えてきた。


まだ屋根に雪の残る建物、

がらんとした駐機場、

両脇に雪が寄せられ、小山になった滑走路。


まず、寒そうだなという感想が頭に浮かんだ。

確か、胴体下部の荷物ポッドに布のコートが入っていたはずだな、布団はどうしよう、簡易暖房はあるのかな、などあれこれ考えてるうちに基地にかなり近づいた。

スロットルを三分の一ほど絞り、機首をゆっくりと下げる。

機首を滑走路の中央に合わせ、エアブレーキを少し展開し、フラップを半分下げた。

速度計の針が反時計回りでゆっくりと回り、着陸適正速度に近づく。

管制に一言、着陸すると申し出たが、返事は無かった。

基地の外縁の柵を飛び越す瞬間、エアブレーキとフラップを全開にし、機首をふわりと上げた。

着陸適正速度ぴったりだ。

ドン、という音と軽い衝撃と共に、機体は接地した。

機体はどんどん減速し、時速20kmほどになったところで、風防を後ろにずらして体を座席から浮かせた。

外に乗りだした瞬間、冷たい風とみぞれ気味になった雪が顔を叩いた。

やっぱり寒い。

この「ホーブ基地」は亜寒帯に位置し、かなり寒い地方の部類に入る。

が、ここまで寒いとは思いもしなかった。

滑走路を半分ほど走ったところで、左脇の雪山が途切れているのを見つけた。

駐機場へ続く道だろう。

クラは左のラダーペダルを踏んだ。機体が素直に右に曲がる。


―こんな寒いところでも、油圧装置ってちゃんと作動するんだなぁ。


寒冷地専用、と渡されたこれからの愛機、「タルテ ノール Te.5」に若干の感心を抱いた。

この機体はタルテドゥスト社という、有名な企業によって開発された機体だ。

クラの所属している、「ボストック大陸同盟空軍」の装備する機体の半数は、タルテドゥスト社によって設計されている。

そして、この「ノール Te.5」は、タルテドゥスト社の中でも最高傑作だと言われるほどの戦闘機である。

1600馬力の空冷エンジンに、流線型の機体、楕円翼。

高速性・旋回性に優れた万能機だ。

武装は20mm機関砲一門と、12.7mm機関銃四門と、申し分ない。


―やっぱすごいな、タルテ。


クラはタルテドゥスト社にも感心しつつ、機体を駐機場へと操った。

駐機場に入ってある程度奥まで行くと、人が四人立っているのを見つけた。

ここに入れろということかな、と思い減速しつつその前に止めると、整備員が翼によじ登ってきた。

「クラ・オーザン少尉ですね。貴方の機の機付長、スーザー兵長です。宜しくお願いします」

「宜しくお願いします」

兵長は軽く敬礼すると、後ろに待機している整備員に手招きし、機体に梯子を掛けさせた。

「あとは私たちでやります。少尉はお降りください」

「あ、どうも」

クラは遅くなったが答礼を返し、梯子で機を降りた。


―まず、着任先の航空戦隊の隊長へ挨拶をせねば。


辺りを見回すと、整備員ではなさそうな男がこちらを見ていた。

トレンチコートを羽織い、サングラスをかけている。

クラはとりあえず、その男に隊長の居場所を聞くことにした。

歩み寄って、声をかける。階級章がついていないので、一応上官に対しての接し方をする。

まず、挙手の敬礼をする。

「クラ・オーザン少尉であります。第260航空戦隊隊長はどちらにいらっしゃいますか?」

「俺だよ」

「え?」

「フィヤート・フォート、俺が260の隊長だ」

クラは驚いた。まさか、隊長自ら出迎えに来るとは。

しかも、このみぞれの中である。

「はっ・・・失礼しました! クラ・オーザン少尉、ただいま到着いたしました。

本日付で第260航空戦隊に配属になります!」

クラは一気にしゃべると、足を揃えてもう一度敬礼の姿勢を整えた。

「うむ。宜しく頼む。 君にはしばらくここに慣れてもらった後、現在一名不足している第一飛行班第二小隊の小隊長任務に就いてもらう。

しばらくは同じ小隊のズビン・セウロス曹長が君の代わりに小隊長を務める。君はその間二番機だ。」

フィヤートはそういうと、クラに握手を求めた。

クラはその手を握り返した。

「そろそろ、隊員たちが帰ってくる。面白い奴らだ」

フィヤートは握手を終え、クラの後ろの空を指差した。

後ろを向くと同時に、かすかなエンジン音が空を伝わってきた。

ぽつりぽつりと黒点が空に浮かび始め、その黒点は瞬く間に飛行機のシルエットになった。

「先頭のがズビン曹長だ。横にいるのは三番機のリース・チフノ伍長だろう」

「見えるんですか?」

「いや、あいつらいつも先頭で帰ってくるからな」

そうなんですか、と返して再び空を見ると、戦闘の二機編隊が超低空で向かってきた。

エンジンの音は、もう隣と話すのが大変なほどになっている。

その証拠に、クラの機体を整備する整備員たちも、大声で会話している。

超低空の二機は、雪煙を盛大に巻き上げて頭上を通過した。

通過した後上昇して、ロールしながら消えていった。

その後も何機か超低空をすっ飛んで行き、クラの飛行服は雪で真っ白になった。


この飛行戦隊の慣例なんだろうか・・・・・・・。


クラは寒さで赤くなった鼻をすすりながら、着陸して駐機場へ入ってくる機体を眺めた。

中には、見たこともない二重反転プロペラの機体もあった。


全機が駐機を終えると、響き渡っていたエンジン音が小さくなり、消えた。

辺りには、機付長の整備員が、部下に指示をする声と、風の音が響いている。

奥の駐機スポットから、一人の操縦士がこちらへ走ってきた。

二重反転プロペラの機体から降りてきた操縦士だ。

「レインタルト!どうだった」

フィヤートが、大声をあげた。

「全機、叩き堕としましたよ」

レインタルト、と呼ばれた操縦士も、大声で返した。

「未帰還機は無いな」

と、フィヤート。

「もちろんです」

と、操縦士。

「わかった!あとは後で聞くぞ」

「はーい」

操縦士は反対方向に走り出した。

「さて、俺たちも行こう」

フィヤートは、クラの肩をぽんと叩いた。

「あっ、はい!」

クラは整備員から荷物用ポッドの中のバックを二個受け取り、フィヤートの背中を追った。




[用語解説]

※スロットル:航空機のエンジン出力を操作する装置。

※エアブレーキ:航空機に取り付けられた、減速用の装置。

※フラップ:高揚力装置。主翼の後縁等に取り付けられている。

※ラダーペダル:操縦席の下方にある、足で操作するペダル。旋回の補助や、地上での方向転換に使用される。





駐機場からすぐの場所に、木造の隊本部と、六つの小さな小屋があった。おそらく隊員が寝泊まりする、宿舎だろう。

フィヤートに続いて隊本部に入ると、タバコの匂いが鼻をついた。

クラ自身、タバコをよく吸うので気にならないが、吸わない人間が初めて入ったらむせてしまうだろう。それほど強い匂いだった。

中は学校の教室程度の広さで、並べられた机で隊員たちが戦闘報告書と思われるものを書いていた。

クラはドアを閉め、

「クラ・オーザン少尉です。失礼します」

と言った。

机と向き合っていた隊員が顔を上げ、よろしくだの、よろしく少尉さん、よろしくお願いしますだのと、個々に口にした。

フィヤートが正面の黒板の前に立ち、「全員注目」と言い、クラに手招きした。

クラがフィヤートの横に並ぶと、隊員たちが全員立ちあがった。

「本日付で本隊に着隊した、クラ・オーザン少尉だ。少尉には、第一飛行班第二小隊の二番機として入ってもらう。ズビン!」

そう言うと右端の席にいた隊員がこっちに歩いてきた。

小柄で、顔には無精髭が生えている。髪は短めに、バッサリと切ってあった。

「ズビン・セウロス曹長です。第二小隊の臨時小隊長を務めます。宜しくお願いします、少尉」

と言って、握手を求めた。

「宜しくお願いします」

クラはそう返し、手を握り返した。

隊員たちが、一斉に拍手をする。

「ズビン、クラ少尉を案内してやれ」

フィヤートがそういうと、ズビンは親指を立てて、にこりと笑った。

「戦闘報告書は後でいいですか?」

「構わん」

「わかりました。こちらです、少尉」

ズビンはくるっとまわれ右をして、歩き始めた。

おそらく、宿舎に案内されるのだろう。

失礼します、と言って本部のドアを開けると、本格的に雪が降っていた。

「こりゃ、今夜は冷えるなあ」と、ズビンが言った。

「寒いですね・・・」

「少尉はどこの国の出身ですか?」

「ラメントリーです」

ズビンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに破顔した。

「ラメントリー!俺も一緒ですよ!」

「え、本当ですか」

「ええ、ど田舎でしたけどね」

「偶然ですねえ・・・・・・」

同じ国の出身ということで、ズビンに一気に親近感を覚えつつ、宿舎らしき小屋に入った。

中は暗かったが、すぐにズビンが天井からつるされたガスランタンに火をつけた。

「今ね、雪のせいで電球が使えないんすよ」

「あら・・・・・・」

明るくなると、部屋の様子が目に飛び込んできた。

本部の四分の一より少し広い程度の広さだが、なかなかに散らかっている。

ベッドが7つ並べてあり、奥の一つにだけがらんとしていた。

「ようこそ、第一飛行班の宿舎へ。なかなかに散らかってますが、勘弁してください」

ズビンは、ホテルマンの様なお辞儀をし、おどけてみせた。

「いえいえ、大丈夫ですよ。 奥のが私のベッドですか?」

「そうですね。あの一角はご自由にお使いください」

「どうも」

クラはとりあえずベッドにバッグを置き、腰かけた。

ズビンはマッチを擦って、小型の薪ストーブに火をつけた。

「寒いでしょう。すぐ暖かくなりますんで」

「ありがとうございます」

「私は曹長ですから、敬語なんて使わなくていいですよ」

ズビンは微笑むと、自分のベッドに腰掛けてタバコをくわえた。

変わったライターで火をつけると、旨そうに吸って、煙を吐いた。

「いえいえ・・・経験は曹長のほうが上ですから」

そういうと、ズビンは確かにそうですね、といって笑った。

クラはライターについて尋ねようと思ったが、その考えは突然襲ってきた眠気に遮られた。

二日の移動の疲れが一気に来たようで、クラはたまらずベッドに横になった。

「ちょっと・・・・・・寝ます」

虚ろな意識の中でそういうと、かすかにズビンの「お疲れ様です。おやすみなさい」という声が微かに聞こえた。

瞼が下がる間隔に浮遊感を感じつつ、クラは深い眠りに落ちた。


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