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剣の誓い 小説  作者: 原作:C-na 著者:輝波斗
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4章 SEⅡ Academy Days

 騎士学園に入学し、いくらか経った。いい加減その生活にも慣れた頃。

「ったく、家から遠いんだよなぁ…学園」

 ぼやきながら学園に向かって歩くエランドに、ヴェリスは駆け足で追いついた。

「待ってよお兄ちゃん!」

 未だに双子の自分をそう呼ぶ妹に、エランドは呆れたような、困ったような顔をする。

「だから、その呼び方やめろって言ってるだろ…」

「私はこの方が呼びやすいし……」

 幼いころからの慣れた呼び名を変えることに抵抗があるのか、ヴェリスは浮かない顔をする。大事な妹にそんな顔をさせるのは大変不本意だが、

エランドにも事情というものがある。

「いい歳してまだお兄ちゃんとか呼ばれてるのか…?ってからかわれちまうんだよなぁ」

 くだらない事情と言うなかれ。今のエランドは多感なお年頃と言うやつなのだ、同年代からからかわれるというのは恥ずかしい。ヴェリスもなん

となくそれが分かるから強くは出られない。

「そ…そっか……検討してみるね」

 頼りない返事に、エランドも思わず渋い顔になる。

「いや、直せよ…」

 その一言を、ヴェリスは聞かなかったことにした。


 そんな仲良さ気な二人をそっと遠くから見つめてため息をつく少女。

「エランドさん……はぁ……」

 そんな少女の視線の先を見て少しばかり不信感を抱く少年がいた。この学園に入ってからレグルス兄妹の友人である、ファダムという少年である。

『なんだ、あの子…』

 少女はそのファダムには気付かず、一心に双子を見つめる。

「あの隣の女の子は誰なのかな……?顔もよく似てるし…妹さん…?」

「何やってんの?君」

 いい加減気になってファダムから声をかける。すると、少女は飛び上がらんばかりに驚いて弾かれたように振り向いた。

「ふぇぇぇっ!?なっ、なんですか!?訴えますよ!」

 真っ赤な顔で狼狽えて叫ぶ少女に、ファダムは何とも言えない顔をした。

「いや、訴えられるようなことをしてたの君じゃない…?レグルス兄妹を影から見てたけど…?どうかしたの?」

 正面からそう問われ、少女はさらに顔を赤くする。

「そっ…それは……へっ、兄妹?あっ……エランドさんと隣の女の子は兄妹だったんですね…!」

 一瞬前までオロオロとしていたのに突然元気になる少女に、ファダムは面食らいながらも頷く。

「そーだけど?女の子の方が妹。エランドの名前知ってるんだ。エランドに用があるなら行けばいいじゃん?早く済ませないと遅刻だぞ」

 斜め方向ではあるが正論ではある。しかし馬鹿正直にエランドに要件を伝えることができるはずもなく、少女は口ごもる。

「あっ……えっと…それは…あの…でも……」

 この場を切り抜けるいい口実を探して視線を彷徨わせる少女に、ファダムは先を促した。

「なーんだよ、はっきり言えって。なんなら伝言してやっからさ」

「けけけ、結構です!そ、それ以上問い詰めたら訴えますからね!」

 ファダムの無意識の追い打ちに、少女は混乱してビシッと彼を指さし、叫ぶ。

「いや……別に問い詰めはしないけどさ」

 少しばかり引き気味にファダムが口元を引きつらせた。が、その声が少女に聞こえていたかは定かではない。

「それでは失礼します!」

 いい加減頭から湯気でも噴き出すんじゃないかと心配になるくらい真っ赤な顔のまま、意味が分からないほど颯爽と少女は立ち去る。その後ろ姿

を見送るファダムには、一つの疑問が残った。

「訴えられるの…?俺……」



 真っ赤な顔のままファダムの前から立ち去った少女は、周りを見る余裕もなく廊下をズンズンと進む。そんな状態なら誰かとぶつかるのも必然と

いうものである。言うまでもなく、通りかかった男子生徒とぶつかってしまった。

「痛ッ!!」

「きゃぁっ!」

 思わぬ突進にあった男子生徒が声を上げ、尻もちをついた少女はようやく落ち着きを取り戻す。

「おいおい、どこ見て歩いてんだよ……」

 少しばかりふらついた男子生徒が苛立たし気に少女を睥睨する。少女はその顔を見て思わず青くなった。彼は、学園最強と名高い、レオニス=ア

ードヘッグという少年だったためである。その後ろには、いつも彼と一緒に居るエーベル=サイカという少女もいる。

「ご…ごめんなさい!」

 青くなった少女に怒る気も失せたのか、レオニスはつまらなそうにため息をついた。

「ったく、気をつけろよ…」

「学舎に入ったら走らないようにしなさいよ」

 二人の忠告に、少女は慌てて頷いた。

「は、はい……ごめんなさい…!失礼します…!」

 そそくさと立ち去る少女の荷物から、薄い、授業では使いそうにないノートが落ちた。

「あっ、おい…!何か落としたぞ……って……行っちまった」

 引き留めようとレオニスは慌てて声を上げるが、すでに少女はいない。エーベルはそのノートに目を通した。

「これは……」

「どうした、エーベル」

 問いかけるレオニスに、エーベルは肩をすくめた。

「いえ…。うちの情報部が発行したんじゃないかしら?貴方の記事が学園新聞にでかでかと書かれてるわよ」

 その言葉に興味を持ったのか、普段新聞など読まないレオニスが手を差し出す。

「ほう、見せてくれ………学園最強を……倒せるのは……なんだ…?エランド=レグルス……?」

 その手にエーベルがノートを渡すと、記事を読み始めたレオニスの顔がみるみるうちに険を帯びる。

「あの子が落としていった記事、他は皆エランド=レグルスの事ばかり書かれてるわよ。あの子、このエランドとかいう子のファンか何かじゃない

かしら?だからあなたの記事も切り取ってたんでしょう」

 冷静なエーベルとは対照的に、レオニスは好戦的にぎらつく目で記事を睨み付ける。

「んなこたどうだっていい……学園最強を倒せる奴が……いるかも?ふざけんなよ…?」

 唸るレオニスからエーベルは、苛立ちまぎれに人様の物を破らせるわけにはいかないといった様子でさりげなくノートを取り上げる。

「……どうするの?レオニス」

 仕上げといった調子でエーベルが問うと、レオニスはすっかりノートの事は忘却の果てに追いやって怒りの笑みを浮かべる。

「探し出して、最強は俺ってことを教えてやんねぇとだろ…?」

 狙い通りとはいえ、普段は強いうえにキれる男だけに、この乗せられやすさだけは残念だと、無表情の下で思うエーベルだった。

「そう………私はいつも通り見てるわ」


 少女は、少し前からエランドの事が好きだった。大した理由じゃないと言われればそうかもしれないが、学園に通っているうちにどんどん好きに

なっていった。きっかけは2か月前の入学式の日。

「まずいまずいっ!遅刻しちまうぅぅぅぅぅぅぅ!ヴェリスの奴どうして先に行っちまうんだよ!」

 エランドが叫びながら学園への道を疾走する。

 その日の前日に降った大雨のせいで、少女の通り道が土砂で崩れていた。

「うぉっ、すげぇ土砂崩れだな……昨日雨降ったからか…?あっ…まさかヴェリス…こうなること知って早めに出たんだな…くそっ!」

 悔しそうに地団太を踏むエランドに、少女は声をかける。

「あの……すみません……」

 振り向いたエランドは、不審そうにすることもなく少女にまくしたてた。

「ん?あんたも入学式に遅刻しそうなのか?急がねぇと遅刻だぞ!」

 ものすごい勢いで詰め寄られたことに面食らいながらも少女は諦観の目を積り重なった土砂に向ける。

「でも…こんな土砂を超えるのはかなり時間が……」

「うるせぇ!でもなんて言うんじゃねぇ!遅刻しないためには……あぁもう仕方ねぇ……ちょっとどいてろ!」

 少女の声を遮って怒鳴り、考え、そしてまた怒鳴る。忙しい人だなぁ、と少女は思いながらも勢いに押されて頷く。

「は…はいっ……一体何を…」

 もう一度彼に目をやると、なぜかエランドは深呼吸を繰り返していた。

「すーはー…すーはー……うぉぉぉぉぉぉォォォォッ!………あっ…やべっ…やり過ぎた…」

 凄まじい魔力の奔流に思わず少女は目を閉じる。瞼を通してなお、まばゆい光が見えた。そして、魔力が鎮まると同時に聞こえた声にそろそろと

目を開け、そして我が目を疑った。

 困ったように頭を掻くエランドの前に立ちふさがっていたはずの土砂がきれいさっぱりなくなっている。むしろ、きれいさっぱりついでに地面が

少しばかりえぐれていた。

「す…すごい……土砂が……消し飛んだ……」

 あっけにとられて少女が呟く。

(よっぽどのことがなきゃ使うなって言われてたけど、入学式に遅刻しそうだったんだもんな。それに困ってたの俺だけじゃないし……うん、充分非

常事態だったよな)

 心の中のヴェランドとシーナに言い訳を並べて納得させる絵を思い浮かべ、エランドはその言い訳に、いける!とゴーサインを出した。

「ほら、通れるだろ!さっさと走るぞ!」

「はいっ…!………いたっ…!」

 そう呼ぶエランドに駆け寄ろうとして、少女はつまずいて転ぶ。さっきの驚きから体は回復していなかったようだ。

「おいおい……何も無いところでこけるんじゃねぇって………立てるか?」

 エランドの問いに、少女は足を確認して首を振る。

「……くじいちゃいました……すみません……私の事はいいので、どうぞ行ってください…」

(せっかくこの人のおかげで間に合いそうだったのになぁ)

 残念だが、間に合いそうなものを自分のために引き留めるわけにもいかないと、少女はエランドを促す、が。

「初日から遅刻なんて嫌だろ!ええい仕方ねぇ、担いでいく!」

 言うが早いがエランドは少女に断りを入れるのも忘れて横抱きにし、そのまま駆け出す。

「ひゃっ……ふぇぇぇ!はっ、恥ずかしいですよ!」

 混乱しながらも抗議する少女だったが、エランドはどこ吹く風で走り続ける。

「知るかっての!行くぞ!」

 単純かもしれないが、あの日以来、エランドの事が少女の頭から離れなくなってしまった。

 結果、学校には間に合ったものの、到着した体勢のせいで違う意味で注目の的になってしまった。エランドが全く動じずに事実を話したため、こ

の誤解はすぐに解けることとなった。それは良かったのだが。


 余談ではあるが、土砂を消し飛ばした魔力の奔流、つまりは魔波の巨大な流れは当然ヴェランドとシーナの知るところであり、こってり絞られた。

 帰宅したエランドは両親に呼ばれて三人だけの席に着く。

「エランド、なんで呼ばれたか、分かっているよな?」

 ヴェランドの問いに、エランドは思わず顔を引きつらせる。

「今朝、あなたの魔波が魔力と呼べるまでに膨れ上がったのを感じて、お父さんとお母さんがどれだけ心配したと思っているのですか」

 シーナからの指摘に肩身が狭くて仕方がなく、縮こまるしかない。

「で、でも…土砂崩れのせいで遅刻しそうだったし……」

「お前ならわざわざ魔力を使わなくても、乗り越えられただろう。父さんと母さんの稽古は剣術だけじゃない、基礎的なところからしっかり教えた

はずだ」

 もっともな言葉に、エランドは頷くしかない。確かに、1人なら多少時間はかかっても足場を見つけてうまく動けば飛び越えられたかもしれない

と思ったのも事実だった。しかし。

「あの土砂で道が通れなくて困るのは俺だけじゃないし……それに実際、俺と同じように遅刻しそうで困ってる人がいたんだ、だから……」

「人がいるところで、あれほどの魔力を使ったんですか?」

 鋭くなったシーナの視線に、エランドはたじろぐ。

「エランド、魔力は日常でも便利な力だが、危険な力でもあるとだと教えたはずだ。もし、誤ってその人をケガさせていたら、とは考えなかったの

か?」

「ぁ………」

 ヴェランドの言葉に、エランドは今度こそ言葉を失った。確かに、教わったことが頭から飛んでいた事実は否定できない。

 つまり結論として、エランドが心の中の二人を納得させることができた言い訳は、現実の二人には全く通用しなかった。

「はぁ……分かったんならもういい。良かれと思って使った魔力が必ず良い結果だけを生むのではないとよく覚えておきなさい」

「それと、エランド。先見の明をもっと持たなくては。ヴェリスはこういうこともあるかも、と早くに家を出たんですよ。そういうところはあなた

も見習わなくては」

 ギャフン。とても口に出せる雰囲気ではないが、全く反論できない心境は、その一言に尽きる。

「分かった……」

 力のない声で、エランドはそう返すしかなかった。



「お昼、食べに行かない?」

 昼直前の授業のノートとにらめっこを続けるエランドに、ヴェリスが声をかけた。

「ん?あぁ、そうだな。行くか……ファダム、お前も行くだろ?」

 隣で何をするともなしにボーっとしているファダムにもエランドが話を振る。

「行く行く、腹減ったからなぁ」

 三人で席を立ち、いつも昼食をとる場所に向かって歩く。

 と、ヴェリスが思い出したように並んで歩くエランドに話しかけた。

「最近お兄ちゃんの噂が学園の中で凄いけど、何かしたの?」

 エランドには全く覚えがない話だったらしく、首をひねる。

「噂?」

「学園最強の、レオニス=アードヘッグを倒せるんじゃないかって言われてるじゃん?それだよ」

 ファダムの解説にヴェリスが頷く。

「そうそう、それ。心当たりないの?」

 エランドは少しだけ記憶を手繰り、思い当たることがないことを確認して首をさらに傾げた。

「全く知らねぇなぁ………」

 その言葉に腑に落ちない顔をしながらも、ヴェリスは何か記憶の隅に引っかかった気がした。エランドの事じゃなくて、自分の事で大切なことで

戦いに関係のある話………

「あっ……私先生に模擬戦闘訓練に出るかどうかの話があるって呼び出されてたんだ……やっぱりお昼は二人で食べててっ!行ってくるね!」

 言うが早いが駆け出すヴェリスを、男二人はあっけにとられながら見送った。

「行ってらっしゃい~っと。模擬戦闘訓練なぁ」

「そういや俺にも来てたっけ…そんな話」

 思い出したように言うエランドは全く興味がなさそうだったが、ファダムは当たり前のように頷く。

「そりゃ来るだろうよ。お前相当強いし」

「ははっ、そりゃどうも」

 エランドはそれをお世辞と受け取ったようで、軽く流す。その反応を予想できていたファダムは何も言わずに肩をすくめて話を変えた。

「ま、食うとしようじゃん」

「だな、いただきますっと」

 ホクホク顔でシーナお手製の弁当を広げるエランドは今日一番嬉しそうである。


「ふぅ…終わった終わった……」

 先生との話も終わり、エランドたちが食事をしているであろう場所に、ヴェリスは空腹を抱えて向かっていた。

 それを、エランドに想いを寄せる少女が意を決したように見つめる。

『エランドさんに…近づくにはやっぱり妹のあの人に話してみないとダメだよね……』

 一大決心で少女はヴェリスに視線を定めて歩き出す。それに気付いて、ヴェリスも足を止めた。

「…?どうか…しましたか?」

 近づいたはいいものの、何と言って話を切り出せばよいか分からずにオロオロとする少女に、ヴェリスは首を傾げて問いかけた。

「ふぁっ!?あっ、はい!えっと……エランドさんの妹さん…ですよね?」

 まさか向こうから話しかけられるとは思っていなかったのだろう少女は素っ頓狂な声をあげて、一拍おいてからヴェリスに言葉を返した。その問

いの意図がつかめず、ヴェリスはさらに首を傾げる。こういった仕草は本当にそっくりである。

「エランド…は…私のお兄ちゃんですけど……」

 期待した答えが返ってきて、少女は意気込んで口を開く。

「その……実は私……エランドさんの事が好きで……声をかける勇気もなくて……兄妹って聞いたので……声を…かけさせていただき…ました……」

 意気込むものの、どんどんと自信なさげに声が小さくなっていく。

 が、ヴェリスはそんなことより、今聞いたことを頭の中で反復させるのに忙しかった。

「お兄ちゃんの事が……好き………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 あまりの驚きに、ヴェリスの口からとんでもない音量が飛び出した。


その頃、男どもはといえば。

「なんか、ヴェリスの叫び声が聞こえた気がする」

「おぉ、俺も。奇遇だな」

 ヴェリスの全力の叫びを軽く流してのんきに弁当をつついていた。


 突然の轟くような叫びに少女は真っ赤になってヴェリスの口に自分の手を当てるが、とても抑えられない。

「そ、そんな大きな声出さないでくださいぃぃっ!訴えますよ!」

「訴えないでください!というか……お兄ちゃんが女の子から人気があるのは知ってたけど……実際に会うのは初めてです……」

 即座に切り返してヴェリスがポカンと目の前の少女を見つめる。

「その………なんていうか……えっと……あの…ヴェリスさん…ですよね…?私は……アイリア=フィナーノって言います……」

 改まって名乗る少女、アイリアに、ヴェリスはその名前を自分の口で確認する。

「アイリアさん…ですね」

 頷いたアイリアが、ヴェリスにさらに問う。

「ヴェリスさんと、エランドさんって兄妹なんですよね…!?付き合ったりとか…してないですよね……?」

 思ってもみなかった質問に、ヴェリスは泡を食って否定する。

「あ、あああああ当たり前じゃないですか!実の兄ですよ…!?」

「そ、そうですよね……良かった……いや……よかったら……エランドさんと仲良くなりたくて……」

 顔を赤らめてうつむきがちに話すアイリアに、ヴェリスも躊躇いがちに頷いた。

「あ…あぁ……なるほど……わ、分かりました………お…おにいちゃ……え…エランドに話してみます」


 気に入らない噂を知ったレオニスはエーベルを従えて学園内を歩き回り、噂の存在を確かめて舌打ちする。

「まさか本当に俺を倒せるなんて噂が流れてるなんてな」

 忌々しいと言わんばかりに吐き捨てるレオニスにエーベルは呆れた目を向けた。

「信じてなかったの?だから言ったじゃない」

「模擬戦闘訓練で79戦中79勝の俺が負けるわけなんてねぇだろうに」

 自分の実力を疑わないレオニスに、エーベルはぼそりと呟く。

「あまり自信過剰になるのもどうかと思うけど」

「あ?なんか言ったか?」

 険のある目で睨んでくるレオニスにエーベルはわずかに首を振る。

「別に。何でもないわ」

 エーベルの言葉に、興味を無くしたようにレオニスは彼女から目をそらす。

「そのエランドとかいうのが戦闘訓練に出てくりゃしまいなのによ」


 それぞれの弁当が半分ほど二人の胃に無事におさまったころ。

「で、お前も出るの?戦闘訓練」

 ファダムの問いに、んー、とエランドがおかずを頬張ったまま唸って、口の中の物を飲み込んだ。

「どうだろうなぁ……正直どっちでもいいんだけど………」

「面白そうじゃん?俺も見てる側としては最高に興味あるけど」

 友人の答えに、エランドは次の一口を口に運びながら答えた。

「まぁ…考えてみるか」



 今日の授業も終わり、生徒たちが帰路につく。エランドとヴェリスも家への道を歩いていた。

「エランド」

 ヴェリスの呼びかけに、エランドは呼び方が変わっていることに嬉しそうに振り向く。

「やっと、呼び方直してくれたか…どうした、ヴェリス」

 エランドの問いに、ヴェリスが話を切り出す。

「なんか……あなたと仲良くしたい、って言ってる女の子がいて…」

 いつもよりわずかに硬い表情のような気がして、エランドは一瞬違和感を覚えた。

「ほ、ほう………それで……なんだよ…?」

「も、もしよかったら会ってあげたら?べ、別に嫌ならいいと思うけど…」

 エランドに対して遠慮もなくはっきりと言葉を告げるヴェリスには珍しく口ごもる。

「嫌じゃねぇけど……?なら、会ってみるか。明日は休みだし…。ヴェリス、なんか気にくわなそうな顔だな?」

 いぶかし気な顔でヴェリスをのぞき込むと、彼女はごまかすように笑った。

「そ…そう…?べ、別にそんなことないよ!」

「そうか、ならいいけど。明日どこに行けばいいんだ?」

 釈然としない顔をしながらも、エランドは思考を明日に向けた。



 翌日。

 待ち合わせ場所でアイリアはそわそわしながらお目当ての人物を探す。

(うぅぅぅぅぅ……まさか本当にエランドさんが来てくれるなんて……)

 そんなアイリアに、やってきたエランドが声をかけた。

「えっと……あんたが……俺に…?って……あっ…入学式の時の…!」

 突然にかけられた声にアイリアは慌ててエランドに目を合わせた。

「へっ!?あっ、こ……こんにちは……」

「お…おう………」

 妙な沈黙が落ちて落ち着かない空気が流れる。

「その……せっかくの休みなのに…私の為なんかにすいません…」

 突然謝るアイリアに、エランドは困ったように応え、問い返した。

「それは全然いいんだけどさ……名前は…アイリア、で、合ってるよな?」

 アイリアは名前を憶えられていたことに驚きながら頷いた。

「はっ…はい……えっと…………私………エランドさんの事が……」

 何とか話を続けようとアイリアはテンパったのかいきなりそう話を振る。言ってからあわあわとするアイリアに、エランドは胡乱気な目を向けた。

「俺の事が……どうした?」

 話を促すエランドに、アイリアは目を泳がせた。

「エランドさんの事が……す………す……素敵だなって思いまして…」

 言いたかったことから近いが少し遠い言葉しか出てこなかった。

「そうか…?そりゃありがとう。なんか…照れるかな…」

 ストレートな言葉に朴念仁なエランドもさすがに顔を赤らめる。

 好感触なエランドの反応に、アイリアも意気込んで今日の用件を口にしようとした。のだが。

「よかったら…なんですけど……今日私と…で…で…でー……」

 その単語に、アイリアは一層赤く、というより、真っ赤になってしまった。

「どうした?顔が真っ赤だぞ…?熱でもあるのか?」

 心配して自分の額に伸ばされた手につい身を引いてわたわたとアイリアは手と首を振った。

「はぅぁぁぁぁぁぁ!なっ、なんでもないです!わ、私と良かったら……お出かけしませんか…って…」

 真っ赤な顔でそう切り出すアイリアに、エランドは軽く笑って返す。

「変な奴だな、暇だったらいつでも付き合ってやるよ。ははっ」

「で…でも…ほとんど初対面と変わらないんですよ…?」

 嬉しいような戸惑うような様子でアイリアは恐る恐るといった様子でそう問う。

「関係ねぇって。会いたいって言ってくれる奴なんてそうそういないんだから。よっし、どこ行く?」

 当たり前のようにエランドは応えて、他意もなく純粋にアイリアの手をとって歩き出した。


 その様子を物陰から観察するアヤシイ二人。

「おぉ、良い感じの雰囲気じゃん……って、どうしてヴェリスもいるんだ?」

 アヤシイ人影のひとつ、フェダムが呆れたようにもう一つ…ヴェリスを見る。

「べ…別に…暇だったから来ただけだもん……ファダムこそ教えてないのにどうして来てるの?」

 力ない言い訳の後にヴェリスが問うと、ファダムは何故か得意げな顔になる。

「あいつの行動は御見通しなのさ、この俺にはね」

「エランドってば簡単に人に喋っちゃうんだから……」

 ファダムの言葉を完全にスルーしてため息をつくヴェリスに、ファダムは舌を出して笑う。

「バレたか…教えてくれたもんだから、せっかくだし見てやろうと思ってさ」

 騎士学園で学ぶ身のこなしやらなんやらを野次馬根性……もとい、エランドを見守るという名目で二人は駆使する。

 いろんなところでいろんな人が嘆きそうな使い方であるなどとは思ってはいけないのだ。……多分。


「エランドさんは、今度の戦闘訓練に出るんですか?」

 アイリアの問いに、エランドは首をひねる。

「迷ってるんだよ、どっちでもいいかなって」

 その答えにアイリアは少々前のめりになりながら自分の希望を告げる。

「私は……戦ってるエランドさんが見てみたいです…!学園内でもレオニスさんを倒せるんじゃないかって持ちきりですから……」

「またその話題か……なんなんだろうな…」

 渋い顔になったエランドにアイリアは話題を間違えたかとしゅんとする。

「私…もし出るんだったらいっぱい応援します…!」

「そこまで言ってくれるんだったら出てみるのもアリか…」

 エランドの言葉に、アイリアは俯かせていた顔を勢いよくエランドに向けた。

「はい…強くて、優しくて…頭も良くて。エランドさんは知らないかも知れませんけど…女子生徒の間ではかなり人気なんですよ…エランドさん…

私も今こうして話していられるのが夢みたいです…」

 アイリアの言葉にエランドは照れくさそうに笑う。

「そう…だったのか……全然知らなかった……なんか、ありがと、アイリア。平凡な俺なんかにそこまで言ってくれるなんてな、素直に嬉しい」

 アイリアはまた耳まで真っ赤になった。

「……!いえ…そんな……私も…そう言っていただけて…嬉しい…です…」


 二人して照れているという状況を見ながら、どこかつまらなそうなファダム。

「結局あいつ告白しないんだな~」

「こっ、告白!?な、なにを告白するの?」

 告白という単語に、ヴェリスがガバッと振り向く。

「え?いや、そりゃ好きです~とか、付き合ってください~とか」

 ヴェリスの反応に首を傾げながら、ファダムは自分が想像していた展開を口にする。

「い、いいいいいいいきなりそんなこと言ってもエランドが困るだけだよ…!」

 早口でまくしたてるヴェリスに、ファダムは大いに首を傾げる。

「なんでヴェリスがそんなに取り乱してんだ?まぁいいけどさ」



 エランドとアイリアが出かけた休みから数日経ち、学園内に新たな話題が湧いていた。

「レオニス」

 エーベルがあの記事の一件からイライラしっぱなしのレオニスに声をかけた。

「どうした、エーベル」

「エランド=レグルスが戦闘訓練にエントリーしたそうよ。良かったわね」

 エーベルからそうもたらされた情報に、レオニスは凶暴に嗤う。

「ッは、そうか……久々にゾクゾクしてきたぜ……」

「勝つ自信はあるの?相手は学園内で噂されてるダークホースよ?」

 心配、というより確認するようにエーベルがそう言うと、レオニスは不敵な表情で問い返す。

「俺が負けるとでも思ってんのかよ?」

 エーベルは口角を上げ、意味深に微笑んだ。

「さぁ…?」



 そしてさらに日は流れ、とうとう戦闘訓練当日となった。

「さて、戦闘訓練当日だけど…調子はどう?エランド」

 軽い調子で聞いてくる友人に、エランドは苦笑いを返した。

「なんだろうな、緊張はしてるかも?まぁ学園のみんなが見てるんだから…そりゃあな」

 肩をすくめるエランドに、ヴェリスは心配そうな顔をする。

「私は出ないけど…気を付けてね、エランド。一応殺しは無しになってるけど……大怪我とかはよくあるみたいだから」

「おう、ありがと。きっと勝ってくるさ」

 いつも通りに笑うエランドに、ヴェリスはようやく表情を緩める。

「おっと、一回戦の相手。来たぜ」

 会場の方を見ていたファダムの声に、エランドもそちらをむく。そのエランドの後ろから、どっちが今から訓練に出るんだと言いたくなるほど緊

張した面持ちのアイリアが直接言える最後の声援を送る。

「頑張ってください…!エランドさん!」

 自分の事のような顔をして緊張し応援してくれるアイリアに、エランドは胸が熱くなった。

「アイリア…。おう!任せろ!」

 力強く笑って、エランドは会場に足を踏み入れた。


 一回戦の対戦相手は、エランドを見てフッと微笑んだ。

「エランド君、よね?」

「…!そうだけど……?あんたは…」

 初対面の相手に名前を呼ばれたことに驚いて問い返そうとするが、その問いは流された。

「学園内で噂されてるその強さ…確かめさせてもらうわ」

 対戦相手…エーベルが剣を構えた。

 観客席から戦いの様子を見守るファダムが、エランドの様子を見てぼそりと呟く。

「相手は女かぁ…やりづらそうだな。エランド」

 エーベルがエランドに接近し、切り込んだ。

「…!速い……!あんた…相当強いなっ!」

 紙一重でその攻撃をとっさに避け、エランドはその速さに舌を巻く。その間にも、エーベルは剣と魔術を巧みに使い分けて攻撃してくる。

「すごい…あの人…剣も魔術も隙がない…あんな人が学園にいたなんて…」

 傍から見ていてもはっきりと分かるエーベルの実力に、ヴェリスは思わず感嘆の言葉を口にする。

「そうは言うけど…私の攻撃が……1つもかすらないなんて…あなたが初めてよ!はぁっ!」

 エーベルもエランドの実力を認めざるを得ない、そんなハイレベルな戦いが繰り広げられる。烈迫の気合から放たれた一撃をエランドは体を沈め

て避け、エーベルの体勢を崩さんと動く。

「あぶねぇっ……足貰うぜ…!」

「すごい…隙のない足払い……かかった…!」

 アイリアも食い入るようにその戦いを見つめ、今にも立ち上がりそうに前かがみになっている。

 エランドの足払いを受けエーベルは地に倒れるが、剣を手放すことなくエランドの追撃をいなす。

「すごいわね、私も久々に戦いたくなったと思ってきたけど……このままじゃ負けそうね…」

「とか言いつつダウンしても俺の剣を避け続けてんじゃねぇか…!なんてこった…!でぇやっ!」

 エランドの剣を受け、流しながらエーベルは立ち上がり、体勢を立て直す。エランドはその隙にと気合の声とともに打ち込むが、その剣も受け止

められる。

「くっ!一撃一撃が重い……!さすがねエランド君……!これは…どうかしら…!せぇやっ!」

 エランドの一撃を受け止めた瞬間にタイミングを合わせ、エーベルは跳ぶ。エランドの剣の勢いを受け、エーベルは大きく後方に飛び、危なげな

く着地する。その瞬間にエーベルは、いくつもの火炎球を生み出し、エランドに放った。

「すごいなあの魔力…大量の炎がエランドに向かて飛んでいくぞ…」

 エーベルの魔術に驚き、ファダムは息を飲んだ。

 炎が飛んでくる状況を、エランドは慌てて身を翻して回避していく。

「うぉぉぉぉぉっ熱い……!」

 しかし、避けても次から次に飛んでくる火球に、エランドは舌打ちして剣を振りかざした。

「避けてちゃらちがあかねぇ…!はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 剣を横に薙ぎ払い、火球を一掃する。

「うそ!?全て叩き落された…!?ありえないわ…」

「だてに毎日30キロの剣振り回して特訓してねぇよ…!こいつで…どうだぁぁぁぁぁぁっ!」

 火球を一掃するのに踏み出した一歩から地を踏みしめて弾丸のようにエランドはエーベルに一気に接近し、剣を振り下ろした。とっさにそれを受

け止めようと反射のみで持ち上げられたエーベルの剣を、エランドの剣はたやすく斬り捨てる。

「……剣を斬りおとした!?・・・・・エランドさん……す…すごい……!」

 アイリアは感極まったように呟き、エランドをキラキラとした目で見つめる。

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……悪いな…剣…」

 やっちまった、というような顔で謝るエランドに、エーベルはどこかすがすがしい顔で微笑んだ。

「ううん、いいの。すごいわね、貴方。まさか剣そのものが斬り落とされるなんて思わなかったわ…ふふっ……」

「あんたも……相当強いじゃねぇか……楽しかったよ……ほんと…」

 感心したように言うエランドに、エーベルは首を振る。

「いえいえ、だけど…。レオニスはもっと強いわ。ふふっ、応援してるわよ…陰ながら」

 戦いを終えた戦士の風格で二人が握手を交わし、会場を後にする。

「……なんだこの戦い……うちの学園にこんな強い奴がいたなんて……」

 会場の空気を、ファダムが代弁するように呟いた。


「一回戦はなんとか、勝ったな……」

 控室に戻ったエランドが一息つく。

「あのエーベルって女の人……レオニスっていう学園最強の人といつもいる人…だよね…」

「聞いたことはあったけど……まさか戦いを拝むことになるなんてな…」

 ヴェリスとファダムの会話そっちのけでアイリアはエランドに興奮で頬を赤くしながら感動を伝えている。

「すごかったです!エランドさん!とてもかっこよかったです!」

 べた褒めなアイリアに、戦闘そのものを褒められ慣れていないエランドは思わず目が泳ぐ。

「アイリア…。ありがとな…。それにしても……半端じゃないな…体力の消費が…」

 うんざりしたように椅子に体を預けて脱力するエランドに、ファダムが励ますように肩を叩く。

「大丈夫だ、お前の敵はさっきのエーベルって人と、決勝で戦うレオニスだけだから」

「うん…、その二人以外は多分大丈夫」

 ファダムの分析にヴェリスも頷く。

「きっと、勝ってくださいね!エランドさん!」

 仲間からの期待と応援を一身に受け、エランドはどこか居心地悪そうにしながらも笑って頷いた。


「どうだったよ?あいつは」

 エーベルが控室に戻ると、待っていたかのようにレオニスが問いかける。

「見てたでしょう、強いわよ。エランド君は」

 当たり前のように言うエーベルに、どこか不服そうにレオニスは言う。

「お前といい勝負するくらいじゃ、俺には勝てないけどなぁ…?」

 そんなレオニスを見守るような表情を浮かべてエーベルは椅子に座る。

「ふふっ……応援してるわ、2人ともね」


 それからファダムとヴェリスが言った通り、エランドはその後快勝続きで順調に決勝へとコマを進めた。

「すー…はー……」

 決勝を前に、さすがに緊張してエランドは深呼吸を繰り返す。

「いよいよだな、エランド」

「怪我しないでね…エランド」

「きっと勝てます、エランドさんなら。頑張ってください…!」

 三人の仲間のそれぞれの声援を胸に、エランドは決勝の舞台に立った。


 決勝戦に進んだ二人が向かい合う。観客席もシンと静まり返って開戦を待つ。

「お前とやりたくてウズウズしてたぜ、エランド」

 余裕の表情、自分の力に絶対の自信を持ったレオニスがギラギラと闘志を燃やして語りかける。

「っは……そりゃありがたいことで…」

 さすが学園最強といったところか、目の前に立つだけで威圧感が襲ってくる。その感覚に冷や汗が流れるが、それでもエランドは気分が高揚して

いくのを止められなかった

「学園内で、お前が俺に勝てるんじゃないかって噂が流れてるらしいじゃねぇか?」

「俺も知らなかったよ、みたいだな」

 レオニスの話に内心首を傾げながらもそう答えると、レオニスは凶暴な笑みでエランドを見た。

「でも、そんな噂が嘘だって事。みんなに知ってもらわねぇといけねぇ」

 その言葉に、ようやくエランドは合点がいった。

「なるほど…だから俺と戦いたいって事か……」

「殺しは抜きなんてせこい話は抜きでやろうぜ…?」

 その言葉に込められた、殺意にも似た戦意に、エランドの体が総毛立つ。

「怖い事言ってくれるじゃね……ぅぐぁっ!?」

 エランドが言葉を紡ぐ間にレオニスはエランドの視界から姿を消し、再び視認できたのはエランドに素手で一撃を入れた後の事だった。

「速い!見えなかった……」

 観客席からすらも見えなかった一撃だというのはアイリアの言葉からうかがえるが、その声は会場にいるエランドには届かないし、届いても大し

た意味はない。

「おいおい…?今の一撃でKOなんていうんじゃねぇだろうな?まだ剣すら抜いてねぇぜ?」

 レオニスは今の一撃で動きを止めたエランドに、嘲笑と少しばかりの失望を見せる。

「う``ぅぉっ………やべぇ…な…この一撃は……」

「エランド!避けて!」

 空気を裂くようなヴェリスの叫びに、とっさにエランドはその場から飛びのく。一瞬前までいたその空間を、銀色の一閃が引き裂いた。

「っ……!あぶねぇ………学園最強の意味が俺も分かったぜ……本気でやる……はぁぁぁぁぁぁっ!」

 エランドから距離を詰め、剣を振るう。その剣を避け、流しながらレオニスはエランドの動きを観察していた。

「確かに一閃一閃は速い…が、俺に届くほどじゃねぇ……なぁっ!」

 エランドの攻撃の隙間を縫うように、レオニスはエランドの懐に深く潜り込み、剣の柄でエランドの腹に強烈な一撃を入れた。

「柄が腹に一発…ありゃ相当まずいよ…」

 この勝負の展開に危機感を覚えたようにファダムが青ざめて口走る。

「仕方ねぇ……うおおおおおおおおおおおオオオっ!せぇやぁぁぁぁぁっ!」

「ぐぅぉっ!」

 ギッと歯をく食いしばりその痛みを耐えたエランドが、今度はその距離からレオニスの腹に柄を叩きこむ。

「今度はあの人にエランドさんの柄が……」

 二人の超接近戦にファダムが首を振る。

「こりゃ…剣を振り回してても勝負つかないね」

 そのファダムの言葉が聞こえたわけでもないだろうが、エランドとレオニスは互いに距離を取り剣を地に突き立てた。

「剣より……素手の方が…やりやすいんじゃねぇのか…!」

「っはっ……殴り殺してやるよ……」

 剣を捨てて一層身軽になった二人が激突した。

 その様子を見てヴェリスがふと首を傾げた。

「どうしてエランドの攻撃が通ったのかな……さっきの様子見てたら…通らなさ」

「魔力を体内で高速で巡らせることで活性化してるのよ、エランド君の体は」

 ヴェリスの疑問を遮るようにエーベルがどこからともなく現れ、そう解説する。

「あんたはさっきの……」

 突然現れたエーベルにファダムは動揺を見せるが、それよりも戦いの様子が気になって口をつぐむ。

「さっきの一発だけか?どうだほらほらほらほらァァァァァァァ!」

 嵐のように次々に降りかかる攻撃に、なかなかエランドは次の一手が出ない。

(強いで済む次元の話じゃねぇ……どうなってやがる、こいつ!)

「ぞぉぉぉらァァァァァッ!」

「あぐぁっ…!………くっ……そ」

 怒涛の勢いで振るわれる力に、じょじょにエランドは屈していく。

「灰にでもなっちまえや、ほらよォォっ!」

 レオニスの魔力が鋭い光となり、エランドに向かう。

「雷が…エランドさんに…!危ない!」

「あ``ぁぁぁぁぁぁっ!……………はぁっ……はぁっ……」

 雷がエランドを直撃し、激しい光を放つ。その光が止むと、満身創痍のエランドが荒い息をついてかろうじて立っていた。

 その魔力に耐えかねて闘技場自体が揺らぐ。

「このままだと闘技場ごと壊れかねないわ、私たちは外に出ましょう」

 エーベルがいち早く事態を察し、周りにそう声をかけ、自分も踵を返した。

「くそ…エランド…大丈夫か…」

「エランド…どうか…死なないで…!」

 後ろ髪を引かれるようにその場から歩き出すファダムとヴェリス。しかし、アイリア一人だけがその場を動かなかった。

「あなたも早く!」

 エーベルはアイリアが動かないのに焦れたように声をかける。

「私は……エランドさんを応援します…絶対に…エランドさんは…負けませんから…!」

 ざわざわと闘技場から出ていく人の波の中で、唯一その場を動かないアイリア。逆に目立つそのたった一人にレオニスはちらりと目を向けた。

「仲間の応援も虚しくボロボロじゃねぇか?もっかい殴ってみろよ」

 挑発するようにレオニスがエランドに近づく。

「はぁっ……はぁっ………く…そ……」

「みんな非難してお前の負け面を見る奴もいねぇ。良かったなぁ?ハハッ」

 勝利を確信して嘲笑するレオニスに、エランドは苦く呟く。

「悪いなぁ…みんな……俺…ボロ負けだわ…………」

「エランドさん!」

 ただ一人残っていたアイリアの声がその場を切り裂く。

「アイリア……どうして……非難してないんだ……」

「私は……エランドさんが勝つって…信じてます……から…!」

 一片の陰りもない信頼の瞳に、エランドは目を見開いた。自分自身すら諦めかけているこの状況下で、希望を持ち続けるアイリアが眩しく思われ

た。

「あーっはっはっはっ!おもしれぇ奴だ。これを見てまだ勝つ望みがあるなんてなぁ?」

「っ……」

 確かに現状を見ればその通りな状況に、アイリアも言葉に詰まる。

「それを聞いてこいつがさらに無理して体がぶっ壊れたら責任とれんのか?お前。まぁ、どのみち俺が殺すんだがな?」

 追い詰めるように吐き出されるレオニスの言葉に、とうとうアイリアは涙をこぼした。

「それは……ぐすっ…エランド……さん……私……ひぐっ……」

 思ってもみなかった可能性に、アイリアはおののく。それに追い打ちをかけるようにレオニスはさらに口を開いた。

「そもそも応援なんてしたところで結果が変わるわけねぇだろうが!ふははははははははははっ」

 勝利への絶対の自信、レオニスにはそれがあった。嗤い声が高く木霊す。

「私っ…私っ…だってエランドさんの事が……くっ…うっ……うわぁぁぁぁぁん!」

 レオニスに突きつけられた現実はまさにその通りで、とうとうアイリアは声を抑えることもできずに泣き崩れた。その様子をレオニスはつまらな

そうに見て、冷たく言い放つ。

「さっさと消えろ、お前がいたところで何も変わりゃしねぇよ」

「…………おい」

 エランドの低い声がレオニスの耳に届く。それは、この厳しい戦いのさなかに一度も聞かれなかった声だった。

「なんだ?まだなんか…うぐぉォォァァァッ!?」

 アイリアを見ていたレオニスの目がエランドに向いた瞬間に尋常でない魔力がほとばしり、レオニスの体に激しい衝撃を与えた。

「エランド……さん…?」

 突然のエランドの変化に驚いて、アイリアは顔を上げる。

「アイリアに謝れ、レオニス」

 低い声。それはエランドの心からの怒気をはらんだ声。どれほど一方的な戦いを強いられても放たれることのなかったエランドの怒りが、仲間で

あるアイリアを貶されたがためにあふれ出る。その怒りが、レオニスに一撃を入れさせた。

「まぐれで一撃入ったからって、調子づいてんじゃねぇぞ…?オラァッ!」

 魔力のこもった拳をレオニスが振るう。だが、その拳はエランドの片手に握り止められた。

「な…に…?」

「まぐれだ?そうだな、これがまぐれなら…こっから先俺は全てまぐれでお前の攻撃を受け止めていくんだろうな」

 先ほどまでの力ない声ではない。はっきりと明確な意思と力のこもった声でエランドはレオニスの拳を押し返した。

「さっきまでボロボロだったくせに何言いだしやがる……あぁ!?」

 レオニスが吠える間にエランドの姿がかき消える。

「?どこ行きやがった…!?」

 レオニスがエランドの姿を探して視線を彷徨わせる中、エランドはアイリアの前に膝をついた。そこでようやく悟る。エランドは消えたのではな

く、アイリアにもレオニスにすら捉えられないほどの凄まじい速さで移動しただけなのだと。

「え…エランドさん…?私…私……」

 エランドを前にして自分の無力さ、無責任さに再び涙が出そうになるアイリアの頭に、そっとエランドは手を乗せた。

「アイリア、ありがとう。お前の応援が無かったら、今の俺は無い」

 エランドの心に沁み込むような柔らかな優しい声と言葉に、アイリアは先ほどとは違う涙を流す。

「……!ありがとう…ございます……エランドさん……その…私…!」

 今なら言える。そう感じてアイリアはまっすぐにエランドを見つめた。

「どうした…?」

 まっすぐに見つめ返してくれるエランドが好きだと、アイリアは改めて思った。その想いをそのままエランドに伝える。

「エランドさんの事が…好きです………その……頑張ってください…………」

 想いに突き動かされる勢いのまま、アイリアはエランドの頬にキスした。その言葉、想いにエランドは応えたいと思う。たった一言、それで伝わ

ると何故か今なら確信できて、エランドは微笑んだ。

「………あぁ、ありがとう………。逃げろ、早く」

 促されるままにアイリアは立ち上がり、名残惜しそうにエランドにただ一つの願いを告げる。

「……!分かりました……死なないでください…エランドさん……!」

 立ち去るアイリアの背中を見守って、エランドはレオニスの方を振り返った。レオニスはエランドの変化に驚くと同時に不快感を表す。

「お前だけが強くなって終わるなんて……マンガみたいなオチじゃねぇって事を教えてやるよ」

 ぎらつく目で唸るレオニスに、エランドは不敵に笑って見せた。

「っはっ………負けても知らねぇぞ」

 再び、二つの大きな力がぶつかり合い、闘技場を震わせ始めた。


 それぞれの思いを胸に闘技場を見つめるヴェリス、ファダム、エーベル。その三人の前に、アイリアがようやく闘技場から姿を現した。

「おっ、出てきた」

 ファダムの声につられるようにみんなしてアイリアを取り囲む。

「まだ中で…エランド達が…?」

 ヴェリスの問いを察して、アイリアは頷く。

「はい……まだ戦ってます……」

「もう戦い始めて1時間も経つのに・・・・・殴り合う音が止まないなんて・・二人とも本当にタフなのね…」

 感心より呆れが勝る声で、エーベルが呟いた。


「うおらァァァッっ!」

「ぐぅぉっ!っく、ぜぇやァァァっ!」

「う``ゥゥおおっ!」

 ひたすらに殴り合う二人。あまりに変わらない戦況に先に悪態をついたのはレオニスだった。

「どこまでも…タフな野郎だな……アッ!」

「アンタこそ…なぁ!」

 互いに苛立ちを感じていることに、早く決着をつけたいと気持ちがはやる。

「学園最強は俺だって…言ってんだろうがぁぁぁぁぁぁ!」

「学園最強なんかどうでもいい、俺は……応援してくれてる奴の為に……勝つだけだ…!」

 譲れないプライドと想いが激しく交錯する。レオニスは既に半ば冷静を失っていた。

「知った事かアァァァァ!ぐぅぉっ!くそっ…」

 表情に余裕がなくなり、動きにも焦りが見えてくるレオニス。それとは対照的にエランドは冴えた頭で戦いの決着を見据えていた。

「確かにあんたは強い……だけど……肩書を守るためだけの強さじゃ……俺は…倒せねぇ…!」

 エランドの言葉とともに、拳に渦巻く魔力が力を増し、レオニスを大きく吹き飛ばす決定打となった。


 一際大きな音からシンと静まり返った闘技場。これまでの激しい音が嘘だったかのようだ。

「音が…鳴りやんだ…!?」

 アイリアが呟いて不安げな顔をする。

「行ってみましょう………!」

 ここまで来てもあまり表情の変わらないエーベルだったが、声にわずかな焦りが見て取れる。

「どっちが勝ったんだ……」

「エランド……生きていて…!」

 四人は走って闘技場の中に飛び込んだ。


「エランドさん!」

 戦いの爪痕を多く残す闘技場を一気につっきって、訓練会場に入る。

「はぁっ……はぁっ…はぁっ…」

「ぅ………ぉっ……」

 闘技場の真ん中。立っていたのはエランドだった。

「エランドが……立ってる………」

「エランド……勝ったの……!?」

 ファダムとヴェリスが目の前の状況を整理しようと呟く。

 エーベルだけは、レオニスに視線を向けていた。

「レオニス………」

「俺の……負けだ………っ……なんて奴だ……クソッ……」

 あおむけに倒れたまま、苦々しく吐き捨てるレオニスの顔は晴れていた。立っているエランドもそれは同じ。

「ったく……お前もだろ…くそ…がっ……」

 力を使い果たしたエランドの体がゆっくりと傾く。

「あっ、おいエランド!」

 その体を、慌ててファダムが受け止めた。

「引き分けってとこかしら…?どうだった、レオニス?」

 エーベルの問いに、レオニスは笑った。

「楽しかったぜ………こんなに暴れたのは久々だ……」

 起き上がれないレオニスに、エーベルはそっとどこか嬉しそうに笑って寄り添う。

「エランド君!エランド君…!」

 倒れたエランドに、アイリアは心底心配そうな顔で呼びかけ続ける。

「気を失ってるだけだ、大丈夫」

 無理に起こすものよくない、とファダムがアイリアに声をかけて落ち着かせる。そのアイリアに、レオニスが声をかけた。

「おい、お前………」

「は…はい……」

 アイリアが一瞬怯えるように瞳を震わせてレオニスを見る。

「目を覚ましたら……伝えといてくれ……」

「何を…ですか?」

 いぶかしむアイリアに、レオニスは楽しそうに笑った。

「また、やろうってな」

 その言葉に、エーベルは初めて声を上げて笑った。

「ふふっ、レオニスらしいわね」


 その戦闘訓練から数日、エランドは目を覚まさなかった。

 毎日心配そうに見舞いに来るいつものメンバーの中で、ようやくエランドは回復の兆しを見せた。

 うっすらと開く目に最初に気付いたのはファダムだった。

「おっ、目を覚ましたか」

「大丈夫…エランド…?」

 ファダムの声に、近くに寄り添っていたヴェリスが心配そうにエランドを覗き込む。

「ん……ぅ…あぁ……」

 思っていたより枯れた声にエランド自身が少し驚く。

「エランドさん…!大丈夫ですか…?」

 感極まったように涙目になるアイリアに、エランドは何とか笑って見せた。

「あぁ……ありがとな…アイリア…」

 万感の思いを込めて、それだけを口にすると、アイリアはほっとしたような嬉しいような顔で大きく頷いた。

「お前が、学園最強だ。エランド」

 ファダムが戦闘訓練の結果をそう知らせると、エランドは照れくさそうに苦笑いした。

「心配させないでよ…エランド…」

 ほっと力が抜けて、ヴェリスが近くの椅子にもたれ込む。

「その…エランドさん……この間の話…覚えてますか…?」

 その言葉にエランドは記憶を掘り返すが、思い当たることがないのか首を傾げた。

「えっと…なんだっけ…?」

 予想外の言葉に、思わずアイリアは叫んだ。

「ふぇぇぇぇぇぇぇっ!?そ、そんなぁぁぁぁ!?ひどいです!エランドさん!」

 突然叫ばれたエランドは目を白黒させるしかない。が、そのエランドにヴェリスとファダムがぐっと顔を寄せた。

「何?エランド、この前の話って……?」

「そうだ、なんだ?話って…?」

 鼻がくっつきそうな詰め寄り方に、エランドは冷や汗をかきながら引きつった顔で身を引く。

「いや…近いってお前ら……!」

 団子のようにかたまる三人をしり目に、アイリアは新たな決意を胸に抱く。

(でも、そんなところが好きです。エランドさん、またいつか。告白します!また忘れたら…訴えますよ!)

 アイリアの恋愛奮闘記はまだ幕を開けたばかりである。


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